才能鑑定士

綾﨑

case1 平凡な高校生

1-1

 1265億の人間が生きるこの国で、「特別」な人間はどれだけいるのだろう。もしくは、「特別」であろうとする人間はどれだけいるのだろう。少なくとも俺はそのどちらでもない、「普通」の人間なのだろう。それでも、まだそうと決まったわけではない。なぜなら、まだ俺は才能鑑定を受けていないからだ。鑑定すれば俺の秘めたる才能がわかるはず────


「君は普通だね。」


 彼は、淡い期待で膨らんだ風船を槍で突き割るような声音で言った。大正ロマンを感じさせるワインレッドのチェアに、重厚感のある木製のチェストが配置されたレトロモダンな店内。空色の瞳から鋭い眼光を放ち、ゆるくカールした黒髪に眼鏡を添えたクールなルックスの若い男性。そして端的に現実を思い知り、ショックを隠せない一般男子高校生こと俺。

 瀕死ダメージを負った精神を無理やり奮い立たせ、声を振り絞る。

「全体的に普通でも、1つくらい何か特別なの無いですか…?」

「無い。君の持つ才能は全てBランク。凡才。数は他より少し多いけど、全部Bだからね。Sランクの天才には及ばないかな。才能っていうのは数より質だから。」

 少し食い気味に答えたこの月代鑑定室つきしろかんていしつの店主、月代玲司つきしろれいじは俺に一瞥もくれず淡々と事実を述べていく。手元の鑑定書には多数の項目の全てにBと書かれている。

 月代さん曰く、才能にはSからCのランクがあるという。Sが生来優れた才能を持つ天才。Aが学力など努力すればなれる秀才。Bが特別優れているわけでもないが、何もできないわけではない凡才。Cが才能がない非才。

 月代さんは才能を鑑定しその人の価値を見出す、才能鑑定士である。


 御室高校みむろこうこうは盆地の山沿いにある小さな高校だ。気温差が激しく、夏は暑くて冬は寒い。そのため桃や葡萄など果樹栽培が盛んで、まあ、典型的な田舎である。窓から望む小さな富士山も、毎日見ていれば日常に馴染む。

 桃の花薫る御室高校2年1組の教室は、今日も平和に1日を終わろうとしている。荷物をまとめて帰る支度をしていると、女子3人組が気になる会話をしていた。

「私昨日月代鑑定室行ったんだけど、Aランクの絵の才能があるって言われた!努力次第で有名になれるかもねって!」

「すごいじゃん!でも月代鑑定室ってどうなの?東京の日野才能鑑定所なら信用できるけど……」

「うちのお婆ちゃんが月代さんのとこは信用できるって言ってたよー。結構昔からあるっぽい。」

 俺は昔から一通りのことはある程度こなせた。テストは授業を聞いていれば、テスト勉強をしなくても平均点くらいは取れたし、短距離走も学年で真ん中くらい。絵や歌など、芸術と言われる分野でも可も不可もなくできた。モスグリーンの短髪に茶色いはっきりとした瞳。体型も痩せすぎず太りすぎず、良い塩梅だと思う。自分で言うのもなんだが、見た目に関しても特別劣ってはいない。

 たくさんのことがこなせることは、一見するとすごいことなのかもしれない。しかし俺はこのことを誇りに思えなかった。ご覧の通り、俺にはこれといって尖った特徴が無い。そう、全てが平均レベルだからだ。個性と言える個性が無く、不特定多数のうちの1人という感覚をずっと拭えずにいた。俺を象徴する何かが喉から手が出るほど欲しかった。だから才能鑑定をしてもらおうとずっと思っていたが、もし何も才能はないと言われたら?存在する価値はないと言われたら?そう考えると、なかなか足を踏み出せなかった。

 それともう1つ今まで行けなかった理由がある。山と畑しかないこの田舎に何故かある月代鑑定室は、その珍しさと異様性からよく話題に上がる。占いの上位互換である才能鑑定は、都内にある日野才能鑑定所を運営する日野家が作り上げた技術で、日野以外の才能鑑定は全て偽物とまで言われる。その中で未だに残っているということが珍しい。

 異様性というのは店のたたずまいだ。アンティークとボロの間みたいな外観は自然と人の足を遠ざける。おかげで俺の足も遠ざけられている。しかし同級生の、それも女子が行けたのであれば俺も行けるかもしれない。

「行ってみようかな…」

「どこに?」

「!?」

 ポロッと口から落ちた言葉を即座に拾い上げ俺を驚かせたのは、同級生で友人の中谷慎吾なかたにしんごだ。

「月代鑑定室。ほら、今あの3人が話してたとこ。」

「いいじゃん。行けし。」

「いや1人じゃ行きづらいじゃん?一緒に行こうぜ中谷!」

「ごめん俺今から部活なんだよねー。大会近くてさ。1人で行ってみりゃいいじゃん。」

「え、待ってまだ4月じゃんか。何の大会?」

「新人戦ってことにしとく。んじゃ報告楽しみにしてるわー。じゃあねー」

「おい!中谷!」

 その声虚しく、中谷は軽快に廊下を走り抜けて行った。報告しなきゃならないなら、行かないという選択肢は無い。帰りがけに寄ってみよう。


 いざ店の前に辿り着くと、本当に入りづらい。壁の所々が色褪せていて元の色がわからないし、看板は「月代鑑定室」と書いてあったのかもしれないが、もはや原型を留めていない。この店の存在を知らない人からみればただの廃墟だ。しかし窓の小洒落たステンドグラスが廃墟という表現を否定している。入りたい気持ちはあるが、店の纏っている空気が重すぎて体が拒否反応を起こしている。

