在宅勤務のおうち時間

篠騎シオン

なあ、みんな教えてくれよ

「俺はもうわからんよ。どうやって生きていけばいいのか」


ビール片手に画面の前でひとりごちる。

すると、耳につけたヘッドセットから友達数人の笑い声が聞こえてきた。


『陽キャの塊みたいなお前がそんなことを言う日が来るなんて思わなかったよ』


そう笑いながら言ったのは、大学時代の旧友の一人でこのリモート飲み会を企画してくれた若林だ。


「だってよ、会社帰りに飲みにも行けない。仕事仲間との談笑もないとか、俺なんのために仕事してるかわからないもん」


『いや、給料もらうためだろうって』


『給料もらう、というか本質的には会社の利益を上げるためじゃない?』


すかさず、たにやんが俺の言葉に突っ込んだが、冷静なサエにこれまた返される。

飲み屋ではないがいつものテンポ。

最近の通話アプリはラグも少なくていい。

でも、なんていうか、テンポは一緒でも雰囲気は違うんだよなぁ、居酒屋のごちゃごちゃした音もないし、ツッコミにも動きが乗らないし、とこれまた悲しく思ってしまう。

悲しくなって俺はビールをぐびりといく。

そして酒の勢いを借りつつ、たずねた。


「とにかくよう、お前らには教えて欲しいんだよ。家で仕事するだろ? で、当たり前だけど家で休むだろ。どこに境目置けばいいんだ。仕事モードが抜けないんだ。若林よぅ、教えてくれよ」


実は意外とこれが恥ずかしくて、酒の力を借りないと尋ねられなかったのだ。

だってそうだろう? 社会人として仕事の切り替えはできて当たり前。それが、場所が家になった途端出来ないなんて、恥ずかしくないわけがあるだろうか。


『境目も何も僕はいつだって仕事のこと考えてる』


返ってきた答えに俺は小さく心の中でため息をつく。

恥を忍んで聞いたのに!

でもまあ、こいつに聞いた俺が馬鹿だったとも反省できる。

学生時代に起業してそれ以来webの広告関係の仕事をしているこいつは俺以上の仕事人間なのだった。

それこそ本当に四六時中仕事のこと考えていて、みんなで飲んでる時でも仕事のアイディアが降ってきたとかでメモ書きしてたりする。


『あら、それでよく疲れないわね』


『まあ、僕の場合仕事も半分趣味みたいなものだからね』


『くぅー、俺もそんなこと言ってみたいぜ』


驚くサエに、羨ましそうに唸るたにやん。

俺も唸りたい。仕事は好きだが、趣味と言えるまでではない。どっちかというと、俺は仕事を通して人と関わるのが好きなんだ。


俺はビールをコップに注ぎながら、さてどうしたもんかと考える。頼みの綱であった在宅勤務の先輩、若林の意見は全く参考にならなかった。


「二人は? どうしてるんだ?」


気を取り直して二人に尋ねる。サエとたにやんも最近在宅ありの勤務形態に切り替わったと聞いている。

若林よりはいい答えを聞かせてくれよ、頼むから、ほんとたのんます。


『うーん、私はやっちゃんの気持ちわかるかな』


やっちゃんという俺の愛称を言いながら、俺の気持ちに同意してくれたのはサエだった。


「え、ほんとに!?」


『うん、私もね。家でのプライベート時間と仕事時間うまくわけれなくて最初は困ったの。でも最近はこの家事を始めたら仕事のことは忘れるって習慣づけたらぴりっと切り替えられるようになったわ』


「なるほどなぁ」


若林よりは大変参考になった。

でも……


『やっちゃんは実家暮らしだから家事を起点にするのは無理だな』


俺が相当渋い顔してたのか、たにやんに見事に図星をつかれる。

そうなのだ、実家暮らしの俺は家にいてもする家事がない。

母さんを手伝おうにも、俺の家事スキルが壊滅すぎて逆に邪魔ばかりするので追い払われる始末だ。


『家事がないなら読書とかの趣味でもいいんじゃない? これやったら仕事おしまいって暗示みたいなものだから。普段はほら、それが通勤電車になってたりするんじゃないかな、大抵の人は』


