第40話 ♀決意する少女


 教室へ入ると、私の席にクラスメイトの女子が座っていた。

 しょうもない会話で周りと盛り上がっていて、朝から溜息が出る。


「ちょっと邪魔なんだけど」


 遠慮なしで鞄に机を置き、座っているクラスメイトを睨む。


 最近はイライラすることが多いし、我慢できないことも多い。

 前のクラスで七渡達とずっと仲良くしていた時は、こんな風にはならなかったのに。


「あっ、ごめん」


 慌てて椅子から離れてくれるクラスメイト。

 別にそこまで怒ってはないけど、優しくもできない。


「何あれ、感じわるぅ」

「あんな態度してると、恋人に嫌われちゃうよね」


 陰口が聞こえてくる。

 聞こえるトーンで話すということは、むしろ私に聞かせているのかもしれないわね。


「冗談? 冗談じゃなくても怒るけど」


「えっ」


 嫌われるとかどうとか言っていたクラスメイトの肩を掴む。

 世の中には言って良い事と悪い事があるということを知らないのかしら?


「まぁまぁ」


 クラスメイトとの間にいきなり入ってきた美波。

 いつの間に傍にいたのか……


「どいて」


「そんな態度してると、恋人に嫌われちゃうよね?」


「ふっ……ふふっ」


 美波は何故か私を怒らせた女の真似をしてくる。

 馬鹿らしくなって、変な笑いが出てしまった。


 その隙に、クラスメイト達は離れていった。

 怒る気も無くしてしまい、ただ溜息をついた。


 嫌われたかもしれないけど、別に構わない。

 馴れ合うもつもりもないし、何かあればやり返すだけだ。


「イラついてますね~もしかして、ようやく初アレきたの?」


 察しのいい美波は私のイライラの原因の一つを言い当ててくる。


「昨日ね」


「そうなんだ、めっちゃ遅かったね。赤飯食べた?」


「そんな古い風習は知らないわ」


 もう身も心も大人の女になった。

 そろそろ七渡と付き合う頃合いなのかもしれないわね。


 今まで七渡に告白してもらおうと思っていたけど、もう待っていられない。

 何か告白とは別の形を使って、早く恋人になった方がいい。


 そうすれば、きっと私も変われるはず――



     ▲



 部活後の七渡と合流し、夜の公園のベンチで話す。


「そうだ。俺、塾に通うことにしたから。だから来週からちょっと忙しくなるかも」


「ど、どうして?」


「このままだと志望校へ行くの無理そうだしさ」


 七渡の予期していなかった言葉を聞いて、私は戸惑う。

 まさか七渡もこのタイミングで塾へ通い出したなんて……


「どこの塾なの?」


「駅前のとこの」


「何で一緒じゃないのよ!」


 私の怒鳴った大きな声が、夜の公園に響き渡ってしまう。

 七渡もそれに驚いて、あわあわしてしまっている。


「育美も塾に通うのか?」


「少し前から通い始めたの」


 相談しなかったのは私も同じ。

 両親が半強制的に決めたから、あまり話す気になれなかった。


「でも、流石に塾まで一緒にするのは……遊ぶところじゃなくて勉強するところだしさ」


「わかってる。馬鹿にしないで」


 別に七渡は私を馬鹿にしていない。

 でも、言葉が止まらずに出てしまう。


「……クラスが別なら、塾ぐらいは一緒にさせてよ!」


「ご、ごめん」


 七渡だけが悪いわけじゃないのに、どうしても責めてしまう。

 ただ、自分の都合良く行かなかっただけなのに……


「でも、俺は親の決めた安い塾にしか行けないしさ」


「言ってくれれば合わせるわよ」


「そこまでしてもらえないよ」


 七渡は優しくて何でも受け入れてくれる。

 でも、あまりにも欲が無さ過ぎる。

 だから、私だけが一方的に我儘を言う関係性になってしまう。


 私はそれが嫌だった。


 遠慮なんていらない。

 してほしいこととか、したいこととか何でも言って欲しかった。


「……私の気持ち、何にもわかってくれない」


 違う。

 わかっていないのは私もなの。


「もういいわ。二度と私に話しかけないで」


 七渡が嫌になったわけじゃない。

 でも、これ以上一緒にいると大切な七渡をもっと傷つけてしまう。


 だから今は、私から身を引かないと。

 私と七渡の関係は、きっと中学生には早過ぎる。


 焦るのは今じゃない。

 もっと大人になってからだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「待たないわ。待つのはあなたよ」


 そう、今はただ待っていてほしい。


 必ずまた迎えに来るから――





 その後、私と七渡が会うことは無くなった。


 夏休みも一度も会わなかった。

 七渡とやりたいこととか、したいことがたくさんあったのに。


 でも、私は焦らない。


 高校生になっても大学生になっても、夏休みは何度も来る。

 その時に過ごせなかった夏を満喫すればいい。


 中学生だとできることも限られるし、子供のように遊ぶだけで大人なお付き合いはできない。

 だから、私は時が流れるのを静かに待っていたかった。


 でも、私の考えは甘かった。


 七渡に私ではない別の女が忍び寄ることを想定していなかった。

 だから、私は待つことを我慢できずに冬休みが始まる前に七渡の元へ向かっていた。


 七渡は誰にも渡したくない。

 他の女に七渡の色んな初めてを奪われたくない。


 独占欲はある。

 でも、独占して何が悪いの?


 だって、それだけ七渡のことが好きなんだもの――

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