小柄な独身中年男性は何を思ふ

其乃日暮ノ与太郎

今日も今日とて。

 緊急事態宣言の再延長が適応される首都圏一都三県内にあるワンルームアパートで中年男が暇を持て余してシングルパイプベッドにチャコールグレーのヨレヨレスウェット姿で体を大の字に投げ出した直後に鈍く軋んだ音を聞き、間の抜けた表情で天井を眺めながら心の中で嘆き出す。


(……まただ……又この時が来やがった……。

なるべく出歩くな、ってお触れが出てからどれだけの月日が経ったんだ?

そもそも何をどうすりゃいいんだよ『おうち時間』ってヤツは。

おうち?

凹地おうち

くぼんでいる土地ねぇ……周囲よりも低くなっている土地かぁ。

言われれば何事も無く生活出来ている人間から見れば決してリア充ではない時間を強いられているって事になるわなぁ。

そういう事なら正に此処は凹地……

おうち?

相知おうちかぁ。

2019年の10月19日には約100年ぶりに復活した高さ10メートルの大山笠が勇壮に巡行した江戸時代の唐津藩主・小笠原家の大名行列を再現した羽熊行列や、毛槍の羽熊を投げ渡す妙技が圧巻の毎年10月に行われる佐賀県唐津市相知町にある熊野神社の秋祭り『相知くんち』も行けなかったなぁ)


次に男は頭の後ろで手を組み、口を半開きにしたまま更に退屈な時を過ごす。


(更に“おうち”と言えば全長25km程の広くて長い潟幅があり、雄大な景色を眺めながら釣りが出来ると有名でヘラブナ愛好者やブラックバスアングラーにも人気な北陸石川県の羽咋市にある邑知おうち潟。

……そう言えばオオクチバス・コクチバスは日本の侵略的外来種ワースト100に選定されている。

外来種が侵略するって今と同じ状況だな。

それとあの場所は外来魚を釣り上げて再び潟へ戻すキャッチ&リリース行為の自粛を促されているし、ハクチョウ飛来地でもあることから期間限定の釣り自粛エリアも設定されていたなぁ……チェッ、ここでも自粛が出て来た……)


全世界でこの様な不毛なときに今までにも出会い現在も出くわし、これからも訪れる人間が同時期に少なくない数で存在していたであろう。

その内の一人だった男が中綿の押し潰れた布団の上で先程から体勢を変えずに呆けた様な顔で今以て時間を潰す。


(あとはおうち

確かあの木はニガキ科の落葉高木で英語名称のツリー・オブ・ヘヴンの和訳による別名、神樹シンジュとも栴檀センダンとも呼ばれるウルシ科とは全くの別種でうるしのようにかぶれる心配はない『にわうるし』。

あれは〈あての木〉とも呼ばれていて、アテは大工用語で反りやすい悪質の材木を指している。

アテ地といえば日陰の耕地に適さぬ土地を表す様な悪い意味があったな。

日の当たらない場所か……この部屋は……

ついでにこのおうちって一文字は、役に立たないモノのたとえとして使われ無用の長物って意味にもなる。

コレを自分の現状に当て嵌めれば、さながら無益な長時間ってな感じかな)


「ま、いいや。腹減った。メシ作ろ」

一頻り暇を持て余した男はおもむろにそう独り言を呟いた後、点けっ放しにしていたYouTu〇eから流れて来る作業用すべらない話をBGMにしてのっそりと立ち上がった。


きっと彼には今日とほぼ変わらない日常がまた直ぐにやって来る。


しかもそれは何時終焉を迎えるかこの世の誰も知る由も無い。


只、この男はまだこの機会では気付いていなかった。

無駄に過ごしていると思っている今この『おうち時間』こそは、流行らせもしなければ罹りもしない誰にも迷惑も負担も掛けない立派な行動を取っている最中だっていう事を。


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