第2話

「それってラポールの事じゃない?」

僕の話を聞いて小川みのりが感想を言った


小川みのり(28)

相談員歴2年目の先輩

ちなみに彼氏はいない

笑い声がガサツだから彼氏ができないことを僕は密かに知っている


「だからラポールだって!信頼関係の事よ。佐田さんは面談する前にラポールを築く事。その大切さを言いたかったんじゃないかな?」


昨日の佐田さんの面談。7人の家族とのやり取り。その話を小林さんにしてみたら…


なんだよ、みのり

先輩だからって歳変わんないじゃないの

偉そうに!

でも…そうかもね

確かにどこの馬の骨ともわからないやつがいきなり大事な説明始めても、こいつ大丈夫か?って思うわな~。

ところで佐田さんはどこ行った?


「あれさっきまで佐田さんいなかったっけ?」

「ああ佐田さんね。また例のあいつが……」


最後は小声で聞こえなかった


「え?誰が来てんの??」


バシっ!


イテッ!!


思いっきり頭を叩かれる


「だ~か~ら~あいつがきてんのよ!」


小声だけど気合いが入って通常の声量になってる。思いの外かわいい奴だ。


例のあいつ…

木村省吾


母親が骨折で入院してきた時に息子からの虐待を疑い佐田さんが役所の担当と面談したヤクザ崩れの男。それが省吾。

結果的には措置入所で親子を離すと判断されるも母親の強い反対で結局退院後、再同居となる


「でもそれって2年ほど前の話らしいじゃないの。それがなんで今さら関わってるのよ」


「私も当時入ったばかりで凄い事が起こってると思った。それから暫くは何もなく過ぎていたんだけど、最近外来に来るようになってね。その時に佐田さんに、成川先生を殺すって言ったみたいで」


えっ?今なんつったの?


「なにそれ?そ…それって警察沙汰じゃない!てか早く警察に通報しないと!」


あわてふためく僕にみのりは静かに諭し始めた


「あ~の~ね~。当然この事は成川先生も知ってるだよ」


「え?それなら尚更警察に言わんかいってなるよね!ね!ね!」


「いやいやそれがね…成川先生曰くほっとけと。俺が逆にぶっ◯してやろうか!って言ってたみたい(笑)」


(笑)じゃね~よ!こいつら頭おかしいんじゃないのか?しかも佐田さん今日も1時間近く木村の話を聞いててまだ帰ってこないじゃない?刺されたらどうすんだよ!


ーーーーーーーーー


駅前の居酒屋

刺身が抜群に旨い

今日は渋く日本酒の気分だ

独り静かに

杯を傾ける


「って…なんでみのりがいるのよ?」


「はぁ?何言ってんのよ!あんたが今日の話聞きたいって、奢るからって無理やり引っ張って来たんじゃないのよ!」


そうだった。最初はね…でも話を聞いてるうちに異次元に逃げ込みたくなったのよ。だってさ…


1時間前


「そういえば、佐田さんってあんな人に好かれるっていうのかな?扱いが上手いというか…」


あんな人とは当然木村の事


「聞いた話じゃ佐田さんが入職した時に相談がある!って一人の男の人が相談室に駆け込んで来たらしいの。佐田さんがその人の後をついてあるアパートの一室に行ってみると、腹に包丁を突き立てようとしている男の人が座ってたらしいの。笑うでしょ(笑)」


だから(笑)じゃね~よ!


「でね、それも解決しなきゃいけないって佐田さん思ったらしく、2時間かけて説得したらしいの、包丁男を。ホント考えられないよね。そんなんMSWの仕事じゃないよね~」


いやいやそれ以前に警察呼べよ


「でね、自称ヤクザの親分が入院してきた時なんかね…添い寝してね…笑うでしょ、(笑)」


(笑)じゃね~よ!てか意味わからな過ぎて話半分聞こえんかったわ!

という事で現実逃避中…


「三木…でもね、佐田さんいつもね…って寝てんのかい!」


涎を垂らしてまたしても眠りに落ちてしまった駄目な僕でした。


ーーーーーーーーー


「佐田さん…いるかい?」


相談室に浅黒い男が訪ねて来た

一目でこいつが木村だとわかった


「さひゃ…佐田さんです…か。今出かけてます!」


また変な声が出ちゃった!

