――CASE2:【その人形劇は誰が為に】――解決編

王都――東区。


 既に時刻は午前2時を過ぎており、辺りは静かだった。そこは、冒険者達が多く住んでいる集合住宅が立ち並ぶ区域にある、小さな公園だった。


「やっと……見付けましたよ――


 ベンチに一人座っていた青年――タロスへと声が掛かる。公園の魔灯の淡い光の下から現れたのは赤い髪の男と、銀髪の女だった。


「お前らは――ギルドの」


 タロスがそう言って、魔導杖を抜いて立ち上がった。


「冒険者ギルドの保険調査員のレムレスとルーナです」

「……何の用だよ」

「いえ、アダムさんについて、数点聞きたい事がございまして」


 レムレスがそう言って嘘っぽい笑みを浮かべ、ルーナはその後ろで静かに佇んでいた。しかし彼女の右手は腰の剣の柄へと置かれている。


「……もううんざりなんだよ!! アダムアダムアダムと!! エヴァも!! お前らも!!」


 なぜか激昂するタロスを見て、レムレスが目を細めた。きっと彼は――なぜ自分達が現れたのかを察しているのだろう。


「だから……、アダムさんを。エヴァさんの心を掴む為に……そうですよね?」

「っ!! 馬鹿なことを言うな! あれは誰が見ても自殺だ!!」

「そうではないと分かってしまったので、こうして我々が事情聴取しに来たのですよ。それに数点、分からないところがありますからね」


 タロスが杖をレムレスへと向けた。ルーナが動こうとするが、レムレスがそれを手を挙げて制止する。そして懐から煙草を取り出すと、ジッポウで火を付けた。


 紫煙が、ユラリと揺れた。


「落ち着いてください。我々は警察士ではない。貴方を断罪しに来たわけではありませんよ」

「だったら何を」

「いえ、お聞きしたいのは一つ、いや二つか。そう二つだけです。まず、タロスさん。貴方はどこで――?」


 その言葉を聞いて、タロスがあからさまに動揺する。


「ご、ゴーレム!? 何の話だよ!」

「タロスさん、貴方はアダムさんと共に14時頃にラクレスに移動すると、アダムさんを殺害。おそらくは死因は頭部への一撃でしょうね。それ以外にその死因を隠せる部位はないですから。そうすれば落下死で頭が破壊されてしまえばバレない」


 レムレスの推論が続く。


「貴方はアダムさんを殺害すると、その頭に令珠を埋め込んだ。そしてアダムさんを悪名高い。あとは簡単だ。令珠に魔力によって命令を刻み込む。その命令はおそらくは単純な移動ポイントの指定でしょうね。貴方は、ゴーレムと化したアダムさんを、とある時刻になったらとある場所へと移動するように命令した。それは――塔の頂上から


 それが、ルーナが思い付きそしてレムレスが補強した推論であり、結論だった。死霊術では不可能だった動きも――ゴーレムなら可能なのだ。


 ゴーレムならば、一度命令を刻みさえすれば、あとは放っておいても勝手に動いてくれる。更に死霊術と違い、命令に幅を持たせればとっさの自体にも対応出来る、例えば塔まで移動する間に多少のトラブルがあっても、死霊術よりもずっと成功する確率が高い。


 レムレスが言葉を続ける。


「そうしてアダムさんはその命令に従いその時刻になると塔を目指し、ひとりでに歩き始める。そして塔の裏口を破壊し中に入ると、階段を昇っていく。ここも、螺旋階段という構造を利用して、壁伝いに移動するようにとでも指定したのでしょうか。そういう跡が階段の壁に残っていましたからね。そして塔の頂上へと辿り着いたアダムさんは当然指定ポイントである場所へと足を踏みだした――そこが足場のない空とも知らずに」


 アダムが飛び降りる際に全く躊躇しなかった理由はこれだった。


 するわけがない。なぜならアダムはもうその時には既に、タロスの操り人形だったのだから。


「くくく……ははは!! 何を言い出すかと思えば。妄想も大概にしろ! 俺は知っているぞ? もし仮にそうだったら死亡推定時刻がおかしい事になるだろうが! それに、その令珠とやらは何処にいった!?」


