第42話 ♀壊れてる少女


 七渡に告白をした。

 そして、恋人になった。


 別にただ付き合うだけと思っていたけど、今は信じられないくらないの高揚感がある。

 安心感もあるし、幸福感もある。


 今の私は無敵なんじゃないかと思えるほど、思考が巡っている。

 例えるならスター状態のマリオだ。

 あのBGMも聞こえてきそうなほどに。


 恋人になった七渡とこれからどんなことをしていこうかしら……

 やりたいことやしたいことは数え切れないほどある。


 キスとかの行為はもちろん、友達同士では越えられない一線を越えたい。

 今まで手の届かなかった場所に侵入して、七渡の可愛いところをたくさん引き出していきたい。


 昨日は嬉しさのあまり、勢い余ってネット通販でムチを買ってしまった。

 あれを使うのは流石に先の話だろうけど、我慢できなかった。


 早く七渡に会いたい。

 でも、七渡は部活に塾もあって二日後まで会えないと言われた。


 たった二日が、信じられなくらい長く感じるわね……


「ちょっと、何でそんなメス丸出しの顔してんの?」


「ふえぇ?」


 七渡のことを考えていると、登校してきた美波に話しかけられた。


「ふええじゃないよ。何でそんな可愛い声出してんのさ」


 友達の美波にはちゃんと伝えないといけないわね。

 自慢みたいで少し気恥ずかしいけど、美波なら今さらかよと笑ってくれるはず。


「七渡と付き合うことになったの」


「……へ、へぇ~そうなんだ」


 もっと驚くかと思っていたけど、何だか気まずそうにしている美波。

 想像していた反応とは異なっていた。


「でもまぁ中学生の恋愛ごっこなんて長くは続かないから」


「忠告ありがとう。そうならないように気をつけるわ」


「ぐぬぬ……」


 美波は祝福どころか嫌そうにしている。

 そういえば、彼女は人の不幸が好きな人間だったわね。


「ごめんなさいね、幸せになってしまって」


「これじゃあ……あたし、一人になっちゃうじゃん」


 泣きそうな声で訴える美波。

 らしくないことを言っているので、からかっているのだろうか?