「出かけてる…」なんとかごまかそうとして滑った感じだ。


「そうか…なら伝えといてくれ。あれ…やるからって…」


ひぇ~!!何言ってんのこいつ!

成川先生来るのって明日じゃん

やばいやばい。何こいつホントに!


成川先生は精神科の先生

外部の医師で週に一回、入院患者さんの投薬や診察サポートをしてくれている。

早く佐田さんに知らせなきゃ!

って…なんで佐田さんそこにいるんっすか?


「旨いなこれ。クリーム甘すぎなくて」


って佐田さんケーキ食べてるし。

って佐田さん口にクリーム付いてるし

お茶目さん♥️…って言ってる場合か!!!


「佐田さん!木村さんがあれやるからって、必ずやるからって、絶対やるからって。成川先生の事ですよね?!やばいんじゃないじゃないですかね?」


もう焦り巻くって何言ってるのか解らなくなってきた。


「ふぉ~んそふか。ふぁんふぁかせふぃふふえふぇなふぁか?(ふ~んそうか…何だかセリフ増えてないか)」


う~ん、焦りのあまり発言を盛りに盛ったのは間違いないが

…佐田さんケーキ一口で頬張りすぎ。てか甘党か?てかそんなキャラだったんですか?


ーーーーーーーーー


ふぅ~…結局一睡も出来んかった

今日は成川先生が来る日

ひぇ~目の前で事件が起こるかもしれんのに、悠長に寝てられるか!


「三木遅いよ!今日はリハビリのカンファレンスじゃないの!」


やべ、事件の事で頭がいっぱいですっかり忘れてた。


今日は週に一回あるリハビリ会議。医師・看護師・セラピスト・MSWが一堂に集まり患者の現在を報告する。


「竹下さんのリハは順調です。そろそろ家屋評価に行きたいのですが」


「三木、何時くらいに調整できる?…おい?三木?うん?」


完全に眠りこけていた僕に雷が落ちたのはいうまでもない


「あんたどうしたのよ。私がフォローしたから良かったけど、整形部長に目をつけられるとやっかいだから」


師長が呆れ顔で聞いてきた。


「何か悩みでもあるの?ケースのこと?でも今そんな困難なケースやってるはずないんだけど。えっ?これでも難しいの?それじゃあ出来る事が…」


師長、完全に先に行き過ぎ。今のケースはそつなく、なんとか、ギリギリ出来てますよ!

師長、チッていう残念な顔しない!僕をどうしたいのよ!

そんな事より事件が起きそうなのよ。事件よ事件!!事件で~す!


少し落ちついたところで事の経緯を師長に話してみた。びっくりしただろ。焦っただろ。警察だよね。慌てて電話したいのは解るけどちょっと待ってね。冷静に…


「ふぅ~ん」


「…」


「で?」


「いやいや…でって?」


「だから何?」


「何ってびっくりしないんですか?心配しないんですか?」


この人たちはみすみす事件を起こしたいのか?


「まあまあ気持ちは解らなくはないけど、成川先生と佐田さんに聞いて見たら?」


ーーーーーーーーー


カンファレンス後、家屋評価の打ち合わせを終わり部署に帰って僕は見てはいけないものを見てしまった。


「ほのひゅーくひーふ、ははくなひへふね(このシュークリーム甘くないですね)」

「はふぁはふぃひぁへふぇへひふぃふぁろ(甘さ控えめで良いだろ)」


何してんだこの二人は


成川先生と佐田さん


思いっきりシュークリームを口に頬張りすぎてちゃんと喋ってないじゃないの?てか甘党か?あの~もうひとつ手に持ってるシュークリームを離しなさいよ!もう十分口に入ってるんだから離しなさいよ!


「木村さん、今回はどうだった?」


「まあいつも通りですね。ついさっき《今回は止めとくよ》って言ってきました」


「そっか!そりゃ良かった!(笑)」


だから(笑)じゃないの!


成川&佐田よ。あんたらの会話がいまいち飲み込めんのだが?どーいうこと?