 タロスの言う事はもっともだった。もし仮にレムレスが言った通りであれば、死亡推定時刻がズレ、さらに死体から令珠が見付かるはずなのだ。


「いえいえ……だから言ったではないですか。アダムさんを――フレッシュゴーレムにしたと。フレッシュゴーレムは令珠を埋め込まれた時点で腐敗は止まるんですよ。当たり前ですよね。腐ってしまってはフレッシュゴーレム本来の用途からすると少々……使

「じゃあその令珠は何処にいったの!?」

「アダムさんが飛び降りた際……真っ先に駆け寄ったのが貴方とエヴァさんだったそうですね」

「……それは」

「あの高さから硬い地面に落ちたら当然人間の頭部などいとも簡単に破裂するでしょう。そして貴方達は錯乱して、飛び散ったアダムさんの頭部や四肢を集めたとか。タロスさん、貴方、実は錯乱しているフリをして……この時にひっそりとのではないですか? 頭部に埋め込まれた令珠が壊れない事はおそらく前もって知っていたのでしょう。だから真っ先に駆け寄って密かに回収した」

「全部推測だ……憶測だ!」 


 タロスが吼えた。それに対し、レムレスは白い煙を口から吐くだけだ。


「犯行に使用した令珠。まだ持っているんじゃないんですか? 往々にして殺人事件を起こした素人は証拠品を中々捨てられないんですよ。もしくは捨ててもまた自らで回収してしまう。タロスさん、今頃貴方の部屋に、警察士とギルドの情報部が押し入っているでしょうね」

「……馬鹿が。仮にそうだったとしてもそんな所にあるわけないだろ!!」


 タロスが顔を歪ませた。その表情を見て、レムレスは悲しくなった。もしかしたら、と思っていたことが全て当たってしまう……そんな悲しさだ。


「そうですか。つまり……今、という事ですね」

「さあな! 話はそれだけか!?」

「先ほども言いましたが……我々は警察士ではありません。よって証拠品を押収しようとも思いません。ただ一点、伝えないといけないことが」

「なんだよ」


 レムレスはそれを言ってしまうと取り返しがつかなることは重々承知だった。


 だが、言わなかったところで……結果は同じだ。


「この件については、当然再調査の結果として全てエヴァさんにお話します。勿論、確たる証拠はありません。なので彼女がこれを信じるか信じないかは分かりません。ですが……」


 レムレスがそこまで言った瞬間――タロスが地面を蹴った。その顔には怒りや嫉妬、その他諸々の感情が渦巻いている。


 ルーナがレムレスを守ろうと飛びだそうとするが、レムレスはなぜか肌が粟立つような感覚に襲われた。


 それは、久々に感じる――濃厚な死の予感だった。


「っ!!」


 その動きをした理由はなかった。ただ、その場に立っていたくなかった、それだけだ。だからその勘だけを信じて、レムレスは飛び出そうとするルーナを抱き抱えて、横へと飛んだ。


 銀閃がレムレス達とタロスの間できらめく。


「……あれ?」


 タロスがそう言ったと同時に、彼の足首が切断され地面へと倒れた。そしてその状況がなんなのか理解する暇もなく――首が飛んだ。


 銀閃に朱が加わり、ヒュンヒュンという、風を斬るような音だけが公園に響いた。


「先輩!」

「大丈夫だ……」


 ルーナを抱えたまま飛んだレムレスが立ち上がった。ルーナが剣を抜き、周囲を警戒する。


「今のは……なんですか。なんでタロスさんが死んだんですか!」


 ルーナの言葉にレムレスは答えない。


 だがそれに対する返答が、形を伴って暗い闇の中から現れた。


「今の避けるとは……いやいや流石は〝赤き死霊術士〟と言ったところか。Sランクの勘は鈍っていないようだ」


 それは青髪の青年だった。だが古典演劇でしか見ないような、黒い貴族服を身に纏っており、一見すると執事か何かのように見える。


 この青年は見て、レムレスとルーナが驚愕した。なぜなら――その顔が死んだはずのからだ。


「お前は――何者だ。なぜ、タロスを殺害した」


 レムレスが慎重にそれぞれの立ち位置を確認しながらそう問うた。先ほどの攻撃。あれが魔術か武器による一撃かは不明だが、あまりに危険すぎる。だが、その裾からは血が滴る細い糸のような何かが吸い込まれていったのをレムレスは見ていた。


