第37話 ♂不安気な少年


 春休みが終わり、二年生になった。


 そして今日は始業式の日であり、新しいクラスが発表される。

 俺は一樹と育美と美波と集まって、廊下に張り出されたクラス表を確認していく。


「う~ん……」


 無意識に唸る声をあげている育美。

 こんなにも頼りなさそうな姿は稀だ。


 それだけ、育美にとってクラス替えは重要なのだろう。


「あっ、俺と一樹は二組みたいだな」


 俺と一樹の名前はあったが、育美と美波の名前は確認できなかった。

 流石に四人一緒というのは無理があったか。


「な、ないわ。ちょっと、ないわよ」


 クラス表を見て焦り始める育美。

 どうにかしてあげたいけど、こればかりは俺にできることはない。


「そ、そんな……」


 育美は大きく肩を落とした。

 ショックを受けており、今にも泣きそうな顔をしている。


「育美ちゃん一緒だったよ~四組」


 別のクラス表を見ていた美波が戻ってくる。

 どうやら育美と美波は一緒のようだ。


 一人にさせるのは不安だったが、美波がいてくれるなら少しは安心できる。

 不幸中の幸いといったところか……


「もぅ、何でこうなるよっ!」


 やり場の怒りを地面に向かって訴える育美。

 俺はそっと育美の肩を抱き寄せ、頭を撫でる。


「休み時間になる度に会いに行くからさ」


「お願い、ずっと私のこと考えてて」


 いつもはフォローしてくれる一樹も、この状況にはかける言葉もないといった状況だ。


 強くて頼れる人だと思っていた育美にも、脆い部分もある。

 そういうところを俺がちゃんと支えてあげないとな。


「育美のことずっと考える。だから、一緒に頑張ろう」


「……ええ。このまま嘆いても、何も変わらないものね」


 育美は現実を受け止めて、落ち着きを取り戻す。


 少し嫌な予感がして、胸騒ぎが生じる。

 これから何か大きなことが起こりそうな、途方もない不安がある。

 何も起きないといいんだけどなぁ……


 こうして俺達の新しいクラスでの生活は、悲しいムードから始まった――



     ▲



 二年生になり、二週間が経った。


 新しいクラスでの生活には慣れたが、少し寂しさもある。

 教室に育美や美波の姿は無い。

 いつも一緒だったグループが引き裂かれてしまった気分だ。


 授業が終わり、休み時間になる。

 急いで教室を出ると、もう廊下には育美が待っていた。


「ちょっと遅いわよ」


「育美が早過ぎるんだよっ」


 チャイムと同時に教室を出ないと育美には勝てない。

 それだけ早く俺に会いたいと思ってくれるのは嬉しいけど……


 階段を昇り人の少ない四階の廊下へ出て、育美が見つけた空き教室へ入る。

 休み時間はいつもここで雑談をしている。


 たまに美波や一樹も来て、四人で話すこともある。

 俺と育美は二人で毎日集まっている。


「やっぱり、あなたといると落ち着くわ」


 俺の腕を掴みながら近くに寄り添う育美。


 最近の育美は距離が近い。

 クラスが別々になって離れてしまったためか、その分二人きりの時は距離を詰めてくるようになった。


「育美って意外と寂しがり屋なんだな」


「何よその言い方。じゃあ七渡は平気なの?」


「も、もちろん俺も寂しいよ」


 そう、寂しいのは事実だ。

 でも、別に休み時間の度にこうして顔を合わせなきゃいけないほど、俺は切羽詰まってはいない。


 育美と会いたいが、それは放課後や休日にでも会えばいい。

 何がなんでも一緒にいるというのはやり過ぎな気もしてくる。


「……私のことウザくなったの?」


「そんなことあるわけないだろ」


 育美のことが好きだから別に嫌なわけじゃない。

 でも、この過ごし方は俺にとっても育美にとってもプラスにはならない気がする。


「ただ、クラスメイト達から変な目で見られたりしていないか?」


「前のクラスの時から変に見られてたから別になんともないわ」


 やはり育美は新しいクラスでも奇異な目で見られてしまっているようだ。

 育美は気にしないかもしれないけど、俺はそれが気になってしまう。


「私の心配なんかどうでもいいのっ!」


 ストレスが溜まっているのか、声を荒げることも多くなった。

 環境の変化が一番ストレスが溜まるとこの前見たテレビで誰かが言っていたので、今の育美は不安定な感情なのだろう。


「……せっかく会ってるんだから楽しい話をしましょう」


「毎日ここで会ってるから、流石に話すこともなくなってきたぞ」


 毎日何かしら話題があるわけじゃない。

 昨日の話題も、一つ前の休み時間の時に話してしまったからな。


「絞り出しなさい」


「逆に育美は何か無いのか?」


「わ、私はただ過ごしてるだけだから」


 育美はクラスでの話をほとんどしない。

 それはきっとクラスでの交流が一切無いからだ。

 だから、会話の種も生まれてこないのだろう。


「あっ、話すことあった」


「言いなさい」


「俺がギター弾けるようになったらカッコイイかな? 一樹の親戚がギターを譲ってくれるらしくて、頑張って練習しようかと思うんだけど」


 男なら誰しもギターに一度は憧れるはず。

 俺もその内の一人だ。


「軽く想像してみたけど、恐ろしいほどギターが似合わないわね」


「おいおい一樹と同じこと言うなよ」


 育美は今の会話でちょっと笑ってくれた。

 その笑顔が見れて、俺も少し安心できる。


 でも、このままじゃきっとこの時間は続かないと思う。

 何か大きなトラブルが起きてしまう前に、なんとか状況を改善しないとな。


「私は七渡と話すのが心地良いし楽しいの」


 握った俺の手を決して放さない育美。

 逃げるつもりはないが、逃げることはきっとできない――

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