第23話 一番芸妓 美香

様子を伺っていた召使いたちが騒然としました。

「じゃあ、、第四夫人がくるってこと?」

「安恵様と

おんなじ芸妓あがりね、、安恵様なんていうかしら」

「いやあ、安恵様より若くてかわいいなあ」

「さすが旦那様だな。また一番人気の芸妓か」

「ホラ噂をすればあそこに安恵様と照美様、きてるわよ」

「本当だ、真っ青だよ、ふたりとも知らなかったって顔してるね……」

「大奥様どうするのかしらね」

「どうするって、旦那様が決めたことは絶対だよ……」


ヒソヒソと

はなしている召使いたちの間を抜け、肩をいからした照美様と安恵様が入っていきました。

「旦那様大奥様、いったいなんの騒ぎなのですか」

その声に顔を上げた旦那様は、

「お前たちも来たのか、まあ、いい、一緒に話を聞け。

ここにいるのは、美佳楼の主人、淵と美香。

私は

冬に美香を水揚げする約束をしていてな。この者たちは

それを果たしに来たのだ」

「まあ、水揚げですって?!」

「旦那様!嘘でしょう?」

最近すっかり

機嫌を悪くしているおふたりは早速旦那様に噛み付こうとして

「詳しいことは後だ。

とにかく、今は私の話を聞け」

と部屋の奥で大人しくするように言われました。

不満そうな顔つきで下がる照美様と安恵様。


「まず、淵」

旦那様は来輔が準備した分厚い札束の包みを渡しました。

「これで

美香は水揚げだ。手数料ももちろん上乗せしておいた。延滞料だ」

それを聞くと

淵はホクホク顔で、ぺこべこと頭を下げて、美香に

良かったなあ良かったなあと繰り返しました。

美香はぽおっと頬を染め「旦那様、美香を第四夫人に

するって皆さんの前で言って」

と旦那様の手を取り、

紅く染まった頬に押し当てました。


が、いつもの旦那様らしくなく、ゆっくりと美香の白い手を

自分から引き離し

「美香、水揚げは済んだが、おまえには第四夫人を諦めてもらう。

色々と事情が変わったのだ」

ときっぱりいいました。


大奥様、照美様、安恵様以下、樫山家の者たちは、

えっ!と一斉に旦那様を見ました。

まさか

そんな言葉を旦那様から聞くとは。

たとえ

この旦那様の妻の数が十を越えようと、驚く人は樫山家どころか町にもいません。

そんな旦那様が、

迎える約束をした女人を水揚げしたきりで身一つで

ほおり出すなど、前代未聞のことでした。


まさかの言い草に美香は半狂乱で

「待って旦那様、、美香どうしたらいいの。

旦那様と

一緒になれる日を指折り数えて待ってたのに。

ここへ来たからいけなかったの?

それで

美香を嫌いになったの?」

ボロボロ零す涙は演技ではありますまい。

これからの

生活がかかっているのですから。


さすがの奥様方も、どうなるのかわからず互いに顔を見合せ、無言でした。

大奥様は、

青ざめ険しい顔つきで黙ってしまっていました。


と、この混乱の真っ只中に一人の

背の高い痩せた男が入ってきました。

恐らく

この人が賈家の懐刀、来輔。

困りごとは

なんでも片付ける裏方で、所謂裏の世界にも通じているとか。

旦那様は来輔と廊下にでて、なにやら打ち合わせをしていました。

そして

戻ってきたときは来輔一人。「大奥様、奥様方、失礼します。

旦那様の代わりにこの話をまとめにきました。

旦那様は少し、お疲れですので」

と落ち着いた様子で話を始めました。


「まず美香さんですが、旦那様は美香さんを水揚げしたあと、

樫山家の第四夫人には迎えられない事情ができたので

当家以外の良家に、第二夫人として入る縁はないかと

私に調べることを命じました。

その結果、ちょうど最近、県南の名家の若き主人が

正妻を亡くしたばかりと聞き、そこの主人と美香さんとの縁を

取り持つことが出来ないか、使者を送っているところです。

旦那様は、美香さんを妻に迎えることが出来なくなった事情を

大変残念がっておりますが、決して美香さんを不幸にすることは

ありませんので、ご安心を」


まあぁ…と奥様方の口から声が。

大奥様も、、驚いて来輔を見ていました。

そこまで

話が進んでいたとは。


ところが、当の美香だけが「嫌よォ、、旦那様じゃないと。

どうせおじさんやおじいちゃんなんでしょお、嫌よォ、、」

と泣き続けていました。

確かに

正妻が亡くなった男なら、若くない可能性があります。

それに女人たちは皆、旦那様の美貌と財力と権力がほしいのです。

代わりの

良家と言われても納得はしづらいでしょう。


淵がその美香の肩を優しくささえ、意外に面倒みよく、

「美香、旦那様は、良くしてくれているよ。水揚げさえ

なかったことにする旦那も世の中にはいるんだ。正妻にバレたと言って逃げちまってな。

とりあえず、

話最後まできいてみちゃどうかな」と宥めていました。



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