 あれが、おそらく凶器だ。


「僕の名は。なぜ殺したかというと、奴が約束を破ったからだ。いや、厳密に言えば破りそう……だったからか。訂正しよう」

「約束?」

「くくく……名探偵気取りの死霊術士の答え合わせに僕が付き合ってやろう。君の先ほどの推論には大きな穴がある。タロスは馬鹿だからそこに気付いていないけどね」


 そう言って、それこそまるで喜劇役者のようにその青年――アドネイが大仰な身振りで語り出す。


「まず、そもそもの話として――ゴーレムの令珠をどうやって奴は手に入れた?」

「それは……ブクレシュが発見されたから、ありえなくはない」

に、糞みたいな人間共が土足で踏み込んでいるのは本当に腹が立つがね。だが、その解答は0点だ。令珠は繊細な物だからね、造られてから何百年も経っている物を拾ってすぐ使えるわけがない」


 その言葉にレムレスが目を細めた。我が愛しきブクレシュ? なぜそのような言葉が出る。


「じゃあ、仮に令珠は手に入ったとしよう。それで奴はどうやってそれに命令を刻んだんだ? 魔力を使って~なんてさっきはそれらしく説明していたけど……人形師の秘技がそう簡単に使えるわけがないだろ」


 それは……アドネイの言う通りだった。


 そこがもっともレムレスを悩ませた問題だった。方法も動機も分かった。だが……それをタロスがやれるとは正直思えなかった。はっきり言ってしまえば、タロスが実は凄腕死霊術士だった、よりも荒唐無稽なのだ。


 だが、レムレスはタロスが証拠品である令珠をいまだに所持している方に賭けたのだ。それを調べれば、何か分かるかもしれないと。


「だが、まあ正解だよ。花丸を付けてあげよう。そう。タロスは女欲しさに、親友を殺害した。そしてその女の目の前で自殺させたのさ!! 人間の悪意はいつの時代になっても変わらないね」

「そうか……やっと分かった。

「ご名答!」


 アドネイがパチパチと手を叩いた。その顔には嘲りの表情が浮かんでいた。


「悩むタロス君に、色々と教えてあげただけだよ。令珠とそれに込める命令の魔術もセットでね。目の前でフレッシュゴーレムを造ってやったら簡単に僕の言う事を信用したよ! ああ、そういえば自殺に見せかけて、女の前に墜とそうと提案したのは僕だったな。いやはやタロス君はとんだ濡れ衣だ。ごめんね?」


 アドネイが笑いながら、足下にあったタロスの頭部を踏み付けた。


「でさ、回収した令珠は絶対に誰にも渡すなって言っていたのに……君らに奪われそうだったでしょ? だから約束を破ったと判断して殺した。それだけだよ。事件解決、調査終了。お疲れ様でした、と。あ、今から飲みに行く?」


 その言葉に、嘘や冗談が一切含まれていない事に、レムレスは戦慄する。


 こいつは……ヤバい。


 今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


「お前は……なんなんだよ。なぜ、失われた技術であるゴーレムの令珠を持っている。なぜ、それを使いこなせる! そしてなぜお前はアダムと同じ顔をしている!!」

「おいおい、〝なぜ?〟を解くのが君の仕事だろ?」


 嘲笑うアドネイをレムレスが睨んだ。


「まあいい。君にはとても親近感があるんだ。ふふふ……いやあ、なんせ、僕以外にいるとは驚きだったからね。なんて考えるだけで絶頂しそうなことをする奴が他にいるなんて」

