年上の彼女が僕に言う「晴耕雨読って知ってるかい?」

玉椿 沢

第1話

 平日……といっても、翌日が休みという金曜の夜、僕はテレビの前でコントローラを握って過ごしていた。


 27インチの液晶テレビは視界に画面全てを捉えられるし、ゲームをするのに丁度いいサイズだと僕は思っている。


 その画面の中を走り回っているのはレースゲーム。


「そういえばさ」


 設定にミスっているのか雑音が混じるヘッドセットから聞こえてくるのは、5歳年上の彼女の声。


 野球だのレースだのは、女性ゲーマーがプレイするには珍しいのかも知れないけれど、孝代たかよさんはレースゲームが好きだった。


 土曜日と同じで夜更かしできる日だけれど、土曜日と違って昼間から会えないからオンラインで対戦や協力プレイをするのが、最近の毎週、金曜日の過ごし方だ。


 おうち時間の過ごし方ともいうかも知れない。


 そしておうち時間といえば、孝代さんはずっとしゃべっていられる。


晴耕雨読せいこううどくってわかる?」


 ただ、ゲームの中ではドリフトを決めながら、何を言い出すのだろうか?


「確か、晴れたら野良稼ぎ、雨が降ったら読書っていう、悠々自適な生活って事だったと思うけど」


 雰囲気でしか憶えていないので、これが正しいのかどうかは知らないけれど、自信満々にいっておけばいい。


 どうせ孝代さんだ。



 しかいうはずがない。



「昔、読んでたマンガなんだけど」


 この通り、脈絡がない。


「主人公だったかな? 男性キャラの名前が耕一こういちで、女性キャラ……ヒロインになるのかな? そのキャラの名前がよみだったのよ」


「うん? 漫画のタイトルの話? 恋愛マンガ?」


 と、答えたところで、僕は短く舌打ちした。ゲームの中では孝代さんにインを突かれるところだった。


「違う違う。野球のマンガ」


 ますます繋がらない。


「主人公のプロポーズの言葉に対する返事が、晴耕雨読だったのよ」


 しかも孝代さんも軽く舌打ちしている。


「晴れた日は球場で大活躍して、雨が降ったら、つまり試合が中止になったら、私の所で休みなさいって意味。つまり、プロポーズを受けますって意味ね」


「ほー」


 僕は生返事だ。


 大体、わかった。



 この話、内容はどーでもいいけど、やろうとしてるのは注意力を削ぐ心理戦じゃねーか!



「あー、もう!」


 ゴールに飛び込んだら。もう孝代さんは隠そうともしないし。


「で、何がいいたいの?」


 リプレイ画面に入った所で、僕は訊いた。大体、わかってるけど。


「全然、勝てないの。アルシオールSVX、使わない事にしない?」


「あー」


 僕の使ってる車の事か。


「そのマンガ、僕も知ってる。そのキャラの名前、耕一じゃなし、挙げ句、主役でもない。つまり却下」


「240馬力の4WDとか勝てーん」


 雑音が大きくなったのは、子供が我が儘いうみたいに何かを叩いてる音かも知れない。


「あー、もうわかったよ」


 僕は一度、選んでいた車をキャンセルした。


「プリウスとか取りなよ。プリウス」


 孝代さんが指定したのはそれ。


「じゃあ、孝代さんはスバル360サンロクマル縛りな」


 これは冗談だったけど、スタートグリッドにつける孝代さんの車は、僕がいったとおりスバル360。


「マジかよ!?」


 ヘッドセットから聞こえてくる自分の声が割れてるくらいだから、相当、驚かされてた。


 そしてスタートすると、またいわされた。


「マジかよ!?」


 語彙がないのは自覚してるけれど、それだけ急加速していく孝代さんのスバル360にはほっぺたが引きつった。


「限界までチューンして、ボルトオンターボ仕様だよ、ワトソン」


「心理戦が続いてたのかよ!」


「始めた憶えも終えた憶えもないけどね!」


 孝代さんが笑っているのは、雑音交じりでも分かる。


 ――ま、ゲームは兎も角……。


 笑って過ごせるのがいい――それぞれの家にいて、おうち時間っていわれても。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年上の彼女が僕に言う「晴耕雨読って知ってるかい?」 玉椿 沢 @zero-sum

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