行方不明の動画

朧(oboro)

行方不明の動画


 あなたは寝る前にスマホで動画を見ている。


 何か目的があって見ている訳ではなく、眠気が訪れるまでなんとなく動画サイトを眺めているだけだ。見ていた動画が終わってしまったので、次に見るべき動画を求めてサジェストを見る。ひとつだけ毛色の違う動画がある。


『行方不明の動画』


 タイトルにはその一言だけで、サムネイルも暗すぎて何が映っているのかわからない。あなたはホラーや怪談に興味がある。その動画にも興味を引かれて再生する。


 サムネイルに映っていたのは鳥居だったようだ。今日はどこどこの神社に来ています、と男性の声が聞こえる。スマホかビデオカメラを手持ちで撮影しているようで、画面には僅かなブレがある。歩き始めるとブレはさらに大きくなる。カメラは獣道のような参道を上がっていく。足音から察するに、男性はこの暗い中を一人で撮影しているようだ。男性の声はこの神社にまつわる怪談を語る。それは祭神を粗末に扱った者が祟りを受けたとか、肝試しに来た大学生が行方不明になったとか、ありきたりな話である。男性の朴訥として平板な話し方も、あなたには少し退屈だ。再生を停止しようか迷うが、カメラが境内に着いたためもう少し見てみることにする。


 がらがらがら、と絵馬が風に鳴る。カメラは拝殿に寄って行く。年季の入った拝殿はとても小さく、と言った方が近いほどの質素な造りである。カメラは拝殿の周りをぐるりと回る。鍵掛かってますね、男性の声が言い、拝殿の格子戸に掛けられた錆だらけの南京錠がアップになる。絵馬ががらがらと鳴り続けている。特に何もないですね、男性の声が言い、カメラは拝殿を正面から捉える構図に戻る。


『じゃあ、おやすみなさーい』


 動画が終わるのかと思いきや、画面の端から男性が出てくる。男性はカメラに背を向けているため歳格好は分からないが、ダウンジャケットを着ているためそれが冬の動画であることをあなたは知る。男性は拝殿に歩み寄り、そのまま格子戸を開けて拝殿の中に入ってしまう。カメラは微動だにせずそれを撮影し続けている。格子戸が閉まる。絵馬が鳴り続けている。がらがらがらがら。


 あなたは違和感を覚える。格子戸には南京錠が掛けられていたはずである。男性はそれを外すような素振りもなく格子戸を開けた。今も映り続けている格子戸にも南京錠はしっかりと掛かっているため、戸が腐っていて落ちたという訳でもない。何かの方法で開けたとしても、格子戸の中に入った後で南京錠を掛け直すような動きはなかった。がらがらがらがら。というか、話者の男性が拝殿に入っていったのなら、この動画を撮影し続けているのは誰なのか。そもそも、この拝殿には成人男性が入るに十分な大きさがないのでは、とあなたが思うや否や画面が切り替わる。


『行方不明』


 真っ黒な背景に真っ赤な文字が大きく映し出される。がらがらがらがら。絵馬の音だけが続いている。動画に編集が加えられていることから、自主制作映画やそのプロモーションの可能性をあなたは考える。がらがらがらがらがらがら。絵馬の音をうるさく感じ、あなたは動画を停止する。がらがらがらがらがらがら。音は止まらない。動画サイトを閉じてホーム画面に戻るが、いつもの待ち受け画像ではなくあの拝殿と南京錠が映っている。がらがらがらがらがらがら。音はだんだん大きくなっていく。それがスマホからではなく部屋全体から聞こえていることにあなたはもう気づいている。がらがらがらがらがらがらがらがら。耳元で声がする。


「じゃあ、おやすみなさーい」



『行方不明』

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