「魔女よ、その心に説く」

00 始まりの死


 その日のことをロロはあまり覚えていない。

 突然のことで、頭が働かなかったのだ。何しろ大好きな姉が死んだと聞かされたそのとき、彼女はまだ十二歳だったのだ。死んだという言葉の意味はもう理解していた。

 やさしく、強く、いつでも凛とした姉の姿をロロは今も記憶している。理想の姿だった。大きくなったら自分も姉と同じように、やさしく強い人間になろうと思っていた。

 それなのに、姉はあっさりとこの世を去ってしまったのだ。

 ロロがぼんやりしている間に色々と動いてくれたのは、アセイドだった。姉の恋人であり、ロロにもやさしくしてくれた。哀しみはロロ以上かもしれなかったのに、彼はロロと同じく呆けた両親に代わり、葬儀の采配を行ってくれた。そして灰になるまで姉の姿を見守った後、一人静かに泣こうとしていた。

 ロロは人の輪から遠ざかるアセイドの後を付け、人知れず哀しもうとしていた彼に縋った。

「アセイド!」

 彼の背中にとりついて、泣き叫んだ。

「一人でなんて泣かないで! 私にまで平気な顔しないでよ!」

 びっくりした顔をして、振り返ったアセイドはロロを力一杯抱きしめた。

「ありがとう……、ありがとう、ロロ」

 そう言いながらアセイドは涙を流した。

 二人は気の済むまで泣いて泣いて、泣き続けた。そうしなければ哀しみを乗り越えることが出来なかったのだ。

 けれど泣いて気持ちが落ち着いたら、二人は姉のためになにが出来るかと考え始めた。アセイドはその時すでに新米の魔術使いであった。そのため、姉のように人のために動く魔術使いになることをロロに誓った。

 ロロはまだなにも動き出していなかった。けれど姉のようになりたいと願った。姉と同じ準魔術使いの資格を得て、アセイドの手助けをしようと彼女は決意した。


 それから四年の月日をかけて、ロロは準魔術使いの資格を取得した。

 その一年後には居住地であるニエス市の市役所に勤めることに決まった。そして更に一年の月日が経ったのである。



01 「魔女の誕生」―ミタカの魔術資格試験


 魔術資格適格認定対策課――通称魔女課。

 そこには魔術使いに用がある者や、魔術使いになりたい者たちが多く訪ねてくる。ロロの勤めるニエス市役所の当課もその例に漏れず、魔術使いの関連者たちが毎日やってくる。

「ロロ、おはよう」

 朝早くからのんびりと挨拶してくれるのは御年六十三になる魔術使いのサジャだ。彼女はニエス市の最年長魔術使いである。魔術使いとしてまだ現役であるが、最近は仕事をすることよりもロロと話をするのが楽しいようだ。

「おはようございます、サジャさん」

「いつも元気でいいわね」

「ありがとうございます」

 ロロが頭を下げると、サジャはくすくすと笑い出す。

「ロロ、今日は遅刻したの? 後ろ髪がはねてるわよ」

 慌てて後頭部を押さえる。顔が赤くなるのを押さえられず、俯きがちにロロは弁解した。

「遅刻はしていません。……ただ朝寝坊してしまいました」

「あらあら。夜更かし? だめよ?」

 はねた髪をごまかそうと、ロロは髪留めで後ろ髪を縛る。サジャの言葉に言い訳が出来なかった。夜更かししたのは確かである。

「何か手伝えることがあるなら手を貸すわよ」

「い、いえ、これは私たち役所の人間の仕事です。何とかします」

「そう? 何かあれば遠慮なく言ってね。これでも長く魔女やってるからツテはあるのよ」

「だ、大丈夫です! そのお心だけで十分です」

 ロロが昨夜していたことは、役所のある仕事のためである。魔女課という通称の通り、彼らに関することが主な任務である。その一つに魔術使いの育成とその資格の授与がある。

 ちなみに魔女という俗称は魔術使いだと長いということと、女性の魔術使いが多いことからいつの間にか言われるようになった。何故女性が多いのかはよくわかっていない。魔力を制御する力が女性の方が強いということが関係しているのかもしれない。とはいえ、全く男性がいないわけではない。最近は少し増えてきているようで、全体の三割くらいは男性である。

 そして今、ロロたちが助成している者も男性である。


 魔術使いとは、自身が有する魔力を用いて魔法薬の作製や特殊技能を用いた社会貢献をするものと定義されている。

 いまやニエス市庶民の星となっている魔術使いのアセイドは、魔法薬の開発と同時に精神療法といって人のストレスを魔力によって吸い取ることをしている。それにより彼の仕事場はいつも薬と治療を欲しがる者たちで溢れている。魔力を使って人の精神に直接手を下すのは危険を伴う行為だが、アセイドはその制御がうまかった。

 特殊技能は人によって様々で、先刻とロロと話をしていたサジャは失せ物探しの名人である。少しだけ魔力で過去をのぞくことができるという。大きなことはできないが、かつては失踪事件などで手を貸したことがあると聞いている。

