胡桃のあの弁明
私はずっと、私の顔は可愛いのだと思っていた。髪はふわふわで、目はくりくりしていて、体は小さくて。あんまり見た目を褒められるから、自覚するのも早かった。私の可愛い顔でちょっと優しくしてあげれば、大体の人は私に良くしてくれる。だけど。……だけど1人だけ、私にちっとも振り向かない人がいた。
あの時のことはよく覚えている。高校に入ってまだ1週間も経っていない頃の事だった。私はすでに顔が可愛いと人気があって、告白されることもしばしばあったのだ。その時私と同じように、大層異性に人気のある新入生がいた。興味を惹かれて見に行った先で、私は打ちのめされることになる。
その男は、綺麗すぎた。髪は傷んでぱさついていたし、薄らぼんやりした表情をしていたけれど、それを補ってあまりあるほど、本当に綺麗な顔をしている。それだけじゃない。汐見という男は、誰より綺麗な顔をしているくせに、そんなことはどうでもよさげに振舞っていた。自分の美しさに気づいているのかどうかも怪しい。後になって聞いた話だと、そもそも彼には人の顔の区別がついてはいなかったらしい。全部同じように見える──自分の顔ですらも。何らかの病なのかもしれない。それか、自分の顔が突出しすぎているせいで顔の美醜の基準がイカれてしまったかだ。私は残酷にも、汐見のそういうところが好きなのだった。
汐見はいっそ惚れ惚れしてしまうほど、人の顔に興味がなかった。私に見向きもしなかった男は彼くらいのものだ。まさか私のことを認識すらしていなかったとは思わなかったけれど。晴れて汐見のともだちとなった今でも、時々私の顔を見て「誰だっけ」という顔をする。そういう時、私は「胡桃のあよ」と名前を告げる。何度でも。何度でも、何度でも。そうすると汐見は笑って、胡桃は優しいなと言う。汐見にとって、私は優しいひとなのだ。可愛くてその上優しい子、じゃなくて。そういうところが好きだ。私がきちんと、価値あるもののように思えるから。……それなのに!
「知らなくて済まなかった」
「なんですって? 」
私は唐突な汐見の謝罪に面食らってしまった。2人で友達になろうと決めたあの時以来、私と汐見は昼食を共にしている。私たちはどちらも目立つから、校舎の影でこっそりと会っているけれど、バレたらどうなる事やら。顔はいいけどミステリアスでその上無礼、孤高の一匹狼と名高い汐見をどう口説き落としたのか、根掘り葉掘り詮索されるに違いない。
「……お前はかわいくて優しいことで有名だったんだな、と言うことだ」
「ああ……そんなこと」
私ははいちごミルクをパックから吸い出しながら気のない返事をした。本当にどうでも良いことだ。今更。私の容姿にこれっぽっちも興味のないあなたのことを好きになったんだから、謝られたって困る。でも、私が客観的に見て「かわいい」んだってことを、汐見がどう思うのかは気になった。
「あなたはどう思ったの? 」
「何を? 」
「……私がかわいいって思うかってこと! 」
言わせないで欲しい。顔に血が上る私とは対照的に、汐見の顔は眠たげだった。玉子焼きを食べながら、じいっと私を見つめている。かと思うと、目を閉じてうーんと考え込み始めた。しばらくして、ひとこと。
「……よく、わからない」
「でしょうね」
「ごめん」
「あなたのそういうところが好きなの」
「……なんで? 」
「だいたい、あなたの顔で私の顔を褒められたって逆に嬉しくないわよ」
「えっなんで」
「知らない! あー、ほんと、宝の持ち腐れってこういうことを言うんだわ……」
つんとそっぽを向いた私に、汐見はわたわたと慌てた。……別に汐見が怒られるいわれなんてなくて、私が勝手に拗ねているだけなんだから、ご機嫌取りなんてしようとしなくていいのに。ああもう、困りきった顔ですらも本当に綺麗。それなのに、本人には全くその自覚がないのだ。可愛い顔をさんざん利用してきた私とは違う。可愛くいようとしなくても、綺麗であろうとしなくても、多分汐見はずっとこうなのだ。そういうところを好きになったのだ。汐見の前だと可愛くいようとするのが無駄に思えてくる。本当だったら私は「そうだよね、分からなくてもいいんだよ」って優しく笑ったはずなのに、汐見の前だと「みんなに褒められる胡桃のあ」でいることが難しい。
「……顔のことはよく分からないが」
「そうでしょうとも」
「胡桃がそうやって……拗ねているところを見ると……かわいい、と思う。猫みたいで……」
はあ!? 私はびっくりして飛び跳ねた。かわいい? 私が? 汐見がそんなことを言うなんて思わなかった。いつだって私は顔が可愛いことを褒められていたけれど、汐見にはそういうのはわからなくて、だから顔を褒められたことなんてなくて……。
「やっぱりかわいい」
ああ、じゃああなたは、私のこういう素の部分を、可愛いって思ってくれてるってこと? びっくりして、恥ずかしくなって、思わず私は汐見の顔をばりばりと引っ掻いた。汐見はぎゃあと悲鳴をあげて蹲る。助かった。今の私の顔を見られたら困る。すぐにその場を立ち去ろうとして、このままだと汐見に嫌われたりしないだろうか、と急に不安になった。だから一度振り返る。
「あなたの……そういうところが……」
そこまで言って、結局私は走って逃げてしまった。恥ずかしかったからだ。汐見はじいっと私を見つめていて──私は顔を見られたくなかったのだとすぐに思い出したからだ。見られる訳には行かない。恥ずかしいもの。私の顔は今、恋する少女そのものだろうから。
汐見くんはわからない 鹿野 @kano2122
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます