最終話 星を継ぐもの

――魔王メリッサ討伐から数日後


 俺たち勇者パーティは『忘らるる大陸』の海を見渡せる静かな場所に集まっていた。

 数時間後に俺たち四人は国王との謁見を控えているが、こうして全員で顔を合わせるのは久しぶりだ。


「ここに来ると改めて思うわー! 本当に全部終わったのね!」


 感慨深そうに話すメイに、全員がうなずく。

 メリッサが死んだことで空を覆っていた隕石は止み、二段階脅威度が上昇した魔物も弱体化した。長き戦いの果てに、俺たちは平穏を取り戻すことができたんだ。


「そうだねメイ。それに……ここがこんなに綺麗な場所だったなんて知らなかったよ」


 「忘らるる大陸」にあった謎の瘴気は無くなり、雲一つない青空がどこまでも続いている。俺たち以外はここにまだ数人しか訪れたことが無いが、これから開拓も進むだろう。


 この大陸のこれからの発展に期待しながら、俺は正面にある石の柱に一歩近づく。

 戦死したレオンの墓だ。

 王都で専門の人にお願いし、建ててもらったのだ。

 俺はお墓に花をそっと供えると、神獣石の力をすべて使い果たしたネネが口を開ける。


「にゃあ……ネネはレオンが生きていると思うにゃ……」


「え……ネネ本当!?」


 レオンは俺に希望を託し、目の前で死んだ。

 ネネはその場にはいなかったが……。

 彼女がそういうのは意外だった。


 しかし、ネネの意見に納得したのか、口々に言い始めるアリシアとメイ。


「私もそう思います。奴がそう簡単に死ぬとは思えません」


「ま、ネネちゃんと後輩ちゃんの言う通りね。アイツのことだから今頃どっかでしぶとく生きてるに違いないわ」


「ああ……。そういう意味ね……」


 女性陣の強い主張に俺はなんともいえない表情を浮かべる。

 帰る場所を間違えたと思っていたのはどうやら俺だけだったらしい。


 理屈ではないが、もし彼女らの言う通り本当にレオンが生きているとしたら……。

 レオンはもう俺達がメリッサに勝利したことを知っているのかもしれないな。


 彼女たちの話す可能性に期待が高まる俺。

 しかし……。

 俺はレオンだけでなく、もう一人の人物にも届けたかった想いを告げる。


「キリュウさんにも知らせたかったな……。魔王に勝ちましたよって」


「心配しなくてもきっと知ってるわ。それに……アルスはあの村の村長になったんでしょ。なら、これからもずっとアルスのことを見ていてくれると思うわ」


「そう……かな。だとしたら嬉しいな」


 メリッサを倒した直後、俺たちはアルス村にキリュウさんの最期を報告しに行った。村人全員は深い悲しみに包まれたが、彼らに後を継いでほしいとお願いされたのだ。あのキリュウさんの次に村長になるということで責任重大だったが、俺はこれに同意している。