 ただ、それら技能ははじめからわかっているわけではない。魔術使いになるためにはまず魔力の制御がある程度できること、そして魔法薬の作製が確実に行えることである。特殊技能がなくても、魔法薬の製造だけでも十分の魔術使いとしての役割は果たしているのだ。

 しかしその魔法薬の製造が初心者には難題であるのだが。


「クリクさん、これでどうですか?」

 修練室を訪ねると、ミタカがクリクに課題を提出しているところであった。ミタカは今度の魔術資格認定試験を受ける予定の少年である。ロロと同じ十七歳で、魔術使いを目指している。

 先輩のクリクは試験に合格するためにミタカを指導している。魔女課にとってこれも重要な仕事である。

 魔術使いになりたい者を正しく指導する。そうすることで魔女課との繋がりが合格してからも続いていくし、人となりがわかっているので見合った仕事を適切に回すことができる。

 ただ魔女課の支援があったとしても必ず合格するとは限らない。本人の努力が不可欠なのだ。

「ミタカ、これなにを混ぜたんですか」

 クリクが眉間に皺を刻んでいる。普段はやさしく微笑んでいる彼女もどうやら異臭には勝てなかったようだ。部屋の外にいるロロにまで泥臭さが鼻に臭ってきた。

「言われたとおりにしましたよ」

 不服そうに口をとがらせるミタカには嗅覚はついていないのだろうか。

「わたしは白玉を作ってくださいとお願いしたはずです。なんです、これ」

「だから言われたまま作りましたよ」

「貴方、鼻は大丈夫なんですか」

 鼻を押さえたクリクが尋ねると、ミタカは納得顔で苦笑する。

「もう鼻なんて効きませんよ」

 何故か自慢げである。

「な、なにをいれたんですか」

「えー? 言われた通りに調合しましたよー」

 三度も言われたままと言われてはクリクも返す言葉がないのだろう。だがロロはその異臭の原因に覚えがあった。

「ミタカ」

 呼びかけると二人がロロに気付いた。鼻を押さえながらロロも部屋の中に入る。クリクが限界と言いたげに白玉(仮)を机に置いた。そして数歩下がる。

「ミタカ、これ作るとき何か食べながら作った?」

「食べながら? まさか。だって作るときに物食べるなんてそんなん自殺行為じゃん」

「でもこれ簡単だけど時間かかるでしょ? ツグメ実とか摘まなかった?」

 ツグメ実はニエス市の特産の果物である。そのまま食べても甘酸っぱくて美味しいけれど、乾燥すれば長持ちするお菓子になるし、酒に浸せばツグメ実酒ともなる。何かをしながら摘むにはちょうどいいのだ。

「あ、あー……」

 ミタカは何かを思い出したようで、弱り顔で後頭部を掻いた。

「そういや食ったわ。でも中には入れてないよ。調合室では食べたけど」

「ああ、そういういことですか」

 クリクにもようやく事態が飲み込めたようだ。

 ツグメ実は熱を与えるときつい臭いを発生させる。食べかすが服に付着して、鍋の中に落ちたのだろう。しかしこの異臭をおかしいと思わずに調合し続けたのはすごいことだ。

「ミタカ、飲んでください」

「え?」

 自分が作った物をクリクに突き出されて怯む。鼻が麻痺したとは言っても臭いがすることはわかっているのだろう。喉をごくりと鳴らして半歩仰け反る。

「大丈夫です。ツグメ実は臭いだけです。これが入っても成分に問題はありません。臭いだけ嗅がなければ大丈夫。さあ、試してみてください」

 詰め寄られてミタカはロロを振り返ったが、彼女は明後日の方向を向いている。

「……ちくしょー! 男は度胸だ!」

 観念してミタカがクリクから白玉を奪い取る。そして一口で飲み込む。

 白玉とは薬の一種である。滋養強壮の薬で、最も多くで回る薬ともいえる。丸薬としては簡単な部類でこれができなければたとえ無認可だとしても、魔術使いと名乗ることはまず無理である。

 ミタカはしばらく口の中に含んだまま躊躇っていたが、クリクとロロの両名から急かされると諦めたのかごくりと喉を鳴らした。

「どう?」

 尋ねるクリクにミタカは目をまん丸にして驚いた表情を浮かべる。

「あ、れ? ……普通の白玉っぽい。気がする」

「臭い以外は普通の白玉ですよ」

 目を瞬かせるミタカにクリクは満足そうに頷いた。

「ツグメ実は摘むには最適ですけど、調合中は別の物にしてください。というわけでミタカ、もう一回白玉を作ってきてください」

 今度はちゃんとした臭いの白玉で、言い足す。

 苦笑いを浮かべながら、ミタカは了承の返事をした。


2

 修練室から離れ、受付に戻るとノーズが丸薬の説明をしていた。

「ええ、こちらがご所望の商品になります。ただもしまだ痺れがあるようでしたら教えてください。調整いたします」

 頭を下げてお客様は帰っていく。

「ノーズさん、すみません」

「いいえ、今のお客様はわたしの納品を待ってらした方ですから、構いません。でも不在の札が掛けられてませんでしたよ。気をつけてくださいね」

「はい」

 ノーズはロロとクリクの上司である。魔女課の課長であり、そして魔術使いでもある。通常魔女課の職員となるには準魔術資格を持っていればなることができる。ただし、平職員の場合に限る。

