1-2
「……ちゃんと説明した方がいいのかな。」
キョトンとしながら俺に問う。逆になぜ説明しなくてもいいと思ったのか聞きたかったが、そうすると他の疑問が芋づる式に浮かびそうだったのでやめた。
「お願いします。」
「わかった。まずひとつはさっき言った通り、僕の仕事を全うするため。才能を伝えるだけ伝えて何も示さないのは、僕にとって捨て猫を見て見ぬ振りして見捨てるのと同じだからね。」
なんだ、この人もちゃんと人の心を持ってるのか。そう安堵したのも束の間。
「あと、いたら便利だと思ったから。」
「……はぁ。」
心なんてなかった。そういえば会ってから今まで基本ずっと無表情だ。この人に優しさを求めるべきじゃないのかもしれない。
「説明はしたよ。その才能を伸ばすも伸ばさないも君次第だから、強要はしないけど。」
たしかに、断れば俺は平凡なまま何者にもなれず、一生普通の人になるのだろう。だがこの人の手伝いをすることで何を得られるのかが見当もつかない。というか手伝いの詳細もよくわからない。この申し出を受けてもし時間を無駄にしたら……。なら、こうしよう。
「おためし期間を1週間ください!!」
次の日の朝、教室は今日も平和だ。女子3人組はケタケタと明るい笑い声を空間に響かせ、他のクラスメイトもいつも通り、歓談に花を咲かせている。
そんな中、俺は1人憂鬱な空気を身に纏い、教室の色を変えていく。
「おはよー北宮ー。昨日どうだったー?」
中谷もいつも通り、自分の席を経由せず流れるように俺の机の正面に立つ。さて、報告の義務を果たさなければならないのだが、どう報告したものか。やはり最初は無様に期待を裏切られたことからだろうか。それか意表を突くために、雇われるかもしれないことからだろうか。いずれにしても気乗りしない。沈黙する俺を案じたのか、中谷は怪訝な顔つきで言葉を投げかける。
「……何か言われたの?」
「普通って言われただけだよ。まあ、想定内だけどさー、ちょっと期待してただけにショックっていうか……」
「なるほどねー。ま、そんなこともあるさ。」
「適当だな……あと鑑定室の手伝いしてくれって言われたさ」
「なぜに?」
「平凡だけどお手伝いの才能があるって。それをここで伸ばせって……なんだよそれって感じ。」
「お手伝いの才能は笑うわ。なあ、その手伝いいつから行くの?」
「今日の放課後から」
「じゃあ俺もついてく!なんか面白そうだし!」
「はぁ!?部活は!?」
「具合悪いってことにしてサボる!」
にしし、とニヤついた顔で俺の傷ついた精神を逆撫でする中谷に安心感すら覚える。ついてくるという提案を聞いた時は嫌だったが、1人で行かずに済んでよかったと、そういうことにしておく。
月代鑑定室、来るのは2度目なのに足の重さは変わらない。正直、月代さんと話すのは苦手だ。表情がないから何を考えているのかわからないし、冷め切ったカイロくらいの微妙に冷たい空気を纏っているから近寄り難い。嫌な人でも悪い人でもないが、できれば関わりたくないタイプだ。だが今日は中谷がいるおかげで、それでも歩き出そうと思える。
ドアノブに手をかけようとすると、中谷が先陣を切り勢いよく扉を開けた。
「こんにちはー!」
「ちょっ、おい!」
無作法な入店の仕方に後悔を感じる俺を無視し、店内にズカズカと歩みを進める。書類の整理をしていた月代さんが以前と変わらない表情でこちらに視線を向ける。
「お友達かな。」
「はい!北宮のお友達の中谷でーす!」
「すみません!こいつ礼儀知らずで……」
月代さんは中谷に対しても表情を変えず淡々と作業を続けている。すると整理していた書類を一度近くの棚の上に置き両袖机に向かうと思いきや、その奥の背の高いロッカーからほうきと雑巾を取り出し俺と中谷に渡した。
「じゃあ掃除、よろしくね。」
そう言って再び書類整理を再開した。
「いやちょっと待ってください!」
「あれ、手伝いしにきてくれたんじゃなかったのかな。」
「俺はともかく中谷は違います!多分…….」
月代さんは中谷に近づき顔を覗き込む。中谷はパチクリとまぶたを動かしている。そして顔に笑顔を張り付けて答える。
「俺はただ北宮をからかうためについて来ただけなので掃除はしませーん」
「そうか。」
月代さんは再び書類整理に戻る。俺はほうきと雑巾を渡されただけで「掃除よろしくね」以外の指示を受けていない。自分で考えろという意味なのだろうか。そうすれば掃除の才能が開花するという意味だろうか。そう思わないと、この手伝いという行動に対するモチベが上がらないのでそういうことにしておこう。
「じゃあ俺外の掃除してきますね!中谷はどうすんの?」
