家でアウトドアを楽しむ方法

葵 悠静

 本編

「外に行きたい」 


 私は今限界を迎えていた。


 おうち時間。


 未曽有のウイルスが世間に蔓延している中、同じくらいの勢いで広がった言葉。

 それでも完全な自粛期間中、私にはあまり関係がない言葉だと思っていた。

 私は『おうち時間』という言葉に忌避感を覚えている人の気持ちがよく分かっていなかった。


 そんな話を超アウトドアな友達と話したことがある。


「インドアの人はそうかもしれないね。でも超インドアの人に『これからどれくらいの期間かわからないけど、家には帰らずずっと外で遊んでいてください』て言ってるのと同じだと思うんだよね」


「……なるほど?」


「ま、あんたは完全なインドアってわけじゃなくて、アウトドアも楽しんでるんだからいつか限界が来るよ」


 その時は彼女の言っていることが理解できず、納得したふりをした。


 しかし今唐突にその意味が理解できたような気がする。

 休みの日は基本インドアといいつつも、外で思い切り遊んでストレス発散をしたい日が定期的にやってくる。


 今まさにそんな衝動に駆られているのだが、世間は相も変わらず自粛ムード。


 連日テレビではおうち時間の楽しみ方と謳いながらも、タレントが外ロケを楽しげにしている映像を流している。


 『自粛』とは非常に便利な言葉である。本来の意味で使用されるべきは、自ら進んでその行為を慎むことである。

 しかし今世間で外で羽目を外して遊び、それが周りにばれでもしたら完全に私は悪者である。


 いま私たちに求められているのは自粛ではなく『おうち時間』という強制的な圧力なのかもしれない。


「……私まで卑屈になってどうするのよ」


 自室でゴロゴロしながらネットで『家でアウトドアを楽しむ方法』という何とも矛盾している検索ワードで、検索してみる。


 しかしどれもパッとしない。

 これだ! と思えるものがないのだ。


 いつの間にか見ている内容が通販サイトへとシフトしていく。


「プロジェクタってこんなに安いんだ……」


 ふと目に入ったホームプロジェクターのページ。

 スマホにつなげて壁に投影できる機能もあるらしい。


「……そうだ、キャンプしよう」


 ばかげているけど、実際に達成したのであれば最高に楽しそうな妙案を思いついた私は、考えつく限りの必要なものをポチポチと買いあさっていく。


 大した趣味もない独身社会人。お金はある。こういう時に使わなければ。

 さすがに今日それを実行することはできないが、最近の宅配は優秀で明日には購入した商品がすべて到着するらしい。

 今日の有り余った体力は明日に溜めて、今日は静かに自粛することにしよう。



 翌日、私の朝は早かった。


 というのもドンドンという物音で目が覚めてしまったのだ。

 音は玄関の方から聞こえている。


 鈍い思考の中これは何事かと考え、ようやく思い出す。

 昨日無駄にテンションが上がっていた私は、昼ではなく朝一番の宅配で購入したものが届くように設定していたのだ。


 少しして物音が消えたことを確認して、私はだるい頭を振りながら扉を開ける。


「……うわっ」


 それはまさに勢いのかたまり。

 業者か何かといわんばかりの段ボールが大量に玄関前に重ねられていた。


 重たい体に鞭を入れ、昨日の自分を恨みつつもゆっくり室内に段ボールを運んでいく。


 すべて室内に購入したものを入れ終わる頃には私の目は完全に冴えていて、テンションもだんだんと上がってきた。

 テンションの上昇は留まるところを知らず、段ボールを開けて中身を確認すればするほど、昨日の熱意が戻ってくる。


「よし、やるか!」


 段ボールをすべて片付け終えるころにはもう日は高く昇っているようで、暖かい日差しが室内を照らしていた。


 本当は夜にやるのが一番なんだろうけど、あいにく明日は普通に仕事だ。

 昼にやって夕方までには片付けないといけないだろう。


 私は早速トイレや風呂場に仕掛けを施し、その後自室の机やベッドをクローゼットに押し込み、無理やり片づけて室内に余計な家の中だと想像させるものをすべて見えない位置に移動する。