そうか、通勤電車は仕事のオンオフの切り替えの暗示で、そのおかげで俺はいつも切り替えれてたんだなと思うと合点が入った。

サエは昔からいろんなことを考えて、人の気持ちを楽にしてくれるのがうまい。

そういう暗示になってるなら、そりゃ俺も切り替えに難儀するわけだ。意外とこの悩みは恥ずかしくないのかもしれないと俺はほっとする。


『ええっと、やっちゃんの趣味で家で出来そうなのは……』


「『酒』」


サエの言葉に男三人で答えると、彼女は苦笑する。


『間違ってないかもだけど、切り替えスイッチがお酒っていうのは……』


「健康的じゃあないな。俺の趣味って外に出るのばっかりだから難しくないか? スイッチにもしづらいし、家での時間をどう過ごしたらいいかわからん。たにやんはどうしてる?」


そうしてまだ回答していないたにやんの方へ話を向ける。彼はうーんと少し悩んだのちに答えてくれた。


『俺は同棲している彼女が美容師で在宅できない仕事だからさ、彼女が帰ってきたら仕事終わりって切り替えることにしてる。帰ってくるまでに今日の分なんとか終わらすぞって、やる気にもなっていいぞ』


「なんだのろけかよ」


『ずるいぞ』


『幸せそうでいいわね。私もそうなりたいわ』


三者三様のたにやんへの反応。

俺としては羨ましい限りだ。

俺は非モテではないが、この騒ぎが始まる前に彼女と別れていて、なにぶんこのご時世出会いがない。

必然的に彼女いない歴が伸びていた。


切り替えスイッチも見つからないばかりか、家の中でできる趣味もない、そして彼女もいないと来たら俺に希望なんてないじゃないか!

酒のせいか涙がぽろぽろ溢れる。


「うおお、俺はおうち時間を楽しめない人間なのか!!」


『それなら、私が……』


飲み過ぎで急に催す尿意。

ヘッドセットの向こうから誰かの声が聞こえた気がしたが、急激な尿意に負け、ちょっとトイレと言ってはずして部屋の外に出る。

そこで弟と鉢合わせた。

俺と違ってインドア派な弟は、涙をまだ目に浮かべている俺を一瞥して静かに言った。


「兄ちゃんはリモート飲み会してるし十分おうち時間堪能してんじゃね、陽キャなりに」


「お、おう」


「あ、あと、もう少し周りの人からの気持ちとか考えた方がいいかもだよ」


俺は頭をかきながら、声聞こえてたんだな、周りの人からの気持ちって、うるさかったのとに気づけってことかなと反省する。

しかし、弟の言葉にニヤリと笑ってしまう俺がいた。


そうか、俺、悩んでたけどおうち時間楽しめてるんだこれ、と。

こりゃあ仕事の切り替えもそのうちマスターしちゃうんじゃないのー? と腕をブンブン振り回しながらトイレに向かった。




僕は兄さんと入れ替わりに部屋に戻ると机の前に向かった。

トイレに行く兄さんの鼻歌が聞こえる。

ほんと、単純な人だ。そして鈍感。

まあ、悪い人ではないからね。あの人とうまくいけばいいんだけど。


部屋の二つあるディスプレイの片方には大学の課題、もう片方にはゲーム画面。

陽キャな兄と違って陰キャな僕だが、こと、このご時世、おうち時間の充実に限っては兄に負ける気が全くしない。

もしも兄に彼女が出来たりしても、それでも、負ける気はさらさらない。

そんなことを考えながら僕は、ゲーム画面にただいま、と打ち込んだ。

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