エピローグ 魔法医、新たな旅に出る
※前書きです。
エピローグだけ更新し忘れていたので、いまさらながら投稿しておきます。
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レリアたちは宿屋を出ると、すぐさま集落で聞きこみを行った。
ムーランの集落には男が少ない。
アマゾネスは婿を外から迎えるのだが、それでも女と比べればわずかな割合だ。
そのため、男は非常に目立つ。あの灰色の外套をまとった姿で集落を歩いていれば、なおさらのことだ。すぐに見つかるはず。
結果、やはり目撃情報はすぐにあった。
その目撃情報を道標に、レリアたちはエロースのあとを全力で追った。
そして彼の姿をようやく見つけられたのは、彼がいままさに集落から旅立とうとしている間一髪のところであった。
✳︎
「ハア、ハア……やっと追いついた」
レリアは息もたえだえでエロースへと駆けより、肩に手をかけて引きとめた。
このムーランの集落には正面の大扉のほか、その脇に小さな通用口がある。彼はそこから集落を出ようとしていたのだ。
みなは迷わず大扉のほうをさがしに行き、レリアだけはもしかしたらと通用口にやってきたのだが、大当たりだった。
「……おまえが道で余計な食いものを買わせていたせいだぞ、クオレル」
『も、申し訳ない……なにも食べてなくて、お腹がペコペコだったのだ!』
エロースがため息まじりに言うと、子犬状態でエロースの頭にちょこんとのっているクオレルが面目ないという顔をする。
それからエロースはあきらめたように振りかえ、やれやれと腰に手を当てる。
「それで……きみたちはそろいもそろっていったい俺になんの用なんだ?」
「な、なんの用だじゃないのん! なに勝手に集落を出ていこうとしてるのん! さっき起きたばかりなのにいきなり出ていくなんて意味がわからないよ! ごはん食べたり、荷をととのえたり……旅立つのはゆっくりとそういうことしたあとでしょう、ふつう! というか、こっちはお礼のひとつも言えてないのに! 逃げないでほしいのん!」
レリアはこれまでになく頬をふくらませ、エロースに不満を訴える。
このエロースという男には、とんでもなく世話になった。母の命を救ってもらったばかりか、病の原因まで取りのぞいてもらい、集落そのものを救われてしまったのだ。いずれは病が集落全員を殺していただろうことを考えると、その恩は計りしれない。それこそ一生をかけても返しきれぬ恩だ。
にもかかわらず、レリアは彼に対してまだしっかりとお礼すら言えていないのだ。そのまま出ていくなんて許せるわけがない。
それは集落の皆が同じ気持ちだろう。
「俺は完全なる余所者だ。別に出ていくのにきみたちの許可はいるまい」
「そ、それはそうだけど……いきなりは絶対おかしいでしょう! ほら、患者の経過観察だってしないとだし、自分の患者をほっぽりだしていっちゃう気なのん!? ヒーラーとしてどうなのん!?」
なにが悪いのだとでも言いたげに傲岸不遜なエロースに気圧されながらも、集落代表としてどうにか反論を試みるレリア。
だがエロースは、
「俺は中途半端な治療はしない。俺がねむりについた段階で、全患者のパーフェクトケアは終わっている。あとは俺がいなくとも、きみたち集落の人間だけで問題ない。そう判断しただけのことだ」
そう断言する。
疲労困憊での治療だったにもかかわらず、とんでもない自信である。だが彼がそう言うのならそうなのだろうとつい思ってしまう。それぐらいにレリアは彼のことを信頼――いや、信奉してしまっていた。
けれどここで引きさがれないと思い、レリアはどうにか食いさがる。
「で、でも! 集落のみんなもきみにお礼したいって言ってるし……!」
「……それが嫌なのだよ」
するとエロースは目を細めて頭をかきながら、ぼそりとぼやいた。
嫌? とレリアは疑問符をうかべる。
「俺は……そういうのがなによりも苦手なのだ。俺はただ俺がそうしたいから治療を行ったにすぎない。それに対してごちゃごちゃと感謝やらお礼やら述べられても、反応にこまる。だから治療後はすみやかに患者のもとを去る、というのが俺のやりかただ」
