毒姫と隣のテロリスト

渡貫とゐち

第1話


「……どうしてこうなったの」


「え、楽しいところじゃん?」


「レジャー施設じゃないんだけど!?!?」



 蛇姫へびひめマキナはついさっき知り合ったばかりの少年、楽々宮ららみやけいたに連れられ最寄りの銀行へやってきた。……そこはただの銀行ではなかった。


 現場は、現在、強盗が籠城している真っ最中である。建物のシャッターは閉まっており、どこからどうやって潜り込んだのか分からないが、ふたりは建物の中にいた。


 けいたにされるがままだったので覚えていないが、気づけばマキナは人質の集団に混ざっていた。だからこそ出てきた言葉だった――どうしてこうなったの?


 肩で揃えた桃色の髪を揺らさず、じっとしながら、視線だけを回す。職員、利用者……老若男女が縛られていた。ちなみにマキナとけいたは縛られたフリだ。縄も持ち込み。


 明るい金髪を後ろで結んだ整った顔立ちのけいたは、うきうきしながら強盗を観察している……、人質のフリをしなければいけないのに、逸る気持ちが押さえられないのか、顔に出てしまっている。そんな前のめりだと気づかれるだろうに。


 強盗の手には拳銃があった。

 顔を覆うヘルメットに防弾服も着込んでいるので完全装備である。ここまで揃えているならナイフも持っているだろう……肉弾戦で勝てる相手ではなさそうだ。


 相手が一般人なら勝ち目はあるが、しかし大々的に動けるわけではない。表舞台で騒ぎを起こせば面倒なことになる、と知っている……隠蔽もタダではないのだ。握り潰すにしてもコストはかかるわけで……単独では動けない。厄介な裏社会の家系、そのふたりである。


 裏社会の――もっともっと奥深くだが。


 ふたりが知り合った共通性はその点と、あとは同い年だから、か。


 ゆえに、クラスメイトかつ、同じ寮で過ごすルームメイトでもある。



「さてさて、どうすっかね……まずはどう攻めてやるか」

「あのさ、脱出ゲーム感覚で遊んでるよね……?」


「ん? だってここはそういう場だろ?」

「違うわよ! レジャー施設じゃないんだからね!?」


 縛られているフリを忘れて彼の頭を叩きそうになった。

 ついつい、出てしまった手を、おっと、と引っ込める。


 それを見た隣の少年が、くつくつ、と笑っていた。


「まーまー、掘り出しもんがあるかもしれないし、もう少し様子を見るか」


「なによ、掘り出しものって……」


 すると、人質の中にいた中学生ほどの少女が……縛られていた縄を自力で解き、立ち上がった。


 行動は早かった。思い立ったらすぐ動いたのもそうだが、なによりもひとつひとつの速度が、だ。近くにいた強盗から拳銃を奪い、躊躇なく発砲。


 だが、相手の装備が分厚いため、弾丸は強盗の肉体を傷つけない。

 装備に弾かれた弾丸が跳弾となってマキナの近くを通り過ぎた。


「ぎゃあ!?」

「出てきたな、才能めっ」


 メガネをかけたおかっぱ頭の少女だ。


「ガキッ、調子に――」

「…………」


 少女は、建物のブレーカーを撃ち抜き、周囲を真っ暗にさせた。

 閉鎖空間だったために、日の光も一切差し込まない完全な闇となる。


 目が暗闇に慣れない中で、発砲音だけが聞こえてきた。

 強盗の野太い悲鳴が連続する。


「……射撃の才能だな。度胸もある……いや、あれは単純に無自覚ってことか?」


「なに、なんなの!? 発砲音だけしてなにも見えないんだけど!!」


「音を聞くに、弾数補充も抜け目ねえ。へえ、あれは『飛竜ひりゅう』の才能だな――」


 飛竜。


 裏社会では有名な射撃の王だった。あらゆる遠距離武器を使いこなし、異能集団『ラインナップ』とは違う、血筋による才能――そして技術を極めた達人の家系だ。


 ちなみに、マキナとけいたも、同じく異能ではない才能――

 技術を持って生まれた血筋の人間だ。


「マキナ。周りの奴らを『蛇姫じゃき』の技術で眠らせろ」


「分かってる! 人質は全員、眠らせて――」


 毒使いの蛇姫。そして、けいたはテロリストの卵である。

塵蜂じんばち』のアドリブ技術を持ち、使いこなしている若きエースだ。


 けいたが、飛竜の少女を回収しようと試みるも、警察の機動隊が突っ込んできて回収が難しくなってしまう。仕方なく、潜入した時と同じように、マキナを連れて建物の外へ脱出する――。


 道中、隠れていた強盗の数人を制圧し、報道陣の前へ放り出しておいた。

 けいたとマキナは、音もなく現場から逃走し――――



「はぁ、はぁっ……! もうこんなスリル味わいたくない!!」


「でも、楽しかっただろ?」


「どこがぁ!?」


 すると、けいたがふと気づき、振り向く。

 銃声と共に、弾丸がけいたの手の甲を掠った。


「っ、おいおいおい……! 勘違いしてるな? オレたちは強盗じゃねえぞ!!」

「あ、あ、あの子……っ」


 ゆらり、と人影が揺れていた。

 拳銃を握り締めた少女――才能に飲まれ、暴走している飛竜がそこにいる。


「っ、血が騒いでんのかよ……! 暴走飛竜か、マジで……ッ!?」


 強盗、そして警察から自然とくすねたのだろう複数の拳銃を持った飛竜の少女。


 高く跳んだ彼女が、ふたりの頭上から発砲してくる。


 マキナを庇いながら戦うけいただが……しかし、不利だ。

 彼女の――いいや飛竜の、遠距離の強みが活かされている。


「っ、マキナッ!」

「どうするわけぇ!?」


「早い内に止めねえとこっちが殺されるぞ! だから――殺す気で止める!」


 けいたは、見えない細さの針で、マキナの指から血を摂取する。

 それを持ったまま……飛んでくる弾丸の雨を避け、壁を上がり、飛竜の少女へ肉薄する。


 近づいてしまえば、遠距離を得意とする飛竜の脅威は薄まっていく。


「蛇姫の血を喰らってみろよ、飛竜」


 少女の唇の隙間へ、狙ってマキナの血を放り込んだ。


 たった数滴が少女の口の中へ。たったの数滴だが、充分である。蛇姫の血が体内へ入ったことで、飛竜の少女の眼球がぐるり、と回って、彼女が倒れた。


 蛇姫の毒……、体内で精製される強い毒だ。

 たとえ汗であっても、その毒は弱くても相手を麻痺させるほどの力を持つ。


「ふう……これで一難去ってくれたか……?」


「はぁ……っ、は、早く逃げましょうよ……こんなところでモタモタしてたら警察がやってきちゃうじゃないの……!」


「そうだな……」


 いつもの癖で、指についていた血を舐めたけいたが――昏倒こそしなかったが、全身が麻痺して倒れてしまった。

 ……自分の血かと思ったが、そう言えば、と思い出せば当然ながらマキナの血である。それを、舐めたら……もちろんのこと。


「……あ、ヤベ……うごけね……」


「おぉいばかぁ!!」


 マキナはけいたと飛竜の少女、ふたりを引きずって……、


 少女の力では、警察から逃げるのに、だいぶ苦労した。




 ・・・おわり

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毒姫と隣のテロリスト 渡貫とゐち @josho

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