引きこもりの僕が、普通になった日

松野椎

引きこもりの僕が、普通になった日

 僕は、中学1年生の時に引きこもった。でも、なんで引きこもったのか自分でもよく分からない。

 自分で言うのもなんだが、僕は模範的な生徒だったと思う。勉強も運動も上の下くらいで、友達ともそれなりに仲良く過ごしていたし、ましてやいじめがあった訳でもない。世の中にありふれた、平凡で幸せな学生生活を送っていた。

 そんな人生を送れていることに感謝こそすれ、不満はなかったはずなのだ。でも、ある日突然何もする気が起きなくなった。そして、引きこもった。


 医者からは軽度なうつ病と診断されたが、自分ではあまり納得していなかった。でも、そうなのだろう。学校に行かなければという思いはあれど、自分の体は動いてくれない。せめて何かに興味を持たねばと思っても、心はぴくりとも動かない。

 休養を取りつつ無理のない範囲で学校と接点を持ちましょうという医者の言葉は、そんな僕を責めているようにすら聞こえた。自分を不甲斐なく感じると同時に、このままの状態が続いたらどうしようという焦りで、心は摩耗していくばかりだった。


 長い事引きこもっている僕に𠮟咤激励する父、無責任に頑張れという声をかける母。別に僕だって好きで引きこもっているわけじゃない! 何度もそうやって声を荒げることもあった。無理解な両親にも、変化できない自分にも無性に腹が立ったが、そのたびに自己嫌悪に陥り、いっそ自殺した方が良いのではと考えたこともあった。

 この負のスパイラルは一体いつまで続くのだろうか。先の見えないトンネルを抜ける日は来るのだろうか。考えれば考えるほど思考の深い渦に飲み込まれてしまうようだった。


 さて、そんな生活に終止符を打ったのは何だったのだろうか。それは新型コロナウイルスによって一変した世界であった。

 知っての通り、コロナによって世界は変わった。特効薬のない新しい病気は、罹患したら死んでしまうかもしれないという恐怖がある。マスクが必須になり、自粛が呼びかけられ、普段通りの生活はできなくなった。中でも学校がこれほどまでに長期休校になったのは、中々例の無い話だろう。


 そう、学校が休みになったのだ。

 当時の僕は新中学3年生。引きこもっていた時期は約1年半。その間、僕は世界のから外れた生き方をしていた。でも、何ということだろう。今となっては、引きこもることが世界のになったではないか。自粛することが善で、不要不急の外出はバッシングされるのだ。


 自分の行動が普通である。これだけで、僕はどんなに救われたことか。

 心から焦りが消え、少しずつ心が動くようになり、部屋の外にも出られるようになった。これを見た両親は、驚きながらも僕のことを褒めてくれた。

 学校も休校から数週間経ってオンライン授業が始まったが、家で受けられるということもあって僕は真面目に授業に取り組んでいた。


 父も仕事がテレワークになり、家族全員で過ごす時間が増えた。だから、僕達は色々な話をした。この1年半の溝を埋めるように、真面目な話もくだらない話も本当に色々した。家族が家族のことをもっとよく理解できた日々だったと思う。

 それから僕達は一緒に散歩にも出かけた。僕にとっては、近所を歩くことさえ久し振りで新鮮だった。春の暖かな日差しは、まるで外に出れた僕を祝福しているようにさえ感じた。

 そう、僕の引きこもり卒業は怖いくらい順調に進んだのだ。


 休校になってから数ヶ月経過したある日、遂に休校が解除されると学校から連絡がきた。親からは大丈夫か、行けるのかと心配されたが、その頃にはすっかり体調も万全になっていた。医者からも大丈夫というお墨付きをもらっていた。


 新型コロナウイルスが流行し始めてから1年。まだまだ感染者は増えたり減ったりを繰り返しており、新しい普通が根付き始めている。

 あれから僕は何事もなく学校に通い、この間高校受験もした。それもこれも、世の中の常識がコロナによって変わったおかげだ。もちろん、コロナによって被害を被った人は大勢いるし、今なお医療現場の人たちやその他多種多様な人々が闘っているのは理解している。でも、こうして人生が変わった人も少数ではあるがいるのだ。


良くも悪くも新型コロナウイルスは世界に大きな影響を与えたものであった。

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