 魔術使いの手のひらに文様がある。それは魔女課が認定した証であり、その証を与えることができるのは同じ魔術使いのノーズにしかできないことだ。魔女課職員の課長に代々受け継がれている魔術の一つである。

「そういえば今ミタカが来ていましたよ」

「ミタカ君、頑張っているようですね。男の子で魔術使いになれる人は多くありませんが、よい結果が得られるようにわたしも祈っています」

 ノーズは修練室の執務には関知しない。試験を行うのは彼女であるからだ。試験まで助けるのは魔術使いではないクリクとロロの仕事である。だが全員が合格することはない。どんなに努力しても、やはりなれないときもある。一度試験に落ちたとしても再度受けることは可能だが、多くは一度不合格になると諦めてしまう。試験のために得た知識を使って別の仕事を考えるからだ。

「ミタカ君はどうですか」

「うーん、見込みがないわけではないと思います。変なミスをしなければ丸薬類はきちんと作れるみたいです」

 先刻のツグメ実のような失敗を除けば白玉も成功である。






ニエス市 ツグメ実→甘酸っぱい果実

02 「天才と呼ばれる魔女」―アセイドのこと。

03 「魔女を支える者たち」―ミタカの初めての魔女仕事

04 「魔女を罰する者たち」―レミーと一緒に悪い魔女を退治する

05 「記憶の中の魔女」―ノーズからあまり魔女と仲良くしてはいけないと言われる。

06 「すべての魔女に告ぐ」―アセイドの詐欺行為を発見。


魔術資格適格認定対策課

・魔術使い(女が圧倒的に多いことから通称魔女と呼ばれる)の資格を与えることができる。

・魔術使いになりたい者への意欲、勉学を助ける。

・魔術使いの資格を持たずに名乗る者へ罰則を課する権限を持つ。

・魔術使いの資格を有する者がその資格にそぐわない行為をしたことが認められたとき、資格を剥奪する権限を持つ。


■ロロ

女の子。彼女自身は魔術使いではないが準魔術使いの資格を持つ。それがないとこの課にはくることが出来ない。

一番下っ端。受付担当。

六年前に姉リリを事故で亡くしている。街の火事に巻き込まれた。その時の姉の恋人であるアセイドに魔術の才能を見いだされ、準資格をとることを決める。実際にとったのは16歳の時。。18歳。私


■ノーズ

上司。三十代の魔術使い。夫と子供が二人いる。魔女資格をとったあと役所付きとなる。自分自身も魔女の仕事を持つが役所の契約魔女の尻拭いもする。実際に資格認定を下すのは彼女。

34歳。わたし


■クリク

先輩。準資格を持つ。気は弱いがやさしく粘り強い。魔術使いになりたいものへの補佐が主な仕事。また外回りの仕事もこなす。定期的に魔女のところを回っている。

23歳。わたし


■アセイド

男の魔術使い。珍しいことと優秀なことで有名。だが黒い噂もある。世間は単なるやっかみだと思っているようだが? ロロの姉の恋人だった。姉を亡くしたロロにやさしくしてくれた人。盲目的に善人だと思っている。

29歳。僕。


■レミー

役所に仕事をもらいにくる新米魔術使い。おしゃべり大好きで、よくロロの受付に入り浸っている。噂好きなので結構な情報通。そういうところを仕事に使っていることもある。

19歳。あたし


■ミタカ

現在魔術使い資格の勉強中の少年。クリクについて勉強するが、同年のロロのことが気になっている様子。家族に負担を掛けたくないと頑張ってる。

18歳。俺


■サジャ

63歳最年長の魔術使い。もう半分引退しているが役所にしょっちゅう顔を出し、相談役となっている。孫が今14歳で、孫自慢をしにくる。わたし


■ユリ―

サジャの孫娘。祖母にしこまれて現在魔術使い認定を目指している。時々役所に現れ、三人を癒している。あたし


■リリ

享年20歳。ロロの姉。アセイドのかつての恋人と思われているが、実際は違った。本当はロロと同じく魔力を見える体質だったリリを利用しようとして近づいた。だがそれに気づき、告発しようとしたところを事故に遭う。ロロにはあまり関わらせないようにしていたが、隠れて会っていたっことをリリは知らない。


――――――――――

かなり昔に何かの賞に応募しようかと考えた話。

未だにこれは練り直して書こうかと定期的に思うのだがうまくいかない。

それなりに長い話にする予定だったので章仕立てで作っているんですが、まあ、無理だったようです。でもネタとしては好きなものを突っ込んでいる。捏ねて衝いてなんとかならんかな……


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