「ああ三木君だっけ?君は初めてだったよね木村さんの事。」


初めて?どういう事?


「実は木村さんは僕の患者でもあるんだよ。母親が入院した時には彼は酔っ払っていた。自分を押さえられなくて母親に手をあげてしまった。悔やんでいたよ。母親の退院後に佐田君が木村さんに僕の所に通うように勧めてくれてね。」


ふむふむって…へ?


「もともと木村さんは依存心が強かった。数ヶ月診察した後に私への依存傾向も見られてきた。意図的に距離をおくようにしていたら、それが攻撃的な部分として現れて来てしまった」


「その時に私に外来で偶然会った木村さんは、奴を殺してやると先生の事を…」


佐田さんが続けた


「落ち着くように話をし時間をかけて話を聞いてみた。すると木村さんは先生は自分を見捨てた。信用してたのに裏切られたという。僕はその時に、そりゃ酷い、木村さんの気持ちを解ってない!って木村さんの考えに共感してみた。しかし不思議な事に共感すればするほど木村さんは落ち着いて来たように見える」


成川先生がその言葉を受けとる


「多分独りで抱えてきた誰にも解ってもらえないという気持ちから解放されたんだろうね。でもその不安というのは厄介な事に定期的に襲ってくる。その度に共感出来る理解者が必要となる。申し訳ないけどその都度佐田君に話を聞いてもらっているというわけ」


「前は案外頻回でしたがこの頃は大分減ってきました。今は3ヶ月に一度位ですね。」


前はってどのくらい…


「もうそろそろ2年になるかな(笑)」


(笑)じゃないでしょ!2年もこんなことやってんのかよ!


「木村さんには時間をかけたリハビリが必要なんですよね。人を信じるっていうリハビリが。私は話を聞くたびに最後にこう言うことにしていました。《それ、次にしませんか?》と」


佐田さんが続ける


「でもね、数ヶ月経った時に木村さんから自分で《やっぱり今回は止めとくわ》って言って来た。それが今でも続いている。強い自分を演じなくて良いんだ。苦しいときには誰かに頼っていいんだ。周りを見れば見守ってくれている人はたくさんいるんだということが実感出来てきたんだと思います」


成川先生は頭をポリポリかきながら


「佐田君には申し訳ないと思っているよ。毎回木村さんから話があった時には連絡をくれて…こんなに長く支援してもらってね」


「でもね、私は先生が買って来てくれるシュークリーム好きですよ」


成川先生は木村さんの話があった時には必ずシュークリームを買って来てくれる。


シュークリームを挟んで微笑みあう成川&佐田。実に奇妙な組み合わせである。


ーーーーーーーーー


「佐田さん…いるかい?」


えっ?デジャブ?まだ一週間しか経ってないよ?


「き…き…木村さんですよね。お久しぶりです」


ほへ!緊張し過ぎて変な事を言っちゃった。


「まあ意味がわからんがいいや。佐田さんに言っといてくれ。引っ越しすると。世話になったんでな。」


へ?いきなり?大丈夫なのか?


「成川には未だに腹立つけど佐田さんには一番話を聞いてもらった。長い間付き合わせちまった。今では他にも話を聞いてくれる人もできた。少し自分自身でやってみるよ」


僕は少し心配でお節介な質問をしてみた


「もしまた嫌な気分になったらどうするんですか?」


木村さんは笑ってこう言った。


「その時はまた佐田さんに話を聞いてもらうよ。そしてまたいつもの言葉を言ってもらうよ…」


何だか木村さんの顔が別人に見えた


「それ次にしませんかってね」


ーーーーーーーーー


今日は竹下さんの家屋評価。家屋評価とは退院後自宅に帰る前に主にリハビリ担当と相談員が患家を訪問し、動線の確認や必要なサービスの検討を行う。謂わば退院に向けての下見という訳。


「こうやってみんな自宅に帰るんですね」


初同行の新人リハさんが感慨深げに呟く


「そうだね、準備がどれだけ大事か、良く見といた方が良いよ」


かなり上から目線でそう話した僕も実は初めてでして…エヘ。


みんな元の生活に戻るために準備をしてるんだよね


今日は晴れ、快晴だ!!!


良い日になりそうだね

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