第24話 過ぎ去った嵐

それからのことは、バタバタと決まっていきました。

来輔の

手腕の凄さがわかる一幕でした。

淵のお金の準備とほぼ同時に呼んでおいた車。

それを

行先が決まるとすぐ当たりをつけた松好家に飛ばし、松好本人が

乗って駆けつけ、美香に会いに来たのです。


(この県では樫山家と縁が持てるなら、樫山家に恩が売れるなら

皆こういう風にすることが当たり前でした)


美香は現れた松好が

若くてしっかりしているところと、思ったよりずっと好もしい容貌に安心し、松好もまた

旦那様に

良い印象を与えたい気持ちからか、


「上手く行くようなら第二夫人ではなく正妻に迎えたい」

と最上級の待遇を約束しました。

「美香を正妻にしてくださるの?本当に?そんな、嬉しい」

世の女人の夢、正妻になれるかもしれないと言われて、

美香の大きな目がより大きく開き、

キラキラと輝きました。

「旦那様は大好きだけど、第四夫人でここで苦労するのも

大変だなあっておもっていたの。

美香、

のんびり屋さんだから、争いごと苦手なのよね、だから

松好家の正妻になるわ、

その代わり、旦那様、美香のために、松好家を引き立ててくれるでしょう?」


なんとも上手に取引を持ち出す可愛い小さな策士に、

旦那様は苦笑しながら

「もちろん良いとも」と答えました。


こうして、

驚いたことに全てが、すっかりまとまりました。


美香が

落ちついたところで、旦那様はまた繰り返し、

「すまなかったな。だが、美香が幸せになるように力添えするから、、困ったときは相談するように」

と告げました。


美香は微笑み頷き、

松好もまた嬉しそうでした。

淵は笑顔で

「さすが樫山家の旦那様ですなあ。

わしは

また美佳楼の一番芸妓を育てます。これからは西域の

ほうに美女を探しに行くつもりですよ、ぜひまた

旦那様もあそびにきてください」

騒いだことも忘れケロリと帰っていきました。

松好はご機嫌で

美香を連れて、今日はこの町の宿に泊まり、明日買い物をして帰ると挨拶して去っていきました。


嵐は過ぎ去りました。

召使いたちは

いつもの仕事場に戻り、自分の感想をおしゃべりしたくてうずうずしながらも働きました。

照美様も安恵様もそして大奥様も、考えていることは召使いたちと同じでした。


あの旦那様が、妻に迎えると決めた女人をほかの男に譲った。

こんなことが起きようとは。


樫山家を出た

淵が美佳楼で話し、厨房で働く召使いが出入りの商人に話し、

運転手が乗せた客に話し、門前にきた

小間物売りに門番が話し…

と、あっという間に

町中は樫山家の旦那様が、正妻に改めて夢中になっているとか、

正妻が懐妊したのではとか、いや他にめとりたい女人が

できたのではとか

ありとあらゆる噂でまた大騒ぎとなりました。


旦那様は来輔を労うと、疲れたと言って大奥様と

奥へ休みにいきました。

ちらりと大奥様が

「珠里、また明後日に」

と安堵でほどけた表情をして、声を掛けてくれました。


残った照美様と安恵様は、

非常に複雑な気分で言葉をなくしていました。

第四夫人など大反対なのだから、美香がいなくなったのは良かったのです。

けれど、

その理由が自分たちを愛するためではなく、どうやら

最近とみに細やかに愛情を交わしている大奥様のためなら…?


三月もいなかったと思ったら突然帰ってきて、大奥様とばかり寝所をともにしているのです。

眼中に無かった大奥様が、お子を産むことが現実になったら?

照美様と安恵様は、

家から追い出されるどころか、大奥様にどこか、

例えば廓へ売られることまで考えてゾッとしました。

きっとお子が生まれたら、そしてその子が男児なら、

私たちは売られる。大奥様はそういう女だから。

照美様と安恵様はお互いに同じことを考えているのが、目を見なくてもわかりました。







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ドロドロミステリ「女怪 日本バージョン 樫山家の女たち」 優勝里 こあら @p-p-y

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