第38話 ♀不安気な少女


 二年生になってから、一ヶ月近くが経とうとしている。


 新しいクラスはまるでみんなが輪になるくらい仲良しだ。

 クラスの中心にいる人たちが行動的であり、教室内の雰囲気も無駄に明るい。


 クラス会は月一で行うと決めており、お昼休みもみんなで騒いでいる。

 こんな異質なクラスで過ごさなきゃいけないのは本当に憂鬱だ。


 私と美波はこのクラスの中でも浮いている。

 私も美波も周囲に合わせたりするのが嫌なタイプなので、普通に過ごしているだけでも変に仲間外れ感がある。


 昨日も急に話を振られて軽く流したら、クラスメイトの女子に空気読もうよとか言われて腹が立った。

 私から見れば空気読んでいなのはそっちだって話よ……


「育美ちゃ~ん、相変わらず今日もムスっとしてるね」


 教室で考え事をしていると、美波が話しかけてきた。

 美波の方は相変わらずケラケラした顔をしている。


「逆に美波は何でそんなに楽しそうにしていられるの?」


 二年生になってから、より私へ依存するようになった美波。

 何かある度に私の元へ寄り添ってくる。


 正直、美波がいてくれて本当に助かった。

 おかげで話し相手には困らないし、頼れる人がいるのは心強い。


 七渡と出会うまでは一人でいるのも平気だった。

 でも、七渡と出会ってからは一人でいるのが心細くなってしまった。


「うーん、周りのことなんてどうでもいいと思っているからかなぁ」


 美波は意外と強い精神力を持っている。

 周りは周り、自分は自分、という確固たる意志を持っていて周囲の影響を受けにくい。


 美波にも見習うべきところがあるとわね……


「育美ちゃんはこんな性格なのに、周りの目も気にするから生き辛そうだね」


「そ、そうね」


「もっと楽に生きられる生き方教えてあげよっか?」


「まったく期待できないけど、とりあえず聞いてみるわ」


 美波は私が想像もできないような考えを教えてくれることがある。

 まったく別の人間だからこそ、稀に何かを気づかされることもある。


「一度好き勝手に暴れ回ってみればいいと思うよ。それで散々な目に遭って自暴自棄になれば、人生どーでもよくなって何も気にせずに生きていけるからさ」


「それじゃあ、失うものの方が大きそうだけど」


「でも、好き勝手するんだから、欲しい物を得られたりするかもよ」


 何も考えずに欲しい物を得ようとすれば、簡単に手に入るかもしれない。

 でも、そんなんで手に入れた関係はすぐに壊れてしまう気もする。


「じゃあ、あたしは自分の席に戻りますんで」


「あっ、もう行っちゃうの?」


 情けないことに、美波を呼び止めてしまった。

 それだけ今の私は一人で心細いということなのかも……


「一緒にいてほしいの?」


「……ええ」


 こんな弱さを見せてしまえば、美波の思うつぼだ。

 私がいないと駄目なんだと思われて、よりつけあがってきてしまう。


「しょうがないなぁ~」


 美波は私に抱き着いてくる。

 それで安心してしまう自分もいる。


 私は気づいてしまった。

 いつの間にか、私が美波に依存してしまっていることに――



     ▲



 授業の終わりを告げるチャイムと同時に教室を出た。

 七渡のいる二組の前で待つが、珍しく七渡が出てこない。


 少し待っていると、代わりに廣瀬が出てきた。


「七渡は来ないぞ」


「どうして? 七渡は?」


「今日は休みだ」


 珍しく七渡が休みのようだ。

 ただでさえ別のクラスで寂しいのに、七渡が学校にもいないとなれば喪失感が大きい。

 これじゃあ、今日は一日元気が出ないわね。


「ちょっと話がある」


「……なら、あの空き教室へ行きましょう」


 廣瀬と一緒に空き教室へ向かった。

 空き教室で、この二人の組み合わせは初めてね。


「それで、話って何よ」


「別のクラスになっちったから七渡に会いたい気持ちは理解できるが、ほどほどにした方が良いぞ。毎日毎日休み時間の度に来て、ちょっと異常だな」


 廣瀬から聞きたくない言葉を言われてしまう。


 私もやり過ぎだと思っている。

 でも、七渡の隣にいないと落ち着かない自分がいる。


「七渡が新しいクラスで溶け込めなくなってる。休み時間にすぐいなくなる変な奴だと思われてる」


「……そう」


「少し我儘が過ぎないか? もっと七渡のことも考えた方が良いぞ」


 自分が我儘になっているのも理解している。

 このままだと七渡に嫌われちゃうかもしれないと危惧もしている。


 でも、自分の欲望を制限できない。

 七渡が優しいから、無限に甘えてしまいたくなる。


「別に会うなと言っているわけじゃない。でも、一日に一度休み時間に会う程度でいいだろ? 毎時間来るのは流石にやり過ぎだ」


「そうね。ごめんなさい」


「俺に謝ってもしょうがないだろ」


 廣瀬の言っていることは正しい。

 私が間違っていて、みんなを困らせている。


「不安になるのも分かるが、別のクラスになったって俺も七渡も須々木達と縁が切れるわけじゃない。学校が休みの日は遊ぶし、放課後に集まってもいい。あのグループを大事に思うのなら、もっと気を使わないと」


「わかってるわよ」


「七渡が新しいクラスで新しいで友達や交流関係ができようが、七渡の性格からして須々木のことを優先するに決まっている。そこまで悩まなくてもいいと思うぞ」


 私のことを面倒な目で見ずに、向き合って励ましの言葉をくれる廣瀬。

 七渡も廣瀬も優しいのはわかっている。


 だから、私がもっと強くならないといけない。


「私も情けない自分を変えたいと思っているの。自重できるように努力するわ」


「少しずつでいいからな」


「ええ。気を使ってくれてありがとう」


 廣瀬や七渡のおかげで、私のような人間でもグループの一員として仲良くできている。

 二人が優しくない人達だったら、性格に難有りの私や美波を受け入れることは不可能なはずだもの。


「そういえば、廣瀬のことずっと苗字呼びだったわね。そろそろ一樹と名前で呼んだ方がいいかしら?」


「どっちでもいいけど、俺は変わらず苗字で呼ぶぞ」


「どうしてよ?」


「女性を名前で呼ぶのは、好きになったお姉さんだけだと決めているからな」


「そ、そうなの」


 ……こいつ、たまにヤバいところ出てくるわよね。

 この変なこだわりさえなければ、彼はまともな人なのに。


 スマホを確認すると、七渡からメッセージが届いていた。


【ごめん、熱出て学校休んでる。一緒にいれなくて申し訳ない。会えないけど、メッセージだったらすぐに返信するから安心して!】


 体調を崩していても、私の心配をしてくれる七渡。


 普通は逆だ。

 私が彼に心配するメッセージを届けないといけないのに……


 私は大丈夫だから寝ていなさいと返信をした。

 こんな時でも心配されるなんて、よっぽど私は情けないことになっていたようね。


 やっぱり、恋は人を変えさせてしまう。

 私がだんだんと弱くなっている気がする。


 このままだと、ちょっとマズいかもしれないわね――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る