第3話
お忙しい中申し訳ありません
グランドデザインの三木と申します
竹下美術館の新設工事に関してご挨拶をさせて頂ければと…ご担当者さま、おられますか?
今日もこのくだりではじまった一日
俺は水辺や景観をデザインする会社の営業だ。
どうやって売り込もうか…水盤とモニュメントで2000万程からか。いや~値切られて半値8掛けかな。まあそれでもとりあえずいつもの「設計のお手伝いさせてください!」攻撃で食い込むか
役所への挨拶回りで設計事務所を教えてもらい、基本設計段階からプロジェクトに参画。設計ではなくあくまで「施工」で実をとるのがいつものわが社の定石。
「お待たせしました~久城です!
いや~いつもグランドさんマメですね~。
竹下の件ですよね!今回も良いものになれば良いんだけどね~。担当は実は係長の佐倉になってるんだけど、今打ち合わせに入っちゃってね。もう少しで戻ると思うんだけど。」
久城さんは何件か一緒に物件を担当した計画課の課長。役所的ではないデザインメガネが特徴。好きなものは80年代アイドル。少し話を振ってみる。
「いや~松田聖子って今聴いても新鮮ですよね~」
以前話題になった松田聖子ネタでまずは掴みのご挨拶
「ああ聖子ちゃんね!聖子ちゃん!!聴いたの?やっぱり珊瑚礁からスイートピーは異次元でしょ!」
久城さんは必ず「聖子ちゃん」と呼ぶ。これを崩したことはない。彼の拘りもまたキャラを立たせている。
今日は松山市の仕事で久城さんの計画課、気が楽だ。
「じゃあそこで待ってて」
いつも定番の第二打ち合わせ室は縁起がいい。殺風景なパイプ椅子とテーブルだけだが、何だか気持ちが落ち着く。
すると程なくして担当係長がやってきた
「お待たせ致しました。担当の佐倉です。どうぞおかけください」
名刺を交換し席に着くのだが何か違和感を感じる。それは佐倉さんの風貌のせいか?設計士のようなジャンパーをしっかり着込み髪は短く整えられている。「ダサい」というのではなくやけにきっちりしている。所謂「隙がない」タイプの様だ。
久城さんなら世間話9割りで話を持っていけるのに…この人は乗ってこなさそうだな…それでは正攻法で。
「本日はお時間を頂き有り難うございます。竹下美術館の件でお話を伺えればと思いまして」
その後景観に水辺やモニュメントを加える意義、美術館に相応しい空間の提案、一緒に最高の物を作るお手伝いをさせて頂きたい…様々な言葉を並べ話を進める。
「ところで佐倉さん、設計はどちらになるんでしょうか?」
やっと本題に入った時には既に10分以上経っていた。それまで黙って話を聞いていた佐倉さんがようやく口を開く。
「なかなか予算がないんですよ。やはり水辺はメンテナンス費用もかかりますし、イニシャルコストもかかりますよね」
マイナストークからのスタート。それはいつもの事、折り込み済み
「佐倉さん、想像してみてください」
水辺がどれだけ心を癒し美術館の価値を引き上げるか。何よりも人々のいこいの場、市の象徴的な場となり得ることをとうとうと訴え続けた。我ながらなかなか感動的なスピーチだった。そろそろ最後のトークにかかろうとした時、佐倉さんが静かに話し始めた。
「おっしゃる事は凄く良くわかります。水辺に癒しの効果があることも理解しています。しかし私は全ての人が安心して利用できる美術館が大切だと思っています。何よりも大事なのはスロープや手すり、細かな案内など必要な方に配慮した設備だと思います。安心安全が最重要なのですよ」
佐倉さんとの話は終わった。
並行線?ではない。こちらの話はしっかり聞いてもらえた。しかし何だこの違和感は?
車椅子用のスロープや案内など備え付けるのは当たり前じゃないか。安心安全も当たり前。佐倉さんの言っていることが今一つ飲み込めていない自分がいた。
何だかもやもやしたなか、次の訪問の道すがらに数年前に出来た美術館を見に行った。モダンなデザインに小さいながらも水辺空間、モニュメントがあり他社の仕事ながらちょっと感心してしまう。
そんな美術館を何気なく眺めていて思った。そう、今のデザインはもっとユニバーサルデザインが進んで人に優しくなっているよ。しかもそれは設計士さんが考えることで俺の仕事じゃない。素敵なデザインは人に癒しや刺激を与える。
そう自分に説明している頭の中で佐倉さんの「必要な設備」という言葉が邪魔をしてくる。確かにスロープはある。しかし本当に車椅子の人が一人で移動できるスロープになっているのか。高齢の人達が何の躊躇もなく訪れて楽しめる場所になっているのか。本当にこの世の中は幸せなのか…美術館の前で自分の心はそんな事をぼんやり考えていた。
いやいや、俺がそんな事を考えるのも可笑しいだろ。何だかキャラでもないし。口だけしか取り柄?のない俺が考えてもね。早く次の設計事務所に行って、来年の新設公園の打ち合わせしないと。なんだかな~調子狂っちゃうな~
そんな事を考えて歩きだす。
まだ時間あるか…
ふと見ると駅前に本屋がある。
少し今のユニバーサルデザインの本でも見とくか、次も突っ込まれたらたまらんからな
そう考え関連の本を立ち読み
他には何かないか?
本屋の中を少し探索
高齢問題、児童問題…所謂医療福祉問題というやつか。
こりゃ資格社会だし大変だよね
俺には無関係
そう思って立ち去ろうとした時、一冊の本が目に止まった
「相談援助」
相談の援助?相談するの?
意味も解らずに本をパラパラ斜め読み。
精神的に辛い人には仕事を辞めろという。
経済的に辛い人には公の制度活用をしろという。でもどちらも一方通行でその双方を上手くミックスして支援する事はない。
でもそれを各所に働きかけ、上手く調整する調整役の仕事。
ん?これって今まで思っていたのと違うぞ。どちらかというと、営業の仕事に似てる。これなかなか面白いかもしれない…
そう、これがその後に社会福祉士という資格を取り、何故か病院のMSWという仕事をする事になってしまった俺の最初の一歩になるとは…。波乱万丈?というにはあまりにも情けなく行き当たりばったりの毎日がはじまるのだった…
MSWのひとりごと @yuichi7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。MSWのひとりごとの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます