睦まじき君との日々を
熊坂藤茉
とある夫婦の日常風景
昨今の色々なあれやこれやで一部外出苦手勢などから持て囃され、そして割とマジョリティ側だったらしい引き籠もり耐性のない人々の体調不良原因ともなっている、大半を家の中で過ごす生活方針。
今こうして少し寂れた個人書店のレジで茶を飲みながら帳簿を見る自分にとって打撃と恩恵の両方があるそれは、「なんとも困ったもんだ」の一言で済ませる以外にないというのが現実で。
「いやもうマジで困ったもんだよなコレ」
家から出ないから通販でまとめて客注する人々も多々いれば、洋書の取り寄せや専門書みたいなのに強いからと家で仕事や趣味に没頭する人々からの高額注文(一部または全額内金制)もかなりの数が来ているので、差し引きトントンといった所だ。つまり売り上げが横這いになってるのが実態だからやっぱり打撃の方がでかくないか? 困ったもんだよホント。
「や――やっと終わった……」
ふらふらとバックヤードから聞こえる声に顔を上げれば、眼鏡の向こうの下瞼を薄いクマで彩り、ワープロを抱えたボサボサ頭の巨乳美人がそこにいた。髪やらなんやらはぐしゃぐしゃなものの、身に纏ったチャイナ系ロリータ服が酷く似合っている。
「おう、お疲れ様。チェックしとこうか?」
「よろしく……たの、む……」
ゆらりと大きく揺れた彼女が、そのままぺしょりとこちらに寄り掛かり力尽き、もちもちの胸とワープロをぎゅむりと押し付ける。徹夜はほぼしない主義だけど、最低限しか寝てなかったもんな……取り敢えずデータ破損だけは気を付けねば。
「おやすみ、先生」
横抱きの姿勢にしてやり、額に軽く口付けを落とす。幼馴染みで気鋭の作家。可愛い俺のお嫁さん。こんなに消耗した姿になるのは初めてではないけれど、それでも若干心が痛い。
ここ数日、彼女は家で過ごす人々に娯楽を提供するべく、身を削りながら懇意のレーベル公式サイトに載せる短編の為に追い込みを駆けていた。
「別に断ってもいい仕事ではあるんだ」
そう口にしていた彼女は、それでも二つ返事で仕事を受けた。昔身体が弱く家や病院で過ごす事の多かった自分のような状況に、世間全体がなっているのが堪えたらしい。
「頑張れる人がいれば、頑張れない人もいるからね。だから、どちらとも気晴らしに使える物が少しでも増えるのに貢献すれば、徳を積む事にもなりそうだし。ほら、言うじゃないか。情けは人の為ならずって」
先生それ慣用句の用法合ってるんですかとは一応聞いた。曰く「ぶっちゃけニュアンス通じれば何でもいいんだよ言葉って」との事だけど、それでいいのか現役作家。
とはいえ短編集を出す事の多い彼女だ。原稿が増えればうちの店に陳列する物理書籍の種類が増える事にも繋がるので、彼女がいいなら仕事を増やすのもいいのだろう。
まさかここまで〆切カッツカツとは思わなかったけどな! 編集の姉ちゃん、会った事あるし悪い子じゃないけど毎度うっかり屋にも程があるから今度店に顔出したら釘刺しとこ。
居住スペースの寝室までどうにか移動して、彼女をそっと横たえる。抱え込まれたワープロを引っ張り出してプリンタ出力設定を進めていくと、彼女がころりと寝返った。心地よさそうなその顔が愛おしくて、ぷにぷに頬をつついてみる。
「他のとこは今触れないしなー……」
もし触ったら爆発する。主に数日まともに触れ合えてなかった俺が。
そうこうしている内に原稿の出力が終わったので、赤ボールペン片手に誤字脱字チェックの開始だ。一番最初に俺がざっくり目を通すのは、デビュー前からの恒例行事。もうこれで何年目だろうかと、ふと感慨に耽ってしまう。
「……原稿もいいけど、起きたら俺の事も構ってくれよな?」
すやすやと眠る彼女に呟き、そっと布団を掛け直す。生粋の創作者である彼女は、物語る事をやめられない。だから俺に出来るのは、彼女が自分らしくある為の手伝いだけだ。それでもほんの少しだけ、やきもちを焼くくらいは許して欲しい。
「んー……」
へにゃりと幸せそうに笑う彼女は、どんな夢を見てるだろうか。俺と過ごす今このひとときが、彼女の幸福に寄与してる事を願ってやまないのであった。いやまあ過ごすって言ってもあっちは寝てるんだけど。
「みゅー……もお、やじゃないけどえっちぃ……」
「いや俺の奥さんちょっとマジでどんな夢見てんの!?」
……取り敢えず、第一稿が上がったからには多少なりとも余裕は出来た。彼女が目を覚ましたら、のんびり
睦まじき君との日々を 熊坂藤茉 @tohma_k
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