「っ!! お前は!! 何を知っている!!」


 その言葉にレムレスが激昂し、アドネイへと掴みかかろうとする。

 しかしルーナが素早くレムレスの腕を掴み、それを止めた。


「先輩ダメです!」


 目の前の男が誰で、何者かは分からない。だけど、ルーナは剣士としての勘で気付いていた。この男は絶対にまともに相手してはならないと。


「離せルーナ!! そいつを殺す!!」

「ダメですってば!」

「あはは~。良いコンビだねえ。次はその子を殺して人形にするのかい?」

「黙れ!!」

「おー、怖いねえ」


 全く怖くなさそうな態度で、アドネイが後ずさる。


「さて帰る前に、少しだけ教えといてあげよう。なぜ僕に人形師の魔術が使えるのか。何も不思議ではないさ。なぜならば――。失われた技術? 馬鹿馬鹿しい。何も失われてはいない。お前達はただただ知らないだけだ。身近にいる事に……気付いていないだけさ。あとそのアダム? という奴は知らない。他人のそら似じゃない? まあ長く生きていれば似ている奴も出てくるだろうさ。あはは、案外僕の子孫だったりして」

「馬鹿な……お前はまさか……」


 レムレスが、自分の推測に絶句する。いや、そんな馬鹿な事があるはずがない。


「君は僕と似ていて全く違う。まるで鏡合わせのような存在だ。死を操る死霊術士と生者を弄ぶ人形師。くくく……いよいよ因果めいてきたね。ああ、そういえばきっかけは……。ま、死んじゃったけどね」

「サラ……? まさか……召喚士サモナーのサラか!?」


 レムレスとルーナが、同時にあのスライムの召喚士を思い出した。


「最後に……」「これから長い付き合いになりそうだし」「教えてあげよう」「我らは」「〝貌無しフェイスレス〟」「――神なき人形劇に」「幕を下ろす者」


 気付けば――レムレス達は、ぞろぞろとどこからともなく現れた群衆に囲まれていた。子供も居れば老人もいた。冒険者もいれば、どこかの店の店員のような格好の女性がいる。全員が怖いぐらいに無表情で……まるで操られた人形のようだった。


「どこから……」


 ルーナは目の前の光景が恐ろしかった。サンドゴーレムなんかよりも……よっぽど異形だった。


 二人が呆然としているうちに、群衆が無言で去っていく。その中に、アドネイの姿があった気がするが、レムレスはそれを追う事が出来なかった。


「先輩……」

「……警察士を呼ぼう」

「はい。あの……先輩……大丈夫ですか……? 顔が真っ青ですよ」

「大丈夫だ。大丈夫のはず……だ」


 レムレスはいつの間にか消えた煙草の火を付け直そうとジッポウを手に持った。


 笑えるぐらいに手が震えていた。


 公園に、何度も何度もジッポウが開く金属音が響いた。



☆☆☆



 王都――冒険者ギルド本部


 アドネイとの邂逅から3日が経っていた。


「横暴だ!! 断固として抗議する!」

「ブクレシュを解放しろ!」

「国と一部の企業だけで遺跡を独占するのは条約違反だ!」


 ギルドのロビーに、冒険者と思われる人々が集まっており、段幕と共に抗議の声をあげていた。


 それは今朝、突如政府およびギルドから出された、ブクレシュへの転移禁止の発表に対する抗議だった。これには冒険者達も理不尽だと激怒しているそうだ。なんせそれは宝の山を国に盗られたのと同義なのだ、不平や不満が出るのも無理はない。

 

 対応に慌てふためく職員達を尻目に、レムレスとルーナが応接室へと向かう。


「失礼します。どうもお待たせしたようで」


 レムレスが、ソファに座っている一人の女性――エヴァへとそう声を掛け頭を下げた。


「いえ、構いません。外は凄い騒ぎですね」

「……困ったもんです」


 レムレスが肩をすくませると、エヴァの前に座った。


「ブクレシュの危険性と重要性を考えれば、そもそも安易に解放したギルドや政府側に非があるんですがね。ま、冒険者達に散々期待させといて、結局お預けってのは、やっぱり怒られますよ」