 こういうのはどこまでやりこむかが大事なのだ。

 中途半端なところで妥協してしまっては、完全な満足感は得られない。


 だから今は片付けのことなんて考えなくていい。私がアウトドアを楽しめるベストな環境を用意することだけに集中すればいいのだ。

 自分にそう言い聞かせながらプロジェクタをセットしていく。


 そしてスマホと接続して壁に適当な森の風景を流せば準備は完了だ。

 今回は360度型プロジェクタというのを購入した。

 壁一部分だけに投影しても雰囲気がでないし、壁一面に投影したい。

 そしてその思惑は思いのほかうまくいったようだ。


 現実のキャンプ場には遠く及ばないものの、私の部屋には今緑があふれている。

 木々のざわめきの音もいい感じに聞こえてきて、雰囲気は完全に山の中である。


「でも、密室感がなぁ」


 思い切って窓を開ける。

 部屋の中に涼しい風がふわっと舞い込んでくる。

 解放感によるものか、気持ちも軽くなったような気がする。

 しかしいくらカーテンを閉めているといっても、今は日が高く昇っている真昼間。


 カーテンの揺らぎでプロジェクターの映像も薄くなったりしているが、そこはご愛嬌だろう。

 そしてネットで調べながらなんとか一人用のキャンプを組み立てると、飯盒を用意する。


 さて、本番はここからである。


 家の中で飯盒を炊くという何とも言えない無駄な感じがたまらない。

 さすがにたき火をするわけにはいかないので、ガスコンロを用意して着火。


 ネットというのは本当に便利なもので、ガスコンロでの飯盒の炊き方もちゃんと用意してくれている。

 ネットの手順とにらめっこしながらなんとか飯盒に米を入れて、ご飯を炊いていく。


 ここまでできればあとは待つだけ。

 ゆっくりのんびりと待てばいいのだ。


 自分一人だけが入ったキャンプの中で、のんびりとした時間が流れる。


 あー、友達と行きたいなあ。キャンプ。


 人というのはないものねだりをしてしまう性なのか、普段ならば気にならないようなこともふと考えてしまう。

 飯盒から煙が漏れ出ているのを眺めつつ、もう一つの飯盒を用意しそこにレトルトカレーを流しいれる。


 これもネットに合った知識だ。まさか飯盒でご飯以外のものを作れるとは。

 まあ作るといっても、レトルトだからあっためるだけなんだけど。


 妥協はしないとは言ったけど、さすがに今からカレーを一から作るには時間がかかりすぎる。

 だからこういう時は文明の利器であるレトルト食品を用いた方がいい。


 妥協はしないけど、効率って大事だよね。

 キッチンでカレー作るなんてそれこそ雰囲気ぶち壊しだし。


「トイレトイレ」


 もう少しで飯盒のご飯もいい感じに炊けるだろう。その前に終わらせることは終わらせないと。


 そんな気持ちでトイレに入ると、昼間だというのに真っ暗な空間と満天の星空がわたしを出迎えた。


「あ、そっか」


 そういえばトイレに暗幕と小型プラネタリウムを用意してたんだった。

 部屋の片づけやらキャンプの設営ですっかり記憶から抜け落ちていたけど、この不意打ちもなかなかにいい。


 昼間なのに星を眺めながらトイレをするという何ともいえないアンバランスな体験を経て、私は再びテントの中に戻る。

 そこではもくもくと激しく煙を立てている飯盒の姿があった。


「もう、いいかな?」


 火を止めて30分間中のご飯を蒸らす。 

 その間にレトルトカレーを温める。


 先にご飯を見てみようかな。


 好奇心に負けてカレーが温め終わる前に飯盒のふたを取る。

 顔面に大量の湯気が襲ってきて、それが晴れると目の前には真っ白な景色が広がっていた。


 ……まあそんな大層なもんではないけど、しっかりとご飯は炊けているようだった。


 しゃもじでひっくり返して底の方を確認したけど、おこげはできていないようだった。


 ちょっと残念な気もしなくはないけど、焦げすぎるよりは良かったのかもしれない。

 洗い物も楽だし。


 ご飯をお皿に盛りつけてて、温め終わったレトルトカレーをその隣に流し込む。

 スパイスの香りが鼻を突き抜け、空腹をちょうどよく刺激する。


 カレー発明した人はほんと立派だよ……。


 さっそくカレーを口にいれようとしたところで、ふと周りの風景を見渡す。

 殺風景な風景も飽きてきたかもしれない。ここはひとつ気分を変えて……。


 一度お皿を地面に置き、動画をあさる。


 選んだ動画はサバンナの映像。

 さまざまな動物が悠々自適に歩いているど真ん中でカレーを頬張る。


 うん、我ながら意味が分からない。


 でもライオンが隣を歩いているところでカレーを食べるというのは、味覚的にも視覚的にも刺激的。さらには香りで嗅覚も刺激されているのだから、結果オーライじゃないかな。


 新鮮な映像を眺めつつ、無心でひたすらにカレーを頬張る。

 一人用で炊いたご飯とカレーはすぐに底をついた。


「……はー、おなか一杯」


 正直大満足である。満腹感と同時に達成感もあふれ出る。

 あとはのんびりしてから、片づけしようかな。



 そのあとテントを置く前の状態に戻すのに3時間くらいかかってしまった。

 終わるころにはくたくたであれほど暖かく差し込んでいた日はすっかりと地の底に落ちてしまっていた。


このままベッドで爆睡したいところだったけどさすがにお風呂に入らないといけないためそれはできない。


 この疲労感もアウトドアを楽しんだ証と割り切って、朝とはまた違った倦怠感を覚えながら体を引きずるようにしてお風呂へと向かう。


「うわっ! ……忘れてた」


 お風呂に足を踏み入れて飛び込んできたのは、一面真っ青な景色。

 ゆらゆらと揺らめくような風景が壁や天井一面に広がっている。


 ……そういえばお風呂にもプラネタリウムの水中版みたいなの設置してたんだった。


「やるじゃん、私」


 私自身が残したアウトドアの贈り物を堪能しながらお湯の中にゆっくりと沈み込む。


 バタバタした休日だったが、こういうおうち時間の過ごし方もいいものだ。

 次は、友達と一緒に本当にキャンプ場に行ってテントを使いたいな。

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