第41話 ♂宙に浮く少年


 育美と会わなくなってから、半年が経とうとしている。


 まさか告白しようと決意した矢先に、しばらく会わないと言われたのはショックだった。

 でも、同時に俺は育美に相応しくない男だったのかもしれないと気づかされた。


 きっと告白して付き合っていても、上手くは行かなかったなと今では思う。


 育美は自分の気持ちを何にもわかってくれないと俺に言ってきた。

 それはきっと俺が育美を助けられていなかったということなのだろう。


 何もしてやれなかった自分が悔しいし、いっそのこと人生をやり直したいなんて気持ちもある。

 また再び仲良くなれたら、その時はもっと育美を幸せにしてあげたい。


 何度か寝れば育美を忘れられるかもしれないと思っていた。

 でも無理だった。


 ずっと好きだった。


 目を閉じれば育美の顔が浮かんでくる。

 この想いは解決しないと消えてはくれないのだろう――




 二学期が終わる少し前に、育美から一通のメッセージが届いた。


【明日の放課後、体育館裏に来なさい】


 まるで決闘のお誘いのようなメッセージだ。

 でも、育美ともう一度と会えると思うと、これは行かざるを得ない。


 俺は放課後になると慌てて向かった。

 育美と会うのにこんなに緊張するなんて、まるで出会った頃に戻ったような気持ちだ。


「待たせたわね」


 先に体育館裏で待っていてくれた育美。

 待たせたのは俺の方だと思うが……


「久しぶり」


「そんな挨拶は不要だわ」


 育美は怒っているのか、口調も冷たい。

 最後に話した時からそんなに時間は経っていないが、少し大人びたようにも見える。


「な、何の用かな?」


「……私のこと、今はどう思ってる?」


「あ、あの頃と何も変わりはないよ。ずっと会いたかった」


「そう」


 育美は少し安堵した表情を見せる。

 別に何か怒られたりするわけじゃなさそうだな……


「それなら、私と……」


「私と?」


「私と付き合いなさい」


 育美の突然の告白。

 理解をするのに少し時間がかかった。


「えっ!?」


「何その反応、嫌なの?」


 仲直りを通り越しての告白だなんて予想もしていなかった。

 嬉しいけど、戸惑いも大きい。


「き、急に言われたから」


「ずっとあなたのことが好きだった。距離を置いてもずっと好きだった。だから、あなたと付き合うしかないと思った」


「……俺も同じ気持ち」


 俺の言葉を聞いて、少し顔を赤くする育美。


「俺も育美のこと大好きだから、付き合ってほしい」


「ええ。私と付き合いなさい」


 好きな人と付き合えるのは嬉し過ぎる。

 まさか今日から育美と恋人になれるなんて……


「そんなに好きならあなたから告白してきなさいよ」


「告白しようと思ってた矢先に、もう話しかけないでって言われたから」


「……最悪なタイミングね」


 頭を抱えている育美。

 少しでもタイミングが違ったら、もっと別の未来もあったのかもしれない。


「嫌われたかと思ってたよ」


「あの時は色々と大変だったのよ。どんどん自分が抑えきれなくなって、我儘になって、あなたに迷惑をかけるようになっていた」


 育美は自分でも我儘になっていたことに気づいていたようだ。


 恋した女の子が甘えるのはよくある話だけど、育美はそれが自分で納得できなかったみたいだ。

 もっと俺がフォローしてあげれば、ここまで悩ませずに解決できたのかもな……


「そんな自分が許せなくなって、距離を置いて冷静になりたかったの」


 冷静になったとは言っているが、少し挙動不審でいつもの堂々とした雰囲気は無い。

 まだ不安は拭いきれていないのだろうか……


「せっかく恋人になったのに、何か無いの?」


「えっ、何かって?」


「友達じゃなくて、恋人同士ですることとか」


 育美は抱き合ったりキスしたりしたいと思っているかもしれないが、俺はまだ心の準備がまったくできていない。


「そ、そういうのは焦らずゆっくり」


 俺は恥ずかしくなって顔を背けてしまう。

 育美とキスとか、想像しただけで頭がヤバいことになった。


「……そうね」


 その後は二人で日常会話を楽しんだ。

 久しく会ってなかったこともあり、話す内容はたくさんあった。


 友達から彼女になった育美。

 俺も育美の彼氏になったということだ。


 育美をちゃんと幸せにできるように俺もこれから頑張らないといけないな。


 でも、今はひとまず「よっしゃ!!!」と心の中で叫んでおいた――



     ▲



 昨日、育美と恋人になった。


 正直、今は浮かれている。

 少しでも気を緩めると、手を離してしまった風船のように空へ浮いていってしまう気さえする。


 授業中は育美のことしか考えられなかった。

 これから育美とどうしようかとか、どんな場所へ行こうとか、何をしていこうかとか、もうありとあらゆる育美との時間を考えていた。


 仲の良い友達から恋人になっただけ。

 ただ関係性が変わっただけで、ここまで夢中になってしまうとは……


 放課後の塾の時間さえも育美のことばかり考えていた。

 今日と明日は部活後に塾があるので、次に育美と会えるのは二日後だ。


「あ、天海君大丈夫?」


「ふえっ?」


 急に声をかけられたので、変な声で返事をしてしまった。


「もう授業終わったよ? みんな帰っちゃったよ?」


 いつの間にか塾の教室には俺と声をかけてくれた大原さんしかいなかった。


「あれれ、俺寝てた?」


「いや、幸せそうな顔してたよ。そのまま飛んでいきそうな感じだった」


 どうやら俺は浮かれ過ぎて昇天しかけていたみたいだ。

 こういう時は何か失敗をしがちなので気を引き締めないとな。


 俺は家が近くの大原さんと一緒に帰る。

 大原さんは小学校の時に仲良かった女の子であり、塾が一緒だったこともあって最近は話す機会が多かった。


「何か良い事あったの?」


「彼女ができたんだ」


「えっ、凄いっ」


 そう、中学生で彼女ができるなんて凄いことだ。

 クラスでも付き合っている人なんてほとんどいないし。


「羨ましいなぁ……私はぜんぜん進展無しだよぉ」


 大原さんは前から好きな人の話をよくしていた。

 野球が得意な茂野先輩って人が好きらしい。


「でも、彼女ができたのなら、こうして二人で帰ったりしない方がいいかもね」


「あっ、そうか……気を使わせてごめん」


 大原さんとはお互いに好意は無かったと思うが、男女二人でいるのは誤解を生んでしまう。

 育美は勘違いしやすいから、これからはそういう部分も気をつけていかないとな。


「いいのいいの、彼女と幸せにね天海君。応援してるよ」


「うん。絶対に幸せになる」


 育美と恋人になったのなら、多少の不自由はぜんぜん受け入れられる。

 育美がもし望むのなら、もう他の女子とも話さないようにしよう。


 次会った時は、育美からNG行為を聞いておかないとな。

 やっぱり大好きだから、育美に幸せになってもらうために全部合わせていきたい。


 ……あ〜早く会いたい。

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