「……ですね」


 レムレスがルーナにコーヒーを頼もうと思ったが、思い直した。


「コーヒーは……


 目を細めるレムレスを見て、エヴァがニコリと笑いながら首肯する。


「さて。今日来ていただいたのは、アダムさんの再調査依頼についての報告の為です。詳しい内容については既に送付した調査報告書に記載されていたと思いますが、エヴァさんにも聞きたいがあるだろうと思い、この場を設けさせていただきました」

「はい。概要は……大体読んできております」


 エヴァは微笑みを浮かべたまま表情を変えずに返答した。


「結果として、我々冒険者ギルドとしては、今回の案件は自殺ではなく、他殺と認定しました。そして実行犯であったタロスさんですが……調査中に殺害されてしまいました。これらに関しては全て我々調査官の不備です……心から謝罪いたします」


 レムレスとルーナが頭を下げた。しかしエヴァの表情は変わらない。


「タロスは……馬鹿な男です」


 その言葉に、何の感情も含まれていないことにレムレスもルーナも気付いていた。


「エヴァさん。貴方の仰るようにアダムさんは自殺ではありませんでした。ですが、結局自殺が他殺に変わっただけで、残念ながら保険金はお支払いできません」

「構いません。それはさして重要ではありませんから」


 レムレスは、エヴァが本心からそう言っているように感じた。


「エヴァさん。これは、業務とは関係ない私の……あくまで個人的な質問なのですが――貴方、もしかしてアダムさんが他殺だった事を?」

「え? 先輩、何を言っているんですか?」


 ルーナが突然そんな事を言い出すレムレスに思わず声を上げてしまう。しかしその言葉を聞いてなお、微笑みを崩さないエヴァがゆっくりとその赤く小さな唇を動かした。


「――

「やはりそうでしたか。タロスさんがアダムさんを殺害したということも薄々勘付いていた。そして……それを我々に教えずに、自殺ではないと伝えたかった。だからあの時貴方が言った、アダムさんがプロポーズしたという言葉は――?」

「ええ、その通りです。勿論、全てを分かっていたわけではありません。ですが……自殺では絶対にないと思っていました。あの人が……自殺するわけがないんです。いえ、言葉を変えましょう。自殺なんて出来ないのです」


 自殺するわけがない……ではなく、自殺が出来ない。その言葉の真意をレムレスが探るも、エヴァはあっさりとそれを口にした。


「だってアダムには……

「っ!! それって……」

「やれやれ……やはりそうでしたか。そもそもおかしい点が多かった。まず、タロスがいくら他人の助力があったとはいえ、アダムさんをゴーレムに仕立てあげたという推理にはやはり無理があった」

「そうですね。ただ、令珠を突っ込めばゴーレムに出来る……というわけではありません。いくら令珠と命令を刻む魔術を事前に準備していたとしても……それは不可能です」


 エヴァの言葉に、レムレスが頷いた。


「……この事件の裏にはアドネイという男がいました。その男は人形師を名乗っており、技術は自らが提供したと主張していましたが……彼が協力したとしても、やはり一時間やそこらでアダムさんをゴーレムにするのは難しいと感じます。だから、私はこう考えました――アダムさんは。タロスさんは、教えられた魔術を使って、ただ命令を書き換えただけ。それで、あれば彼でも犯行は可能です」

「先輩、おかしいですよ! もしそうであれば……タロスさんはアダムさんがゴーレムだという事を知っていたわけですよね? だとしたら前会った時の態度もおかしいですよ」

「そうだな。だからこう考えている。おそらく、タロスさんは最後までアダムさんがゴーレムだと知らなかった。アドネイに、〝これを埋め込んで命令魔術を使えばやれる〟とでも言われ、偽物の令珠でも渡されたのだろうさ。そしてタロスは疑いもせずに偽物の令珠を埋め込み、そして命令魔術を掛けた」