「あなたも彼氏を作ればいいじゃない」


「そ、そんな言い方ないよ……」


 美波とはクラスも一緒なので、別に疎遠になるわけではない。

 今の関係性がそこまで変わりはしないはず。


 美波のことを少し考えたが、すぐに七渡のことで塗り替えられた。

 今はもう自分と七渡のことしか考えられないわね――



     ▲



 七渡と付き合ってから三日目。


 今日は久しぶりに七渡と会える。

 二日会えなかった分、今日はたっぷりイチャつきたい。


 でも、最近は寝れない日が続いていて体調は悪かった。


 七渡と付き合ってから、今まで考えなかったことが無性に気になってしまう。

 自分がどう見られているかが気になって、悪く見られないように自分の身体を何時間もかけて必死にケアするようになった。


 尋常じゃないくらい七渡のことも気になる。

 別のクラスで誰と一緒にいるかとか、他の女子と話していないかとか……


 私は触れていないけど、七渡はSNSをやっている話を聞いたことがある。

 そこで何をしているのかも気になるし、どんな人と繋がっているのかも気になる。


 今まで知らなかったことが知りたくなった。

 それは自信の無さや不安が、私を駆り立てているのかもしれない。


「ご愁傷様です」


 ケラケラした顔で私の元へ来た美波。


「何が?」


「あれっ、まだ別れてないの?」


「別れるわけないでしょ」


 七渡と付き合った報告から一度も話しかけてこなかった美波。

 別に気にしてなかったけど……


「じゃあ、まだ健気に天海君のセフレやってんだ。くすくす」


「は? あんまりふざけたこと言ってると怒るわよ」


 美波は何故か七渡を苗字呼びしている。

 それに少し違和感がある。


「何にもふざけてないよ。ほら、これ見てよ」


 美波はスマホで私に写真を見せてくる。

 そこには七渡が知らない女と二人で仲良さそうに映っていた。


「何よこれ」


「天海君の本命の彼女。東中の女の子」


「笑えない冗談はやめて」


「冗談じゃないって。日付見てよ」


 日付は一昨日の日だった。

 もう七渡とは付き合っている日のはず。


「いやぁ~偶然にも駅前で見かけてね。天海君と同じ塾の人に二人のこと聞いたら、二人は付き合ってるって有名だよって。超ラブラブで、みんなの前でも普通にキスとかしてるってさ」


「どういうことよ」


「ドンマイドンマイ。認めたくないのも分かるけど、男ってこういうもんだからさ」


 美波の言葉は素直に信じられない。

 元々、信用の無い人だから疑ってしまう。


「あなたの嘘じゃなくて?」


「嘘じゃないもん。さっきの写真もそうだし、SNSでも二人はめっちゃ仲良さそうにやりとりしてるよ」


 美波はスクショしたSNSの画像をいくつか見せてくる。

 女の子は七渡へのメッセージにハートの絵文字を何度か使っている。


「そ、そんな……」


「ほらこっちも見て。天海君もいっぱいイイネしてるよ」


「イイネってどういうこと?」


「このハートマークを押すことだよ。ハートマークだから、君のことが好きだよっていう意思表示だね」


 今まで知らなかったことが明らかになる。

 私、七渡のことぜんぜん知らなかったのね。


「何で……何でよ」


「育美パイセン、流石に世の中知らな過ぎだって。男ってのは下心しかないからね。天海君が優しいのも、色んな女の子とイチャイチャしたいだけに決まってるじゃん」


「う、うるさい」


「けっこう静かに話してますけど。というか、もしかして育美さん、自分が天海君にとって特別なんだとか思ってた? 勘違いして舞い上がっちゃってたかな?」


 頭が割れそうなほど痛い。

 経験したことのない苦しさが生じている。


「そもそも、あんな何カ月も会わない期間作っちゃったから、天海君も嫌気が差して他の女の子とこ行ったんだよ。そしたら育美がやっぱり好きなんて言うから、なんやこいつ身勝手な……でも顔が可愛いから、とりあえずキープしとこってな感じでしょ?」


 吐き気がする。

 美波の言葉が頭の中でぐわんぐわんと響いてしまう。


「可哀想な育美ちゃん。でも、大丈夫あたしがいるからさ。あたしが育美ちゃんのこと守るよ」


「……もうわけわかんない」


「別にそんなにショックを受けることじゃないけどね。でも、恋人ごっこはやめて、前みたいに友達関係の方が良いと思うよ」


 頭の中で何かがぷつっと切れた気がした。

 すると、何も聞こえなくなった。


「どいつもこいつも何なのよもうっ!」


 私は叫びながら机を蹴とばしていた。

 それを見たクラスメイト達が驚愕している。


「あ、あの育美ちゃん?」


「もう嫌っ、全部終わらせてくる」


「えっ、待って! 行かないで! ごめん……」


「邪魔しないで」


 しがみついてきた美波を振り払う。


 もういっそのこと、何かも忘れて楽になりたい。

 誰のことも考えなければ、こんな想いはしなくて済むもの。


 もう何も考えたくない――





 それから私は七渡へ別れ告げた。

 一生関わらないでと突き放した。


 七渡は必死に何かを言っていたけど、耳には何も入ってこなかった。

 きっと七渡のことを私の世界から完全に切り離すことができたのだと思う。


 全てが終わった。

 全てを終わらせた。


 でも、私に待っていたのは安らげる日々ではなかった。

 後悔と苦悩と憎悪に満ちた、真っ暗闇な日々だった――

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あなたを諦めきれない元カノじゃダメですか? 桜目禅斗 @Sacrament

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