 これから俺は国王や色々な人と会い、目まぐるしい生活を送るだろうが、自分があの村の村長であることだけは決して譲らないだろう。


 そんな感じで俺は魔王を討ってからの数日間、アルス村と王都を何度も往復していたわけだけど……。


 久しぶりにパーティメンバー全員揃ったことで、俺はここ最近気になっていたある疑問を一人に問い詰める。


「ねぇ、メイは最近何をしていたの?」


「ん? 王都の酒場でずーーっと飲んでるわよ」


 まぁ、彼女らしいっちゃ彼女らしんだけど……。

 俺は更に彼女に聞きたいことを尋ねる。


「『女帝』という名前に見覚えは……?」


「ホホホ。何のことかしら?」


 笑いながら手をひらひらする彼女に俺達全員はげんなり顔を浮かべる。


「ああ……あの噂の……」


「にゃあ……。どう考えてもメイしかいないにゃ……」


 俺も詳しくは知らないが、魔族が居なくなった直後、王都で『女帝』という名が広まっているらしい。

 なんでも彼女は単身で暴れ込み、盗賊団を本人だけ無傷で壊滅させていっているらしいとか……。


「いや、メイ。魔王討伐の翌日からその行動に走れるってある意味凄いと思うよ……」


「あら。だって今って盗賊が多い季節じゃない?」


「いや、年中いるけどね。盗賊は……」


 大丈夫なのだろうか。こんな彼女を数時間後に「謁見の間」なんかに呼んでしまったりして……。

 いや、まぁ、何も問題は無いんだろうけど、国王も怖がったりしないかな……。

 真偽は定かではないが、メイには既に100人程度の配下がいるらしいし。


 俺の不安が伝染したのか、アリシアとネネは石でも見るかのような目でメイを見ていると、流石に彼女は不満を爆発させる。


「ちょっと待って!! わたし、女の子よ!」


「「「…………(知ってる!)」」」


 わけの分からない彼女の主張に俺達はしばらく黙るしかなかったが、それを破るかのように突然アリシアが笑いだす。


「フフフ……」


 どうやら珍しくアリシアのツボに入ったのか、彼女の笑いは止まらない。


「アリシア……さん?」


「すいません。アルス様。でも、おかしくないですか? フフフ……。あれだけの激戦を経てまだ戦いますか? フフッ」


「まぁ、確かに……。どう考えても普通ではないよね……」


 メイは良くも悪くも組織を引っ掻き回す癖があるように思える。

 彼女は人類最強の「斧」の勇者に素手で挑もうとし、俺とレオンを困らせた。

 彼女の分身が戦った「弓」の勇者戦ではどうだったのかは知らないが……。


 とにかく、勇者パーティでこれなのだから、その枠から出てしまえば彼女の行動は必然的に更に目が離せないものになる。


 メイはこの先どこでどんなことをするのだろうか?

 そんなことを考えていると、俺もアリシアにつられて笑みが込み上げてくる。


「なによーー!」


 俺とアリシアにむすっと不機嫌そうな顔をするメイ。

 しかし、そんな俺達にネネは満面の笑みで言葉を発していた。


「にゃあ! こうやってみんなで笑い合えるのは気分が良いにゃ!!」


 刹那、ネネの何気ない発言に彼女以外の全員がハッと目を大きく見開ける。


「ネネ」

「ネネ……」

「ネネちゃん」


「にゃあ?」


 不思議そうに首を傾げるネネ。

 もしかしたら彼女本人は気づいていないのかもしれない。


 だけど……。

 俺はネネのその一言でこれまでの全てが報われた気がした。


 そして俺は改めて実感する。

 みんなで一緒に笑い合える日を取り戻せたんだと。


 しかし、何を思ったのか、いたずらっ子の様な表情でネネの頭をゴスゴスとチョップするメイ。


「って、今のネネちゃんは殆ど何もしなかったでしょーが」


 ええ……。

 ネネの発言が胸にしみわたっていたのに、彼女の所為でズッコケそうになる俺。

 アリシアも「すぐそうやって台無しにする……」と呟いていたが、ネネは特に気にせずメイに訴える。


「にゃあ! 『神獣石』が使われている間、ネネはみんなの応援をしていたにゃ!」


「本当かしらー?」


 相変わらずメイはニヤニヤ顔だが、彼女はネネと何気ないやり取りをすることが出来て嬉しそうだ。


 その後もみんなの近況を聞きつつ、話に花を咲かせる俺達。


 だが、何を思ったのか、突然メイはパンと手を叩く。


「さっ、ネネちゃん。わたし達邪魔者はさっさと帰りましょ」


「えっ! もう行っちゃうの?」


 魔王討伐からの数日間、俺の周りにはずっと沢山の人がいて、彼女らと話をする機会が殆ど無かった。

 それに、ここにいる三人は俺が魔王を倒して以降もこれまでと何ら変わらない態度で接してくれていたのだ。


 もっと話をしていたいのにな……。

 俺は心底残念そうな表情をしていると、何故かメイが若干キレ気味で口を開ける。


「あのさぁアルス。女の子の気遣い舐めないでくれる?」


「え?」


 言っている意味が分からずきょとんとしていると、遂に彼女は怒りを露わにしていた。


「勇者アルス! アンタ後輩ちゃんに言うことがあるんじゃないの!」


「……ッ!」


 彼女の剣幕から思わず一歩後退する俺。


 別に……。

 わざわざメイにそんなことを言われなくても分かっている。

 ちゃんとアリシアとのこれからについては考えてきた。


 心の準備も出来ている……

 ……

 ……

 ……

 ……

 んだよな俺は?


