魔女と自粛と『もふもふ召喚』【KAC2021】

朝霧 陽月

普通の魔女ともふもふ欲

『もふもふしたい……埋もれたい……もふもふに埋もれたい……!!』



 唐突に自分の中で、そんな強い気持ち……いわゆる【もふもふ欲】が生まれた。


 私、アマーリナはごくごく普通の魔女だ。漢字で書くと亜麻莉奈……だけど総画数が多いので、出来ればあまり漢字で名前を書きたくはない。

 現代社会にひっそりと生き、今現在『おうち時間』を過ごすこと……つまり外出自粛を強いられている不自由な魔女である。


 そう、残念ながら魔女の魔法を持ってしても、世を騒がす某ウイルスの猛威には勝てないのだ。

 だから魔女協会からの通達により、我々魔女も不要不急の外出を控えるように強く求められている。

 ちなみにこれに従わずに好き放題遊び回ったりすると、魔女協会からの評価が下がって、魔女協会からの色々な補償を受けられなくなってしまったりする。


 これは魔女的に由々しき事態だ。

 それというのも魔女が色々と魔法を使うには、こまごまとした素材が必要になってくるわけなのだが、その費用が地味に掛かる……。

 そこで登場するのが魔女たちのお財布の味方、魔女協会。協会の補償があれば、あんなものやこんなものまでお安く入手することが可能なのだ。

 しかしそんな素敵な補償が、万が一停止されるようなことになれば、私のようなは貧乏魔女は一瞬で干上がってしまう。

 すると、私は生きるために不本意ながら悪事に手を染めざるをえなくなる……。


 なので、私がこれからも清く正しい魔女として生き、道を踏み外さないためにも、魔女協会の決定に従うのは絶対条件であり、外出を自粛するのも致し方ないことなのである。

 まぁ、そもそも私の仕事って室内に籠もってするものが多いから、自粛するまでもなく元々インドア派ではあったが……。


 まぁ、それはそれとして……そう、私は先にも言ったとおり猛烈にもふもふしたい気分なのである。

 いや、ただもふもふしたいだけではなく埋もれたいのだ!!


 しかしさっき言ったとおり、もふもふを求めて外出するわけにはいかない……。

 私はまだ善良な魔女でいたいのだ。


 となるとどうするか? そう、自分で動けないなら召喚すればよいのだ。

 これはなんとも魔女らしい……魔女協会の評価的にもプラス点が付いてもおかしくない英断だ。

 素晴らしきもふもふ生物を我が元に呼び寄せ、従え、思う存分もふもふする……これぞ至福の『おうち時間』というやつではなかろうか?


 うむうむ、そうと決まればさっそく召喚の準備ですな……。

 召喚には大きく分けて二つの種類がある。一つが一時的な契約で召喚で使役するものと、もう一つがしっかりと契約を結んだ召喚獣を契約に則り任意のタイミングで呼び出すものだ。


 当然、後者の方が色々と準備やら手続きやらが面倒になってくる。ので、今回は前者で呼び出して、もふもふ欲が満たされたらそのまま帰って頂くことにする。

 いやー、確かにもふもふは好きなのだけれど、しっかり契約してしまうとと一生面倒をみることになりかねないので気軽には出来ないのである。

 何より私、気軽に使い魔を増やせるほどの甲斐性はないし……悲しきかな。


 まぁ、私の稼ぎが少ないことは別にどうでもいいのです。

 そんなことより今大事なのは、もふもふ!! そう、もふもふなのですよ!!


 はい、召喚を決めた魔女がまずすることは、召喚の種類を決めること……。

 そしてその次に『召喚獣図鑑』を見て、自分が召喚したい条件にあった召喚獣を探すことなのだ。


 なので私は薄れかけていた記憶を頼りに、家の地下倉庫から召喚獣図鑑を探してきましたよ。

 いや、自分が悪いんだけどね? 家のいらないモノをテキトーに放り込みまくってたから、探すのに苦労したわ……最終的には、モノ探しの魔法まで使っちゃったし。

 うぐっ、これは予定外の魔力消費……これでますます、もふもふの必要性が高まってきた、迅速にもふもふを確保しなくてはいけない!!


