第39話 ♂決意する少年


 六月になり、制服が夏服になった。

 バスケ部の先輩は六月一杯で引退となり、受験勉強の日々になるらしい。


 俺も来年は受験勉強に追われることになるのだろうか……

 できるだけ偏差値の高い高校に行きたいとは思っているので、今の内から頑張らないとな。


 登校して教室へ入ると、一樹は他の男子生徒達と仲良さそうに話していた。

 新しいクラスでも着々と友達が増えてきているみたいだな。


 俺は育美と会うために休み時間を抜けているので、あまり友達は増えていない。

 むしろ奇異な目で見られることも多い。


 別に新しい友達がいっぱい欲しいわけではないが、クラスには馴染みたいと思っている。

 そして、それ以上に育美を大切にしたい気持ちがある。


「どうした?」


 自分の机に座って考え事をしていると一樹が話しかけにきてくれた。

 気が利くというか、友達想いなやつだなと思う。


「ちょっと考え事。親に塾を勧められたんだ」


 俺は先ほどまで悩んでいたこととは別のことを一樹に話す。

 何故か育美のことは相談できなかった。


「ほぅ……ちなみに志望校は?」


「できれば駒馬高校。一樹もそこ行くって言ってたし」


「それなら七渡の成績的に塾へ行かないと駄目だろ」


 今の俺の成績では届きそうにもない志望校。

 一樹の行かないとという言葉も素直に頷ける。


「親が勧めているなら、通うという選択肢以外無いように思えるが」


「でも、部活もやってるし時間がなぁ……」


「もしかして、須々木との時間を考えているのか?」


 一樹が察してきたので図星な態度をとるが、肩を掴まれてしまう。


「もっと先を見据えろよな。塾に行くか行かないかはこれから将来を左右するぞ」


「わかってるよ」


「わかってないから悩んでるんだろ」


 これ以上、育美を不安にさせたくない。

 でも、このままだと自分の不安が大きくなってしまう。


「それに須々木とは恋人じゃなくて友達なんだろ? 友達と会う時間を優先して塾行かないとかヤバいこと言ってるぞ」


「うぅ……」


「七渡は須々木を甘やかし過ぎだ。我儘ばかり聞いていたら、関係にも亀裂が入る。今の状況を続けて仲が悪くなって、塾行っとけばよかったなんて言うなよ」


 今日の一樹は厳しいことを言ってくる。

 でも、真剣に俺のことを考えてくれているので、素直に受け止めないと。


「そうだな。やっぱり塾行くよ」


「その様子だと、答えは決まっていたが決断できなかったみたいだな」


「環境が変わるのが怖くて、簡単に決断できないんだよ」


「その気持ちもわかる。でも、一番辛いのは後悔することだ」


 そういえば、今まで人のことばかり考えていて自分とあまり向き合ってこなかったな。

 たまには自分を優先してもいいのかもしれない――



     ▲



 三時間目の授業が終わり、休み時間になった。

 育美と会うため教室から出ようとすると、女子二人から話しかけられた。


「ねぇ天海君」


「どうしたの?」


 外で育美が待っているはずだが、クラスメイトを無視はできない。

 少し話して会話を切り上げないと。


「小学校の時に大原さんって女子いなかった?」


「えっ、いたけど」


 久しぶりに聞いた大原さんの名前。

 小学校の時に家が近くて仲良くなった女の子だ。


 別の中学を選んでしまったため今は疎遠になっている。

 だが、たまに登下校時に顔を見かけたりもする。


「大原さんがどうしたの?」


「塾が一緒でね。小学校の時に仲良かった天海君が中学でどうしてるか気になってるって。何て言っておけばいい?」


「そ、そうなんだ。どうしようっかなぁ……」


 無難に元気でやっていますと答えるべきなんだろうか。

 それとも、イケイケですと冗談でも言うべきなのか。


「ちょっと七渡」


「どぅえ!?」


 待っていられずに問答無用で教室へ入ってきた育美。

 俺の腰を掴み、話していたクラスメイトの女子を睨んでいる。


「七渡に何の用?」


「えっ、ただ世間話してただけだよ」


「……七渡に話しかけないで」


 育美は何も悪いことをしていないクラスメイトを脅してしまう。

 誤解されないように後で謝らないと……


「お、おいっ育美」


 俺の腕を引っ張りながら教室から出る育美。

 クラスメイトからの視線が痛かった。


「少しぐらい待っててくれよ」


「早く七渡に会いたかったの」


「あんなことしたら嫌われちゃうだろ」


「私以外の他の女から好かれたいの?」


「そういうことじゃないって」


 嫉妬してくれるのは嬉しいが、これでは束縛に近い。

 まだ付き合ってもいないのに束縛はおかしい気もする。


「私よりもあの女子達と話したかったの?」


「育美が一番だよ」


「私もあなたが一番よ。だから、私はあなたを優先している」


 いつもの空き教室へ着くと、育美は下を向いた。

 先ほどまでの威勢は消えてしまった。


「……ごめんなさい」


「い、いや別に、そんな謝ることじゃ」


 育美は急に冷静になったのか、態度を変えて謝ってきた。


「別のクラスになってから、七渡のことになると我儘になっちゃう私がいるの。こんな女、嫌よね……」


「嫌じゃないけど」


「私はこんな自分が嫌なの」


 自分を否定する育美を何も言わずに優しく抱きしめる。

 すると、育美は強く抱き返してきた。


 そして、そのまま俺を上目遣いで見つめてくる。

 こんな育美は今まで見てきたことがなかった。


「……キスしなさい」


「えっ」


 まさかの育美の要求に俺は固まる。

 育美の要望にはできるだけ応えたいが、キスなんて……


「それは付き合ってからにしようよ」


「そ、そうね」


 まだ恋人じゃないから、キスは駄目な気がした。


 もちろん、したい気持ちはあった。

 でも、中途半端な気持ちでする行為ではないと理性が働いてくれた。


 それからはお互いに気まずくなってしまい、会話は生まれなかった。


 沈黙の中で俺は決意した。


 夏休みが始まる前に育美へ告白する。

 振られる怖さもあるが、もうするしかない。


 今の育美との問題を改善できるかもしれないし、お互いに安心もできる。

 振られたら俺がショックで寝込むだけだ。


 これから塾にも通い始めて育美との時間も減る。

 その状況で育美を安心させるには、俺がちゃんと告白するしかないはず。


 俺は育美のことが大好きだ。

 だからきっと――

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