悪の秘密結社社員のちょっと憂鬱な休日

新巻へもん

特殊性癖

「ちっちっち」

 派手なマントを着た総統が長い指を振って舌を鳴らしていた。松平・ゴットルプ・シュタウフェン・ド・倫太郎。舌を噛みそうなほど長い名前のお方は僕の雇用主だ。だから、目の前で思いっきり憐みの目で見られるのは辛い。


「何がいけないのです? 世界が混乱している今こそがチャンスだと思うのですが」

 そう。僕を雇用している法人の目的からすれば千載一遇のチャンスだった。全世界に蔓延するウィルス感染症の対応に各国はてんてこ舞いをしている。この非常事態なら成功確率は200%以上。当社比2倍というやつである。


 僕の恋人にしてマッドサイエンティストであるマチルダ・アントワーヌ博士が量子コンピュータで計算した結果だ。いつもは惜敗しているのだから成功するんじゃないだろうか。ちなみに松平総統が代表を務める法人の定款に記載されている事業目的は世界征服である。僕は悪の秘密結社の下っ端社員なのだった。


 松平総統は前髪をかきあげる。

「譲司くん。君は大きな勘違いをしている。我々の目的は世界征服だ。世界を滅ぼすことではない。この未曽有の大惨事に付け込んで世界が滅んでしまっては本末転倒だ」


「さすが若。世の中の道理をよくお分かりでございます」

 松平総統の後ろで真っ白なスーツに眼帯姿の後藤さんが、これまた渋い声で賞賛する。ちなみに総統も眼帯を付けているし、僕も付けている。就業規則に書いてあるのだから仕方ない。


「ということだ。当面の間、世界征服作戦は一時中止とする。アントワーヌ博士と命の洗濯でもしたまえ」

 松平総統は鷹揚に宣言すると革張りの椅子ごとパカッと開いた壁の中に消えていく。こうしてオンラインでは失礼かとわざわざ対面で進言した僕の提案は却下となった。


 まあ、月給36万5千円も貰って自宅待機というなら僕に異存はない。この春に昇給して月給があがった。定期昇給というものは都市伝説だと思っていた。眼帯を外しマチルダさんに頼まれていた買い物も済ませて一緒に暮らす家に向かう。買ってきたものは玄関わきのボックスに入れた。体一つで玄関のドアを開ける。


 玄関にはビニールで仕切られたブースがあり中に入ると強風が全身に浴びせられた。次いでマスクをダストボックスに捨て、服を脱いで洗濯シュートに入れる。人感センサーで開いた横のスライドドアを開けてバスルームへ。頭の毛のてっぺんから足の指の先まで6本のマジックアームが念入りに洗浄してくれた。


 バスローブを着て髪の毛を乾かしながらリビングに入って行く。マチルダさんが金髪を揺らしながら可愛らしく笑った。白い実験着姿なのにセクシーだ。形のいいリップで僕に口づけする。アマレットの香りが漂った。もう飲んでる……。

「総統は家で大人しく命の洗濯をしてなってさ」

 僕は言葉の選択を間違えた。というか、そのまま伝えるべきではなかったのだと思う。


 マチルダさんの瞳が輝き、口元に怪しい笑みが浮かぶ。

「そう。そういうことなら仕方ないわね」

 マチルダさんは僕の手を引き、寝室に誘導すると実験着をさらりと脱ぎ捨てた。その下には真っ赤なボンデージスーツ。見事なナイスバディを強調していた。


 マチルダさんは素敵な女性だ。美人で頭もいい。お酒を飲み過ぎるとちょっと泣き上戸なところも可愛い。唯一の欠点は特殊な性癖をお持ちということ。マチルダさんはこれから長いおうち時間が始まることを宣言する。

「女王様とお呼び!」


 

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