 しかし、メイは俺の何が気に食わなかったのか、更に大声でビシ!!と指をさす。


「勇者アルス! 最後くらい男らしく決めなさい!」


「わかってるから……」


「フン。なら、さっさと『転移』スキルを使いなさいよ! 勇者アルス!」


 そんなに勇者勇者連呼しなくてもいいのに……。


 スキルを発動する為、俺から距離を取り始めるメイとネネ。

 しかし、俺は「転移」スキル発動前に、あるアイテムをメイに投げていた。


 パシッとそれを受け取り、手を開ける彼女。


「これって……」


 そう。

 メイに投げたのは俺の勇者パーティに所属することを証明するハンター証だ。


 最終決戦を前にしても俺は彼女のハンター証を作らなかったが、作らなくていいわけではない。

 これは俺達の絆の証明だ。


「ま、ありがたく受け取っておこうかしら」


 彼女はどこか呆れたように嘆息しているが、嫌がってはいないように見える。


「うん! メイにネネ、俺にここまで付いてきてくれて本当にありがとう! また集まろうね!」


「ネネちゃん良かったわね。わたし達は用済みじゃないみたいよ」


「にゃあ……。メイはアルスの何を見てきたにゃ……」


「まっ、精々頑張んなさい。勇者アルスくん」


 大きく手を振るネネに片手を上げるメイ。


 俺は遂に彼女たちに「転移」スキルを発動していた。




 メイとネネは先に王都に戻り、ここには俺とアリシアだけになる。

 そして……。彼女らが居なくなったことで、この土地はこんなにも平穏だったのかと改めて思い知らされるほど一気に静かになった。


 俺はじっと立っているアリシアの傍に近づくと、彼女の丸くて大きな瞳と目が合い、心臓がドキリと跳ねる。


 アリシア……。

 以前彼女のことを天使みたいだと言ったことがあるが、やはり彼女は奇跡のような存在だ。

 「忘らるる大陸」にはまだ見たことのない手つかずの自然が残っている。にもかかわらず、俺にとってはアリシアの存在が一際鮮烈に感じられたからだ。


 彼女に伝えないといけない。

 あのことを……。


 そう考えた瞬間、俺の全身を締め付けるような緊張が襲い、汗が吹き出てくる。

 頭も真っ白になった俺はとりあえず何かを発そうとするが、喉もカラカラで声が出ない。


「……」


「……」


「……」


「……」


「…………」


「…………」


「………………」


「………………」


「あのさ――」


「あのっ……!」


 ようやく俺は言葉を振り絞るも、アリシアと言葉が衝突し、すみません……と頭を下げられる。


 ああ……。今日は本当に駄目かもしれない……。

 怪しい先行きから、急激に不安になり始める俺。


 だけど……。

 これが本当に最後の最後だ。


 大きく息を吸い、覚悟を決めた俺はようやくアリシアに話す。


「やっと全部終わったねアリシア!」


「えっ、ええ……。本当ですね、アルス様」


「だけど……アリシアにはかなり辛い思いをさせてしまった時もあったし、本当に申し訳ないと思っているんだ」


「い、いえっ! そんなことありませんっ! 私のほうこそ……。アルス様のお役に立てず申し訳ございませんでした……」


 早口でまくし立てるアリシア。

 だが、俺はそんな彼女にゆっくりと首を横に振っていた。


「ううん、違うよ。ここまでこれたのはアリシアの助けがあったからだよ」


 アルス村、神獣の里、エルト砂漠、魔天空城、魔王の城。


 俺は彼女との出会いをきっかけに嵐のような日々が始まった。


 そして、幾度となく俺はアリシアに助けられたのだ。

 それだけじゃない。

 俺は明るく笑う彼女に何度も救われた。


 そう。それくらい沢山の困難を一緒に乗り越えるほど、アリシアは初めから俺の傍にいたのだ。


 だからこそ……。

 俺は今まで自分の気持ちに気付けなかったのかもしれない。


「ねえ、アリシア。メリッサを討つ前にアルス村で話したことを覚えている?」


「あっ、は、はいっ……!! 勿論です……っ!」


 キリュウさんが聖剣を作っている間、俺はアリシアと二人で話をした。

 魔王討伐後、俺と彼女はどうするのか……をだ。