 そして、その命令魔術は本来のアダムの令珠に作用した。


「そうだとすると……飛び降りたアダムさんには――令珠が二つあったってことですか!?」

「その通り。そしてその内の一つは、タロスが回収した。もう一つは――エヴァさん、貴方が回収したのですよね?」

「仰る通りです」


 そう、飛び降りたアダムに一番に駆け寄ったのはタロスとエヴァの二人だった。そして二人は錯乱するフリをしてアダムの身体の部位を集めながら、それぞれが令珠を回収した。それは偶然であり、二人ともそれに必死だったからこそ……お互いの行動に疑問を持たなかった。


「そうであったとしても……アダムさんの経歴におかしいところはありませんし、そもそもゴーレムだったって……どうやって周囲の人を騙していたんですか? いくら死霊術と違って対応力があるといってもゴーレムですよ? タロスさんだって気付くはずですよ!」


 ルーナの言葉はもっともだった。アダムが実はゴーレムだったという推理には無理がありすぎる。


 だが、レムレスはアドネイという存在を知ってしまったせいで、それが可能だと思ってしまったのだ。そして……突然のブクレシュの封鎖。何よりそれを裏付けたのを……エヴァの存在だった。


「いや、可能だ。ただし、ある程度の助力は必要だがね。例えば――、とか」

「アグニア家……?」

「流石ですね、レムレスさん」


 エヴァが静かに手を叩いてレムレスを讃えた。


「アダムは……我がアグニア家が造った自律人形のプロトタイプです。彼の経歴に嘘はありませんよ。全て真実です。ただし、経歴には記載されないような部分で、色々と手を加えていますし、ゴーレムだと気付かれそうな場面では介入をしています。それに彼は最新型ですからね。飲食をするフリは可能です。もちろん、消化や排泄は無理ですが……」

「嘘……いくらアグニア家でも、自律人形は不可能なはずですよ! もしそれが本当だったら……あまりにそれは既存技術から逸脱しています!」


 ルーナの言葉を聞きながら、レムレスが煙草に火を付けた。


「これは、あくまで俺の推測だが……おそらくアグニア家はブクレシュの人形師の家系だったのだろう。そしてブクレシュが滅びてもなお、その技術を継承していた。魔導産業はその副産物に過ぎない。そしてアグニア家は密かに自律人形の研究を続けていた。そして限りなく人間に近いフレッシュゴーレムを開発、いや違うな……復古か。そう復古させたんだ。その実験として人間社会に違和感なく溶け込めるかテストしていた。そう例えば冒険者として動かせばどうなるか、とかね」

「その通りです。私は、アダムの恋人役としてサポートしていました」


 エヴァの言葉に、ルーナはようやく得心ががいった。初めて会った時に感じた演技臭さは、やはり間違っていなかったのだ。


「ですが……私に分からない部分があります。なぜ、再調査依頼をされたのです? 最初の調査のままであれば、アダムさんがゴーレムであった事が明るみに出る事はなかった」

「そうですね。あのままにしておいて、タロスについては秘密裏に処理すれば……全ては闇の中だったでしょう」


 ルーナは、怖かった。エヴァは微笑みを浮かべたまま、処理なんて言葉を簡単に口にしたのだ。


「だが、貴方は再調査依頼をして……結果、私達はアダムさんがゴーレムであり、かつアグニア家がゴーレム技術を保有しているという事実を知ってしまった。これは……エヴァさんの立場からすればマズイ状況では?」


 レムレスにはそこが不思議だった。エヴァにとって、メリットがないように思えたのだ。


「そうですね。強いて言えば……――でしょうか」

「……なるほど」

「え? どういうことですか」

「ルーナ。アダムさんが死んだ事は、エヴァさんやアグニア家にとっては想定外のことだったんだよ。それが何を意味するかというと……つまりアグニア家以外にもゴーレム技術を保有している存在がいることが分かった……と言うことだ」