 俺は中谷に報告する義務を全うするため、物理的にも重い引き戸に手をかける。すると思ったより軽く開いた。いや違う。中から誰かが扉を開けたのだ。反射的に手を離し少し後ろへ退がると、1人の女性が怒鳴りながら出てきた。

「もっと優しい言い方できないわけ!?だから評判が下がるのよこのエセ鑑定士!」

 プンプンという擬音が似合う若い女性を見送りながら俺は思った。ここは本当に大丈夫なのか。そう店の前で立ち止まっていると、女性を追おうと店から出てきた男性と目が合った。

 グレーのシャツは気品を漂わせ、黒のスラックスは足の長さを錯覚させる。そしてネイビーのクロスタイが全体を引き締めている。

 一見すると見目麗しいが、視線があまりにも冷たい。というより表情が無い。すぐにでも逃げ出したい気持ちになったが、合ってしまった目線を逸らすこともできず。

「あの、才能鑑定をお願いしたいのですが……」

「……どうぞ。」

 促されるまま、店内へ足を踏み入れた。


 店内は外見よりも気品があった。不規則に配置された数々の調度品は、建物の古さと相まって独特の雰囲気を醸し出している。

 男性は入り口の延長線上にあるアンティーク調の両袖机に腰掛ける。

「どうぞ、こちらに。」

「あっ、はい。」

 慣れない空気に飲まれつつ、男性の対面に座る。どこを見ていれば良いかわからず、適当に部屋を見回していると、男性が名刺を差し出してきた。店の雰囲気をそのまま映したようなその名刺には『月代鑑定室 店主 月代玲司』と書かれていた。

「僕は月代玲司。君は?」

「俺は北宮悠太、です。そこの御室高校の二年生です。」

「ふうん。なんでここに来たの?」

「え、才能鑑定してほしくて……」

「そんなことはわかってる。なんで鑑定して欲しいのかが知りたい。」

「あっはい……。えっと、自分の存在価値を知りたくて。昔から大抵のことはこなせたんですけど、それだけなら他の人にもできるじゃないですか。だから俺にしかできない、俺といえばこれ!みたいな才能が、もしかしたら気づいてないだけであるんじゃないかと思って、ここに来ました。」

「そうか。じゃあ手、出して。」

「えっ、……こうですか?」

 さっぱりした返答に意表を突かれつつ、言われるがままに右手を差し出す。すると月代さんはおもむろに机にあった眼鏡をかけ、僕の右手をじっと見つめる。そして白く細長い指で、手の平の皺をなぞるように滑らせ始めた。その妙な手つきに余計緊張して体が強張ったが、そんなことは露知らずといった体で、今度は生命線をなぞり始めた。線をなぞるその視線は先程の冷たい視線とは違う、遠い日を思い出しているかのような優しい視線だった。

 まつ毛が影を落とすという言葉を体現しているその姿に目を奪われていると、スッと俺の手から指と視線が離れた。そして一言。

「君は普通だね。」


 脳に響くその言葉とともに現在に戻る。あの動作から俺の何を見たのかはわからないが、結論からすると、どうやら俺はそこら辺によくいる平凡な高校生らしい。深いため息と共に項垂うなだれているとさすがに心配してくれたのか、月代さんが口を開いた。

「君は何もできないわけじゃない。そこは自信を持っていい。まあ、だからといって何かを成し遂げられるほどでもないけどね。」

 余計落としてきた。どうやら心配してくれているわけではないらしい。あの女性が怒って出て行った気持ちが残念ながらわかってしまった。

 しかしこのまま落胆して女性と同じように帰るのは気に食わない。何か、何かここに来た成果を得なければ。

「俺は、何ならできますか…?」

 一縷いちるの望みを抱いて問いかける。何でもいい。クソほど役に立たないものでもいいから、俺だけの価値を教えてほしい。

「会話の才能Bランク、掃除の才能Bランク、運動全般の才能Bランク…」

その超普通な才能の羅列はやめて欲しい。精神にくる。というかもう時すでに遅し。

「総合的に考えて……」

 ゴクリと喉を鳴らす。次の一言で俺の人生は変わるはずだ。

「君、お手伝いさんが向いてる。」

「……へ?」

 呆気に取られる俺を他所に月代さんは説明を続ける。

「人間誰しも、何かしらの才能を必ず持ってる。何もできない人間はいない。その才能を導き出して価値を伝えるのが僕たち才能鑑定士の仕事。そしてその才能を活かす方法を示すのも仕事。」

「えっと、つまり?」

「僕なら君の平凡な才能を伸ばすことができる。そうだね……ここのお手伝いをするのはどうかな。」


「……はい????」

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