 そんな決意の元、私は張り切って召喚獣図鑑を開いた。

 さてさて、どのもふもふ召喚獣がいいかなぁ~?


 あ、この毛が生えてもふもふしてるドラゴンなんて格好いい……って、げっ!? 必要な素材の量と種類がえげつない!! ああ、これ幻獣種か……だからただ呼び出すだけで、こんな貴重な素材を持っていくのね……下っ端魔女には荷が重いわ。


 よし、もっとお手軽で自分でも手の届くレベルの召喚獣を見つけるぞ!!

 ふむ……ふむふむ……っっ!! こ、これだ!?


 この魔界ポメラニアンがいい!!

 召喚に使わなきゃいけない素材はちょっと多いけど、十分私でも手の届く範囲。


 そして何より、私のもふもふ心を鷲づかみにしたのは、愛らしいルックスと、その大きくてもふもふな身体だ。

 そう魔界ポメラニアンは巨大で全身を埋もれさせられるもふもふだったのだ。

 ほら、図鑑の解説欄にも『このもふもふ感に病みつきの愛好家が多い。愛玩用にオススメ』と書いてある。

 これなら完璧に、私のもふもふ欲を満たしてくれるだろう……ふふふ。


「お前に決めた!! 待っていろ、すぐに家中の素材をかき集めて召喚するからな!?」


 誰も居ないことをいいことに、私は一人で図鑑の挿し絵に対し大声で宣言をして堂々と素材集めに向かった。のだが……。




「た……足りなかった……」


 実際に家の中の素材を集めてみたところ、なんと言うべきか……微妙に少しだけ、素材が足りていなかったことが判明した。

 くそっ!! 『まぁ、あとで色々無くなってからまとめて買えば良いよね』と思って雑な素材管理をしていたツケが今ここでっっ!!


 あとちょっと……あとちょっとなのに……もふもふに手が届かない。

 こんな悲しいことはないだろう。


 試しに魔法素材系通販サイトで、その該当素材ページも見てみたけども……通常発送で1週間後、お急ぎ便を使っても明後日着。

 ねぇ、お急ぎ便ってなんだっけ!? お願い、追加料金あげるからもっと急いでくれる……!? だ、か、ら、今日じゃないとダメなの……ねぇ、分かる?


「………………はぁ」


 私はもうもふもふを諦めるしかないのだろうか?


 そんな悲嘆に暮れながら、通販サイトのページをスクロールしているとある広告が目に入った。そしてそれを、私は思わず読み上げてしまった。


「即日対応、召喚獣派遣サービス……」


 あ……確かにこれならすぐ召喚獣が来る!!

 そう思いかけたものの、すぐさま私の中の冷静な部分が『いや、待て』と、はやる気持ちをいさめた。


 ……実はこの手のサービスを使うのは、ロクに召喚獣の召喚もできない魔女と相場が決まっている。

 まがりなりにも長年魔女をやってきて、多少のプライドもある私は簡単にそれを利用することを良しとできなかった……何より、普通に召喚する倍以上の料金が掛かるのだ。


 だから安易に利用するわけには…………で、でもしかしもふもふが!! これを使えば、今すぐもふもふが私の元にっ!!

 うぐっっっっ!!




 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△



「わー、もふもふだぁ!! やっふぅぅぅ!!」


「へへへっ」


 かくして私は自分の【もふもふ欲】に敗北して召喚獣派遣サービスを利用し、魔界ポメラニアンをもふもふすることになったのだった。


 魔界ポメラニアンのもふもふっぷりは本当に最高だった。

 派遣された個体は大人しくも人好きな性格らしく、その魔界ポメラニアンは私が触れば触るだけ喜んでくれ、温かい体温に、さらさらふわふわの長毛が心地よく、更にそれで全身を包み込んでくれて……まさに夢のような至福のおうち時間を過ごせた。

 いや……本当に幸せだった……魔界ポメラニアン最高……。



 まぁ、それが終わった後に見た派遣サービスの請求書の金額で、無事現実に引き戻されたわけだけども……。


 ああ、もふもふ自体はよかったものの、しばらく節約しないとなぁ。

 がっくり……。

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