「ええ。それで、アグニア家は政府とギルドにブクレシュを封鎖するように圧力を掛けました。ですが、レムレスさんの調査のおかげで分かったのです――ようやくということを」


 エヴァがそこで初めて表情を変えた。それはまるで――恋する乙女のような顔だとルーナは感じた。


「貴方は我々を利用した。おそらく……アグニア本家には再調査を依頼したことについては隠していたのでしょうね。独自に調査をすると共に、念の為我々にも調査をさせた。それほどまでに――貴方は彼を求めていた」

「ふふふ……利用されたことについて怒っていますか?」


 エヴァが目を細める。


「いえ。おかげで色々と分かりました。まあ厄介事が増えたような気もしますが……」

「どうやらレムレスさんは彼に随分と気に入られたようですね」


 まるで、旧友の……いや恋人のことを話すようにエヴァが嬉しそうに笑った。


「エヴァさん。は一体何者なのですか」

「教えるとでも?」


 エヴァの言葉を聞いて、レムレスが煙草を揺らした。


「アドネイと名乗ったかの人形師について、私なりに調べてみました。アドネイ――それは古ブクレシュ語で〝主〟を意味する言葉です。そしてそれを共通語の発音に直すと――、となるんですよ。アドネイの顔はアダムさんにそっくりだった。いえ、逆ですね。アダムさんの顔がアドネイに似せて造られた……ということでしょう――アドネイに敬意を表して」

「……偶然よ」


 エヴァが淡々とそう答えると立ち上がった。


「話はこれで終わりですね。それでは私はこれで」


 エヴァが部屋から出て行こうとする。


 その背に、レムレスが声を投げかけた。


「では、最後に。エヴァさん――?」


 その問いに、エヴァは少しだけ立ち止まって、短く答えた。


。では……また会いましょう」


 扉の閉まる音が響く。


「ふう……やれやれ」

「先輩……どういうことですか。もうわけが分かりません」


 ルーナがぐったりとした様子でソファにもたれかかった。レムレスは新しい煙草に火を付け、肺を煙で満たす。


「俺の推測であり、憶測に過ぎないがおそらく、アドネイは……あのブクレシュを滅びに追いやった人形師、その人なんだろうな。そしてエヴァもまた……彼によって造られたゴーレムなのだろう。そしてアドネイはブクレシュを滅ぼすと姿を消し、残されたエヴァはアドネイを探し続けた。そう命令されていたのかもしれない。エヴァとアグニア家の祖との関係は謎だが、おそらくどこかの段階で接触した。そしてエヴァという存在によって、ゴーレム作成や魔術は継承された。魔導産業はその副産物なんだよ」

「仮にそうだったとして……エヴァさんはあまりに人間的でした。ゴーレムだなんて……」


 そこで、ルーナはそういえばエヴァは前回来た時に、コーヒーに一切手を付けなかった事に気付いた。あの時はそういう気分ではないからと、気にもしなかったが。


「そっか、だから……エヴァさんはコーヒーを飲まなかった」

「エヴァは初期型のゴーレムだからだろう。ブクレシュの全盛期の時に造られたと仮定すると、ゴーレムに食事をするフリなぞいらないだろうからな。なんせゴーレムが一般的な時代だったんだ。まあだが、エヴァさんを見る限り、当時でも、あれほど人間らしいゴーレムはいなかったのかもしれないな。つまりそれだけアドネイが逸脱した人形師だったってことさ。おそらくだが、アドネイ自身も既にゴーレムと化しているだろう。でないと、何百年も生きていられるわけがない」

「……そんなのおかしいです」

「だがそう考えれば、全ての辻褄が合う」


 レムレスも内心はルーナと同じ気持ちだった。


 もしこの推測が正解であれば……あまりにそれは現代の常識と倫理から外れてしまっている。


「エヴァは、アダムが死んだ事によって、命令が書き換えられた事にいち早く気付き、アグニア家以外の人形師の存在を知った。そして、アグニア家の力を使ってブクレシュを封鎖、調査を始めると同時に、俺達を利用した。結果エヴァは何百年も探し求めていた自らの主――アドネイの影を掴んだ。その後、エヴァがアドネイと接触できたかどうかは分からない。が、厄介なことになっているのは確かだ。もしかしたらエヴァは既にアグニア家から離れたのかもしれないな。元の主の下に戻ったとでも言うべきか」

