チェイス【飛竜ver.】【飛沫ver.】

渡貫とゐち

飛竜ver.

第1話 序/侵入船

『この世界は陣取りゲームなんだ』


 真仲まなか幸助こうすけは自分の才能、特性……、それもあるがなによりも、こうなるべき運命を持っていると見抜いた人物の言葉を思い出した。


 乗客数、七百人オーバーの豪華客船の中で、しかもタオルを胸に巻きながら、学校の二十五メートルプールほどの大きさの浴槽に浸かりながら。


 周りを見れば女子、女子、女子――女子しかいない。


 肌色、膨らみ、桃色の声。

 ここが世界の裏側、殺しが許容された闇の世界……。

 最大戦闘力を持つ、遠距離武器専門戦闘狂の【飛竜ひりゅう】の移動基地だとは思えない。平均年齢十五歳、女子学校の修学旅行のようである。


 勘違いないように明記しておくと、幸助は男である。この桃色空間になぜ男の幸助がただ一人、浴槽に女子と共に浸かっているかと言えば、彼は現時点に限れば、女性だからである。


 性転換したわけではなく、隠すべきは腰回りだけで充分だ。ようは認識の違いだ。

 周りの女子が幸助を女子だと信じて疑っていなければ、幸助は女子を演じるしかない。


 肩より少し長めの茶色い髪の毛のウィッグをつけている。

 元から女顔であり、体つきも男子とも女子とも取れるほどのスリムさで、筋肉もあまりついていない体だ。今のところは、なんとか誤魔化せている。


 だが近づけば近づくほど、親密になればなるほど、正体はばれやすくなる。


 こんな風に。


「どうしたの? せっかくの湯浴みよ。

 そんなに緊張をしていると、しっかりと体を休められないわ」


 肩と肩が当たるほどに接近されたら、あっという間にばれてしまうだろう。


「ばしゃーん」

「わっ、ちょっと、みゃー子!」


 肩と肩が触れ合った時の感触で正体がばれるかと思った幸助の緊張は、いきなり降り注いだ水飛沫によって、落ち着いた。

 浜辺で水をかけ合うカップルをテレビかなにかで見たのか、みゃー子と呼ばれた少女がそれを真似して水をかけたのだ。


 飛沫ではなく、バケツから放ったくらいの水の束ではあったが。

 みゃー子は、えへへ、と満足そうに笑う。タオルが体を包んでいない。さっきまで巻いていたが、遊んでいる内に取れてしまったのだろう……、探せばどこかに浮いているはずだ。


 幸助は、まだ未発達なみゃー子の裸姿から目を逸らす。

 慌てて、「隠して!」と言いそうになったが、自分はいま、女装中だ。

 女子が女子の裸を見て、恥ずかしそうにするのは怪しまれるきっかけになってしまう。


 なので極力、見ないように視線を水面に集める。宙を見てしまうと、幸助の方が位置が下のため、浴槽から上がっている女の子の裸姿が目に入ってしまうのだ。


 かと言って、浴槽の水面が大丈夫かと言われたら頷けないが。

 湯に浸かっている少女もいるため、ちらっと目に入ってしまう。


 どこを見ても毒ばかりだ。


『今はちょうど、停戦協定中だから大丈夫だけど……、

 当然、喧嘩を吹っかければやり返されるに決まってるぞ?』


 少女たちの裸同士のじゃれ合いを視線の端で捉えながら、静かに息を潜め、幸助は再び彼の言葉を思い出した。


 もしも、女だけしかいないこの飛竜が管理する豪華客船に、男であり、同じ穴のむじなである自分が搭乗していることが知られたら。


『まともに話を聞いてくれたらいいけどな。敵の領地の中じゃあ、話し合いなんてチャンスはない。捕縛して、拷問して、引き出す情報もないだろう。だから出会い頭に殺されるな。

 その方が手っ取り早いし。

 一般人だと言い張って、本当に一般人だったとしても、消すだろうよ。覚醒の可能性があるとしても、その性質が自分たちではない【名前】のところだったら、わざわざ戦力を渡すことになる。だから、殺す。どうなろうと殺す。なにが出ようが、殺す。

 つまり――』


 その続きを、幸助は思い出そうとしなかった。


 分かっている。言われずとも分かっている。頭の中に叩き込まれているし、もしそうなった場合の覚悟だってある。ここには命懸けで来ているのだ。


 自分が死んでも、達成したい目的があるのだから。


「……正体がばれれば、殺される。力のない僕じゃあ、勝負にならない」


 幸助も【特別な名】を持つ戦士ではある。あるが……、相手は飛竜。

 戦闘の中のさらに戦闘の中のプロ。勝ち目はゼロパーセントの、負け戦。

 ただしそれは、戦闘に持ち込まれたら、の話である。


「僕には僕の。他人には他人のやり方がある――」


 合わせる必要はない。真似る必要はない。上達は模範から。

 しかし一発勝負の本番では、素人のオリジナルが輝く場合がある。

 及第点が欲しいわけではない。無茶なことだと自覚している。

 けれども、幸助は己のオリジナルに賭けている。


 それくらいのリスクを背負って、初めて見えてくるハッピーエンド。


 それが欲しい。

 だから幸助は手を伸ばす。距離が遠くとも、伸ばすことをやめずに。


 俯かせていた顔を上げた。

 裸はなるべく見ないように、意識と気持ちを上向きにするために。


 そこで幸助は見つけた。

 数十分ぶりに、共にこの船に侵入した、もう一人の仲間を――。


「あ……」


 目と目が合い、そして次の瞬間――、



「あそこっ! の、覗きがいるッ!」



 少女の悲鳴は上がらない。

 広い大浴場にいた女の子たちが、一人残らず殺意を天井に向けた。


 ターゲットは幸助と共にきた侵入者。

 天井の天板を閉じて塞がれた穴へ、銃弾が叩き込まれた。


 タオルを巻いた少女たちの目が変わる。

 軍隊のように隊列を組んだ少女たちが、侵入者を確実に仕留めるために、定石通りに相手を追い詰める準備を整える。


 幸助は一人出遅れ、未だ浴槽の中。

 残ったのは、みゃー子と、もう一人――密着してきた少女だ。


 彼女は首からかけて、胸の間に挟まっていた笛をくわえる。

 唇が、つん、と盛り上がる。

 ぴィッ! と甲高い音と共に、隊列を組んだ女子たちが一斉に動き出した。


 木藤きどう更紗さらさ


 役職【飛竜国家・戦闘員下部組織・訓練生訓練隊長兼指導教官補佐】――。


 彼女は指導対象である訓練生を見送った後、相棒であり教育対象であるみゃー子の体にタオル巻き直してあげていた。タオルを巻き終えると、幸助の方へ視線を向ける。


 彼女は幸助の隣へゆっくりと、腰を下ろした。

 色っぽい首筋と唇。誘惑してくる鎖骨。見定める瞳、心を見透かす眼光。

 口を開いた彼女の舌が、よく見える。


 耳元でぼそりと、


「それで。私の裸はどうかしら? オ・ト・コ・ノ・コ」

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