ダイナーKと切り裂かれたパンティ
新巻へもん
怪事件は朝食の後で
「いらっしゃい。お、ヤーブスの旦那じゃないっすか。今日はお早いことで。夜勤上がりですかい?」
ユース・ジリノフがカウンターの向こうで人懐こい笑顔を向ける。署の向かいにあるダイナーKのオーナー兼メインシェフだ。ちなみに店名はユースのミドルネームが由来らしい。
世の流れで禁煙になる店が多い中でダイナーKは煙草が吸える。舌を火傷しそうな珈琲がいつでも飲める。それだけでも署のそばの店として勝利を約束されたようなものだったが、メシも旨い。俺はちょっとべたつくカウンターのスツールに腰掛けた。「いつものやつ」
首をひねって黄ばんだ壁紙の前のブラウン管のテレビに目をやった。どっかの飛行機からニンジャが飛び降りたというニュースをやっている。リモコンに手を伸ばしてチャンネルを変えたがどこも似たような兄ちゃん姉ちゃんが飛行機をバックに大仰な表情でしゃべっていた。つまらん。
俺は鼻を鳴らすと前に向き直って端に積んであるグラビアを手に取った。女神が申し訳程度の布切れを張り付けて輝かんばかり微笑みを見せている。俺のような職業だとなかなかお目にかかれない人種だ。数ページめくっているうちにドンと皿が置かれた。カリッカリに焼けたトーストの上でバターがもだえ、分厚いベーコンと
俺はナイフを入れた瞬間に卵が流れ出す片面焼きが好みだった。ユースは俺の好みに対して過不足ない仕上げをしている。次いでトンと大きめのマグが提供され、その香気を嗅いで俺はニヤリと笑った。ハイランドのシングルモルトの逸品が垂らしてあるのは間違いない。
結構な朝食を取り終えて食後の一服を楽しむ。満ち足りた余韻に浸るこの瞬間は大統領にだって勝った気分だ。さて、今日はどうすっか。署を出た時は半分死んでいたが今じゃすっかり生き返った感じがする。そこで懐にしまったみょうちきりんな短刀のことを思い出した。
ハイスクール時代の同級生の顔を思い出す。今では博物館で研究員をしているはずだ。変わり者だったがこういう古くて変な物には詳しい。俺は朝のかき入れ時を迎えて混み始めたダイナーKを後にした。
***
俺は頭を振る。鉛を詰め込まれたような最悪の気分だった。何があったのか必死に思い出そうとする。ダイナーKを出てしばらくして眩暈がしてからの記憶が無い。必死に体を起こすとベッドが軋んで抗議する。カーテンの隙間から洩れる夕焼けに照らされた部屋の中には色とりどりの下着が散乱していた。
ダイナーKと切り裂かれたパンティ 新巻へもん @shakesama
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