ヤーブス・アーカの度重なる惨事

かこ

ヤーブス・アーカの度重なる惨事


 新たな介入にヤーブスは一瞬気を抜いた。その気の弛みを妖刀・葉桜は許してくれなかった。

 ヤーブスの意識に逆らって斬撃が放たれる。禍々しい妖気をまとった一閃は入り口に立つ男を襲う。


「ご主人さま!」


 エローナの『指からビーム』が攻撃をそらす。

 葉桜を気力で抑えたヤーブスが見たものはがらくたの山にできた谷だった。地面までもえぐる谷の最果てには、建物の一角が消え去った警察署がある。遠目で見えづらいが黒い煙を上げていた。


「町を壊滅させる程の力とは……」

「郷一つ滅ぼすぐらい、なんてことないってことね」

「それは間違いないことだけど、このほとんどは猫獣人がやったことよ?」


 表情を失くす二人にハルカは悠然と訂正を入れた。

 顔色を変えた男がエローナに向かって一喝する。


「エローナ!!」

「なっちんって呼んでくださいって言ってるじゃないですかー!」

「それは今はどうでもいい! お前、なんてことしてんだ!」


 一方のヤーブスは話についていけない。正確に言うならば、日本語ジャパニーズがさっぱりすっかり分からなかった。男と一匹がにゃーにゃーしゃーしゃーと喧嘩しているようにしか見えない。

 にゃーにゃーしゃーしゃー所ではないヤーブスは視界に違和感を覚えた。一拍置いて、背後の気配に体が戦慄わななく。

 男の横に立つ女が消えていた。否、ヤーブスの背中を寸前のところまで捕らえている。

 ヤーブスは葉桜の力を抑えるために身動きが取れなかった。今にも敵を切りつけようとする葉桜の猛威を警察ポリスが許すわけにはいかない。

 空気が震え、肌が粟立つ。脳天の大気が唸り、妖術・春雷が打ち落とさせる直前。


「死ぬわよ」


 そう口にしたハルカはヤーブスを反転させ、背後から抱え込むようにして彼の手に自身の手を重ねた。女からの攻撃を葉桜でいなす。

 弾かれた紫電は葉桜に呑み込まれ、悦ぶのようにヤーブスの手も脈動した。

 口端を上げたハルカと妖術使いが睨み合う。

 肩甲骨にあたる柔らかい感覚に心当たりのあるヤーブスは気が気でない。二人の女に挟まれたヤーブスは気力と根性と理性と何かで表情を引き締める。葉桜の妖力は集中力散漫のヤーブスに代わり、ハルカの手に抑え込まれていた。

 女はハルカを威嚇するように唸る。


「葉桜を取り戻して匣を処分するだけだ」

「間違えたわ。もうのよ、この人。匣を壊したらたぶんジ エンドね」

「戯れ言を」

「戯れ言と思うなら、試してみたらどう?」

「仮に匣が其奴そやつを生かしているとして、そんな小者が耐えられるはずがない!」


 女の言葉が理解できることにヤーブスは人知れず安堵した。にゃーにゃーしゃーしゃーでは力が抜けて葉桜に呑まれてしまう。内容は至極、失礼ではあるが。

 これでも一介の警察ポリスとして町の平和のために日々鍛練を欠かさない。たるんだ下腹はたぶんきっと歳のせいだ。

 歯軋りが聞こえそうなほど顔を歪めた女が余裕の表情を崩さないハルカに問う。


「目的はなんだ」

「ある人からの頼まれ事お使いよ。葉桜と匣――陽炎を持って帰れって言われただけ」

「それがどういうものか解っての愚行か?」

「まぁ、それなりに? 郷の事情まではわからないけれど」


 ハルカは愉快そうに目を細め、女から視線を外す。一寸の隙も与えずにエローナに並ぶ男の目を見返した。


「仲良くコレを取り返しに来たの?」


 ヤーブスの背後でハルカがかげろうを取り出す。男が、うお?!と興奮した声を上げた。残念ながら、ヤーブスにはその理由を確かめる術がなかった。

 ハルカは指先で陽炎を撫でながら、歌うように言葉を紡ぐ。


「陽炎を手に入れて、葉桜の持ち主もこの陽炎から離れられない。陽炎が葉桜を引き寄せたのね。ああ、でも葉桜がこの男を殺したおかげで陽炎が反応したのだから、葉桜が陽炎を引き寄せたって言ったほうが正しいのかしら。ヤーブス面白いものも付いてきてとてもラッキーね」


 ヤーブスは固唾を飲んだ。視界の端に木を寄せて作られた匣がある。見た目はただの匣なのに、あれが欲しくて堪らないのは自分の本能か、葉桜の本能か。


「一つの犠牲と数多あまたの犠牲を天平にかけることはできぬ!」


 男の言葉と共に手裏剣が飛来する。

 ヤーブスは己の欲の結論を出せぬまま、ハルカの抑圧を退しりぞけ体を動かしていた。陽炎を目掛けて飛ぶ手裏剣が葉桜を突き動かし、ヤーブスを随行させる。

 甲高い音が響き、手裏剣は進路を変えた。

 ヤーブスの見開かれた瞳にダイナーKのマスター、ユースKが映る。

 無情にも手裏剣はユースの眉間に狙いを定めていた。


「ユーースゥウゥウウッ」


 変わり果てた店内に悲痛な声が響く。


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