「○」はわたちたちの大きな"おうち"
狼二世
外は『雨』
外では『雨』が降っているんだって。
ずっとずーっと『雨』が降っているんだって。
らしいって言うのはね、大人たちがずっと『雨が降っている』って言っているだけだから。
時々、天井から響いてくる音が『雨』の音だって言うんだけど、本当なのかな。
わたしたちは外の景色を見たことがないの。だから、本当に『雨』が降っているのかも分からない。
わたしたちの”おうち”には窓がない。両手じゃ数えきれないくらい沢山のお部屋はあるし、走ったりサッカーが出来る広場もある。動物園に行けば動物もいる。けど、外への窓だけはどこにもない。上にある入り口は、いつだってしかめっ面のおじさんが立っていて通してくれないもの。
――ねえ、なんで外を見ちゃダメなの?――
――ねえ、なんで外に出ちゃダメなの?――
「今はね、おうちにいる時間なの」
みんな、今は”おうち”でじっとしている時間だって言うの。
『雨』が降る前は、わたしたちはずっと遠くまで行けたみたい。
”おうち”から飛び出して、一日じゃ帰ってこれないような場所まで行って、そこに街をつくったんだって。
だけど、『雨』が降ったから”おうち”に帰ってこなくちゃダメだったんだって。
”おうち”の中はお外よりもずっと安全で、温かくて、生きていける。
おじいちゃんもおばあちゃんも、”おうち”から出ないで生きてきたんだって。
だったら、なんで外に出るんだろう。
あぶないのに、どうしてだろう。
――ねえ、外には何があるの?――
――ねえ、なんでわたしたちは外に出るの?――
「それはね、遠くの景色を見たいからだよ」
大人たちは、窓の代わりに古い絵本をわたしたちに見せてくれた。
絵本に描かれているのは、たくさんの見たこともない景色。
家の外には大地が広がっていて、空がわたしたちを包んでくれている。
一歩進めば景色は変わって、一歩歩けば靴が踏む土は変わるんだって。
わたしが知っている空は、おうちの中の天井だけ。
だけど、外に出ればお星さまが見えるんみたい。
絵本に描かれた星空は、きっともっとずっと遠くにあるんだ。
「見たことも無いものを見て、触りたいって思うんだ」
絵本の中の景色は変わらなくて、触ってもゴワゴワした紙なだけ。
だけど、外に出れたら見れるんだよね。
――ねえ、いつ外に出られるの?――
――ねえ、いつか外に出れるかな?――
「アナタが大人になるころには、きっと」
『雨』の音が天井から響いてくる。
昨日よりは、ちょっとだけ静かになってる気がする。
◆◆◆
子供たちの視線が集まっている。
楽しい映画だと思っていたらのなら申し訳ない。これから再生するのは事実だけをまとめたドキュメンタリーだ。
古びたスイッチを押す。旧式の映写機が大げさな音を出して動き出す。
旧式のスクリーンに投影されるのは地球の姿。それを取り囲むのは人工の大地、スペースコロニー。
――西暦にして――年、人類は当初の予定から大幅に遅れて宇宙開発に乗り出した。
編集者の素人くさい声が淡々と状況を説明する。
――百年、開発は順調に進んだ。月に火星と人類は生活圏を広げていった。しかし、大きな問題に我々は直面する。
映像が切り替わる。遠い宙域から飛来する無数の隕石。無機質な質量弾が地球圏に襲い掛かってくる。
――遥か遠い星系で大規模な破壊活動が行われた。星は砕けて隕石となって飛来し、その数は億を超える。
――宇宙の大地は破壊され、我々人類は母なる地球の地下にシェルターを造り、数百年引きこもることを強いられた。
子供頃聞かされていた『雨』とは流星雨のこと。大人になって知った時は驚いたけど、納得も出来た。
結局、どこまで行ってもわたしたち人間は自然界の暴力にはかなわないし、守ってくれるのは地球と言う母なる星にして家だったと言う訳だ。
「ねえ、今のビデオは何?」
「ふふ、もう少し大人になれば、意味がわかるよ」
そうして、いつか大人になった子供たちは未来を繋いでくれる。
研究者も、この子たちが大きくなるころには空は綺麗になると予言している。
いつまでも子は立ち止っては居られない。
人間なんて言う地球が生んだ一番我儘な子は、いつだって旅立つ日を待っている。
呆れめきれなかった悪童は、また地球と言う母にして家を飛び出すのだ。
「いつか、火星のみんなによろしくね」
いつか、人類と言う種のおうち時間は終わりを告げる。
小さいころ、絵本に描かれた星空は見えないかもしれない。けれど、わたしたちは星の海へ旅立っていける。
《了》
「○」はわたちたちの大きな"おうち" 狼二世 @ookaminisei
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