「俺は中見たいから適当に寛いでるわー。」
「あっそ。迷惑かけんなよ!」
「はいはい。」
俺は中谷を置いて外に出る。中谷が真剣そうな眼差しをしていたことを気に留めながら。
* * *
俺は
だからこうして、月代さんという人がどんな人なのかを見にきた。蓋を開けてみればなんと淡白な人なのだろうか。正確さが売りの月代鑑定室の評判がなぜ悪いかわかった。
北宮はなんでこんな人と一緒に頑張ろうと思たのだろう。また何か心無いことを言われて傷つくかもしれないのに。
「心配だなー」
「……何が?」
整理の手を止め、空色の瞳に俺を映す。
「手伝いですよ。多才な北宮ならなんなくこなせるとは思いますけど、あなたみたいな人が本当に北宮の才能伸ばせるのかなーって。逆に縮ませたりしません?」
不信感を3キログラムくらい詰めて言った。すると月代さんはそばにある両袖机にゆっくりと腰掛け、引き出しから1枚の紙を取り出す。
「これ、北宮くんの鑑定書。見る?」
俺を座るように促し鑑定書を差し出す。掃除やコミュニケーション、たくさんの才能が書いてあるが全てBと書いてある。
「たくさんのことを大した努力もせずにこなせるのは、ある意味天才なのかもしれない。でも低ランクの才能を多数持ってる人はたくさんいるからね。今のところ価値は低い。」
北宮のことが嫌いなのかと思うくらい、俺には冷たい声音に聞こえた。
「価値低くて普通の北宮みたいな人はゴロゴロいますもんねー。」
わざと鼻につく声で、意地悪な言い方をしてみた。少しは表情を歪ませられるかと思ったが、反面、無表情の中に優しさが表れた。
「他の人はBランクの才能があるって言うと、そうですよねって笑って受け流すか、落ち込んで終わるかなんだよね。でも彼は違った。才能への執着っていうのかな。『俺は何ならできますか?』って聞いてきた。ちょっと焦ってるようにも見えたけど。あと、外見てみて。」
そう言って指差す先には、頑張って窓を拭いている北宮がいた。汗を拭いながら、汚く濁った窓を一生懸命綺麗にしようとしていた。北宮は目線に気づいてこちらに手を振っている。
「彼頑張り屋さんだよね。だから彼なら、Aランクになれると思った。AランクからSランク、CランクからBランクは不可能なんだけど、BランクからAランクなら努力次第でランクを上げることができる。Aになってからも才能を磨き続ければ、Sランクに匹敵する秀才になれる。」
月代さんは力強く思いの丈を語った。最初は北宮が傷付けられた分傷つけ返してやろうと思っていたが、そんな気は失せていった。月代さんは北宮に期待していて、北宮のことを想って提案したことなのだと知って安心した。ならここは友人として応援しなければ。
「なるほど。まあ北宮ならSは無理でもAAランクくらい余裕ですよ!なんてったって俺の友達ですから!」
「そうかもしれないね。そんなランクは無いけど。」
一言余計だが、さっきよりも温かい声音に変わったような気がした。
外の掃除を終えた北宮が制服を汚して店内へ戻ってきた。すると開口一番興奮気味に大声で言った。
「2人ともちょっとこっち来てください!」
いざ外へ出てみると、無造作に置かれていたプランターは1列に並べられ、曇っていたステンドグラスは新品のように輝いていた。廃墟のような外観が一転、耽美なアンティークに変化していた。
「俺すごくないですか!?やっぱり天才かもしれない!!」
「すげえよ北宮!まじ天才!」
「天才ではないけど、これは期待以上。」
ランク的な問題は置いといて欲しかったが、北宮への期待が上がったのならよし。
「じゃあ明日からは中を頼もうかな。」
「まっかせてください!塵ひとつ残しませんから!」
辺りは少し暗くなってきていたが、北宮のやる気にみなぎりメラメラとしている瞳が3人の周りを明るくしていた。
* * *
次の日、中谷は手伝いについてこなかった。
「お前なら大丈夫!これからのお前の進化楽しみにしてるわ!」
そう言って俺の背中をバンバン叩き、さっさと部活に行ってしまった。でもやりがいを見つけられたし、あれだけ重かった足も今日は軽い。さて今日は店内をどう綺麗にしてやろうかと考えながら意気揚々と扉を開けると、月代さんはなにやら電話で話し込んでいた。電話を切ると、いつもの調子で俺に話しかけた。
「急だけど、今からお客さん来るから準備して。」
あまりにも急すぎる知らせに驚いた俺が咄嗟に思ったこと。
準備って何?
才能鑑定士 綾﨑 @ayazaki
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