 珍しく心配と不安が混じった様な顔をしているアリシア。

 そんな彼女に俺は想いを届ける。


「俺はここ数日間、国の偉い人から色々な話を聞いたんだけど、やっぱり魔物の脅威度が二段階上昇した時期があったのが問題らしいんだ。

 俺の能力で荒れ果てた世界中の土地を何とかして欲しいと頼まれたんだけど……。正直言って、そんなに大変なこと、俺一人ではできっこないよ」


「それって……」


「ああ、アリシア。これからもずっと俺の傍にいて欲しいんだ」


「!……」


 瞬間、アリシアの細い肩が微かに震え、彼女は俯き始める。


 表情が分からなくなってしまったが、俺はひょっとして年下の彼女を困らせただろうか?


 だけど……もう後戻りはできない。

 どちらにせよ、もう言うしかないのだ。

 俺は嘘偽りのない言葉をゆっくりと紡ぐ


「『神獣の里』で『最後の試練』にレオンと挑んだ時、実は敵がアリシアだったんだ。びっくりしたんだけど、レオン曰く、どうやらそこでは俺の一番の恐怖が仕組まれたらしいんだ。その時初めて気付いたんだ。俺の中でアリシアは特別なんじゃないのかって。うん。俺はいつの間にかアリシアのことが好きだったんだ。だから、これは俺の願望なんだけど、アリシアとこれからもずっと一緒じゃないと嫌なんだ。何があってもアリシアとならきっと上手くいくと思うんだ。ごめん。突然何を言ってるんだって思ったよね。だけど、もしアリシアが俺で良いと言ってくれるなら嬉しいな。それに……じゃなくて…………あ……………………」


 駄目だ。

 大失敗した……。

 こうならないよう何十回、何百回と頭の中で反芻したのに……。

 過度の緊張と言いたいことの多さから、頭が真っ白になったのだ。


 はぁ……。

 俺って本当に頼りない人間だな。


 あまりの恥ずかしさでいたたまれない状況だったが、一周まわって思考がクリアになった俺はある一つの結論に到達する。


 そもそも考えてみれば、アリシアには俺なんかよりもっと素敵な人がいるのではないのだろうか?

 俺なんかと一緒にいるより他の人の方が幸せになれるんじゃないだろうか?


 魔王を倒したとはいえ、俺はただの一般人だ。

 社会的地位が高い家の生まれではないので、特段何も持ってはいない。


 今のは忘れて欲しい。


 そう言おうとした瞬間、アリシアはまるでその場で倒れたかのように俺に急接近してきた。


「!」


 初めてのことで俺は思考が全く追いつかなくなる。

 何故ならアリシアの柔らかくて温かい唇と俺の唇が重なっていたからだ。

 俺の瞳は弾かれたように見開かれ、全神経が彼女の虜になる。


 完璧に時間が止まった。

 そんな感覚に陥った俺はある一つの思考に至る。


 俺は言葉でアリシアに想いを伝えた。

 そして彼女は……。


「よかった……」


 嘘偽りのない彼女の言葉。

 アリシアは心の底から安堵した表情でそう呟いていた。


 なんと、俺と彼女の想いは完璧に一致していたのだ。

 それが……。

 何だかとても嬉しくて涙が出そうになる。


「アリシア……」


 彼女の名前を呼ぶと、アリシアは恥ずかしそうに目を伏せ、そっと耳に髪をかける。

 

 感極まれりといったとこだろう。

 しばらく俺は息をすることも忘れていた。


「アルス……様」


 顔を逸らしていた彼女だったが、何かを決意したのか、俺に目を合わせるアリシア。

 彼女は頬を赤く染め、瞳を輝かせながら今までで一番嬉しそうな笑みを見せる。


「愛しています。アルス様」


 唇の端を上げ、微笑む彼女。

 俺はアリシアのその言葉を一生忘れないだろう。


 彼女は俺にとって特別な人。

 そして……。

 アリシアは俺にとってこれからも「星」のような存在だ。

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パワハラ勇者の経験値を全て稼いでいた《ポイント・エージェンタ》は追放されてしまう~俺が居ないとレベル1になるけど本当に大丈夫?スキルが覚醒して経験値【1億倍】なのでS級魔法もスキルも取り放題~ 前田氏 @maedashi

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