心なしか早口になりながら、ごちゃごちゃと理屈をこねるエロース。
なんとなくバツが悪そうである。
(なるほど……ねえ)
レリアは心得たとニヤリと笑う。
彼が言っているのは、単純なことだ。つまりはこういうことだろう。
「もしかしてきみ……みんなに面と向かって感謝されたりお礼を言われたりするのが恥ずかしいのん? 恥ずかしいんでしょ?」
単刀直入に言う。
クオレルの棲家に行ったときにもその節があったが、彼は感謝されるのが恥ずかしいのだ。今回は集落のみなにされるのだからなおさらである。その状況に耐えられず、逃げようとしているのだろう。
(こういうところも…………なんだよな)
彼が無性に愛おしくなってしまうレリア。
これまでその神がかった技術で無数の人間の命を救ってきただろうに、まったくもってかわいらしいことである。
からかうような、慈しむようなレリアの視線を受け、エロースは図星だったのだろう。不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……とにかく俺は行く。俺も暇ではないのでな。世話になったな」
それから手をひらひらと振り、ふたたび背を向けて歩きだした。
レリアは慌てて、
「ま……待ってほしいのん! これからいったいどこに行くつもりなのん?」
「とりあえずは自由都市に行くつもりだ。そこでソーサラーをさがす」
エロースは振りかえることなく答える。
「さがしてからは? しばらくは自由都市にいるのん? それとも……」
「さあな、故郷に帰れるなら帰るかもしれない。そのときの気分次第だ」
言われ、心がざわつくのを感じるレリア。
彼はこれからどこか手の届かないところに行って、もう会えなくなるかもしれない。二度と顔を見られないかもしれない。
そう考えると、胸がきゅっと締めつけられて息が苦しくなってしまった。
次の瞬間、
「……!」
レリアは気づけば駆けだし、去っていくエロースの腕をぐっと引いていた。
そして強引に彼を引きよせ――
――ちゅっ、と。
何事か呆けた顔でこちらを振りかえた彼の唇に、強引に唇を重ねた。
最初は鳥がエサをつくような、ついばむような軽い口づけだった。
だがそれだけでは彼とのつながりがすぐに切れてしまう気がして、レリアは彼の首に手をまわし、もう少しだけ深く唇を重ねた。
「……なんの、つもりだ?」
エロースはしばし呆けたあと、慌ててぷいと顔を背けてそう言った。
手で隠してはいたものの、その顔は少し赤らんでいるように見えた。
自分の口づけが冷静沈着な彼の心を少しでも動かしたと思うと、レリアはこれ以上ないぐらいにうれしくなった。
「へへへ……不治の病にかかっちゃったみたいだから、お薬をもらったのん♡」
レリアははにかみ、そんなことを口走る。
口振りは軽かったものの、顔は灼けるように熱くなってしまっていた。
彼と唇を重ねた瞬間、自分でもよくわからないぐらいに幸せな気持ちがあふれ、一方で勢いで自分はなんてことをしたのかという気恥しさもそこにくわわり、頭がオーバーヒートしてしまったのだ。
そんないっぱいいっぱいのレリアをしばし見て、エロースはなにか言いあぐねるように口をぱくぱくとさせたあと――
「馬鹿者が、それは毒薬だ」
一言そう言い、背を向けた。
ぶっきらぼうだったが、とても彼らしい。
そして彼は振りかえることなく、集落から歩きだしてしまった。
(また、会えるよね?)
内心で彼に問いかけ、すぐに首を振る。
(会いに……いくんだ。みんなの容態がよくなったら、すぐにでも!)
アマゾネスの女は、しつこいのだ。
惚れた男は決して逃さない。逃がすわけにはいかない。部族の誇りにかけて。
あらためてそんな覚悟を決めながら――
レリアはその灰色の大きな後ろ姿に、ありがとうと小さくつぶやいた。
そのヤブヒーラー、世界最高の魔法医につき 〜優秀すぎると命をねらわれた元宮廷魔法医、新天地を気ままに旅する〜 少年ユウシャ @kasousyounen
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