「レムレスさん。エヴァさんは……アドネイを愛していたのでしょうか」


 ルーナは思わずそう口にしてしまった。エヴァのあの態度を見る限り、そうとしか思えなかった。


「そう、命令されていたのかもしれない」

「だとすれば……それはあまりに悲しいです」

「だが、人間も同じような物かもしれないぞ。思い込み、刷り込み……人に人を愛させる方法はいくらでもある。例えば……恋人を目の前で自殺させ、傷心したところを慰め……自分へと愛情を向けさせる、とかね」


 タロスの事を思いだし、ルーナは心が沈んだ。確かに彼は最低な人間だったかもしれない。


 だけど、殺される必要はなかった。


「結局、タロスもそして俺達も……糸で操られた哀れな人形だったって事さ」


 悲しい人形劇だ。テーマは〝主の帰還〟、といったところか。レムレスが自分の考えの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう。死体は専門分野だが、人形となると話は別だ。

 

 今回全てが後手に回ったのはそれが理由だろうとレムレスは思っていた。


 結局、誰も救えなかった。


「アドネイが、こう名乗っていただろ〝貌無しフェイスレス〟と。おそらく奴が作った闇ギルドだと推測できる。あの召喚士のサラも所属していたような節があるしな。つまり俺達は――宣戦布告されたんだよ」

「……次は負けません」


 ルーナの肩をレムレスがポンと叩く。


「気負うなよルーナ。俺達は正義の味方でも何でもない……ただの保険調査員なんだ」

「……はい」

「まあ、嫌でも奴とはまた関わりそうな気がするけどな。その時は頼りにしているぞ」

「任せてください! あ、先輩、一応聞きますけど……先輩はゴーレムじゃないですよね?」


 ルーナが真剣な表情でそう聞いてくるので、レムレスは思わず笑ってしまった。


「さてな。もしかしたらそうかもしれんな」

「ええ!? もう誰も信じられません!」

「そういうルーナも寝ているうちに、ゴーレムにされているかもしれないぞ。ほら、良く見たら後頭部に令珠が……」

「ええ!?」


 必死に自分の後頭部を確認するルーナを尻目にレムレスは天井を仰ぎ、アドネイの言葉を思い出した。


なんて最高に絶頂しそうなことをする奴が他にいるなんてね〟


 そして、かつての恋人の声がまた頭の中でこだまする。


 〝レムレス……私を使って〟


「似た者同士……か。もしかしたらエヴァさんは……」


 それ以上は言うのを止めて、レムレスが立ち上がった。もし自分の考えが正しければ……アドネイは自分の未来の姿なのかもしれないな、とふと思ったのだった。


「先輩! 令珠なんてないじゃないですか!!」


 怒ったような表情を浮かべるルーナを見ていると、なんだか自分の思考が馬鹿らしくなったレムレスが煙草を消して立ち上がった。


「ん? ああ悪い悪い。気のせいだった」

「もう!」

「ほら、昼飯食いに行くぞ。午後からは別の案件がある」

「はーい。あ、奢りですか!?」

「今日だけだぞ」

「やったー!」


 気楽なルーナの姿を見て、レムレスは少しだけ救われた気がしたのだった。


 廊下に出ると、先ほどと変わらず冒険者達のブクレシュ封鎖に対する抗議の声が響き渡っていた。あんな遺跡は封鎖した方がいい。改めて、レムレスはそう思ったのだった。


 もう人形も、人形劇もうんざりだ。

 

 レムレスはそんな事を思いながらルーナと共に食堂へと向かったのだった。



 ――CASE2:【その人形劇は誰が為に】……調査終了――

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死霊術士は欺けない 虎戸リア @kcmoon1125

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