MSWのひとりごと

@yuichi7

第1話

「出ていけっていう事ですよね!」


僕は新人相談員の三木五月

今患者さんの娘さんと「転院」の面談最中。

相談員っていうのは病院ではMSWと呼ばれ、仕事のひとつが転院の調整。

その面談の最中なのですが…


「はっきり言えばいいじゃないですか!出ていけっていう事ですよね!」


バン!


机を叩き娘さん部屋を出て行っちゃったんですよね。で…今その後を追いかけている最中なんです。


「一旦面談室に戻りましょうよ。もう一度順を追って説明を…」


と言いかけた途端、ハンドバッグが飛んできた。


「ヒェ~!!」


相談員になって1か月。社会人になって5年。当然の事ながら、仕事中にバックを投げられた事など一度もない。


「ちょ…ちょ…ちょっと待ってくださいよ。病院には役割が有りましてですね…」


バン!


今度は雑誌が飛んできた。


「ひゃ~!」


当然雑誌を投げつけられたことも人生はじめて。


ーーーーーーーーーーーー


「佐田さん、どうしたらいいっすかね~」


佐田さんは3年目のMSWの先輩

動きは早いしいつもキビキビしている感じ。ちょっと話しづらいけど、今はこの人しかいない。


「バック投げたり雑誌投げたり酷くないっすか?制度がそうなってるんだからしょうがないですよね。それを説明しようとしてるのに…」


佐田さん、顔も上げてくれない。

話聞いてんの?


「佐田さん、佐田さん!聞いてます?丁寧に説明しようと資料作ったりしてるのに。なんでこんな目にあうんですかね。医者や看護師は感謝されて、なんで相談員にはそうなんすかね!?」


佐田さん、本当に聞いてます?っと思った


「お前、説明する前に…」


え?佐田さん喋った!!


と思った瞬間佐田さんのPHSが鳴った。


「はい、はい、503号の日吉さんなら今転院先を調整中です。それと並行して明日家族が又来られるようなので、再度面談をする予定です。え?今から遠藤さんのICですか?解りました、今から行きますね」


話終えると佐田さん飛び出して行っちゃった。


あの~佐田さん~「説明する前に」なんなんですか~。でもそんな事言ってられないよね。もう一度部屋にいって話を聞いてもらわないと。


田代さんは金持ちなんだろうね。個室代20000円の部屋に入ってるんだから。ちょっとした応接もあるしね。


「田代さ…さ…さん…、さっきのお話なんですが…」


こっそりゆっくり601号のドアをすこ~しだけ開けてみたが、返事はない。


いない。

いない。

少し~残念、すご~くホッとする(思わずニッコリ)。


「田代さんの娘さん、帰ったよ」


オエ!


びっくりし過ぎてかなり変な声が出ちゃった。


ま…まさか…


恐る恐る振り返ると、そこには師…師…師長!!!


「なに変な声だしてんのよ」


いや~出るでしょ!振り返ったら鬼…いやいや師長が立ってんだから!


「どうだった?今日の面談。希望は聞いた?大体の見通しは?」


こりゃ理不尽な目にあった事を説明しないと!!びっくりするよ!


「信じられます?説明してたらいきなりバンン!ですよ!」

「…」

「しかもバック投げられて!」

「…」

「と…当然追いかけましたよ!そしたら今度は雑誌ですよ!雑誌!」

「…」



師長、無表情?いやいや、既に顔が…鬼?


「はぁ(ため息)…君…ちゃんと武士に聞いて仕事してる?」


「武士?ですか?」


「ああ、ごめんごめん。佐田さん佐田さん」


「佐田さんですか?今まであまり喋った事なくて。あの人取っつきにくいじゃないっすか。でも今日少し話かけたんですがタイミング合わなくって。運命合わないみたいな!」


師長クスリとも笑わず。撃沈。


「佐田さんに聞いてみなよ。何かヒントくれるよ。だって私も調整方法は佐田さんから教えてもらったんだから」


「え!!!」


病棟のコントロールをするのは師長の重要な仕事。その中でも転院調整や在宅支援は師長とMSWがコミュニケーションを密にして進めていくっていうのは知っていた。


「私も師長には最近なったから。私の前はベテランでめちゃくちゃ頼りになる師長だったのよ。その人が定年になるときにまだまだ半人前だった私を師長に推薦してくれた。私には無理だと断ったんだけど、貴方なら出来るって。私を信じなさいって。そして調整の事で解らないことがあったら佐田さんを頼りなさいって…」


えっ?師長が教えてもらう?


「入職したのはほぼ同時期だったんだけどね、その時佐田さんは異業種から転職してほぼ素人だったみたいだけど、何故かたった一人で相談員やってて…。何だかドタバタやってるのは知っていたけど、大変だな~位にしか思ってなかった。その後前の師長とどんどんケースをこなしていって、何時しか患者さんや家族だけじゃなくスタッフの相談員にもなっていた。何だか笑うでしょ。」


佐田さん異業種転職組?じゃあ僕とおんなじじゃないっすか!!マジっすか!


ーーーーーーーーーーーーーーー


「みのりさん、佐田さんってどうなんですか?」


小川みのり(28)

福祉施設から病院のMSWになって2年目の先輩相談員


「あんたまず下の名前で呼ぶのは止めなさいよ。小林さんでしょ小林さん!」


このやり取りも毎度の事なんで軽く聞き流し


「武士ってなんですか?」


「佐田さんの?武士?ぶぁはっはっはっはっ!!」


小林さん、その笑いかたが彼氏が出来ない原因かもしれないとはとても言えない。でもいきなり笑うか?この人


「ああごめんごめん。今はもう誰もいう人がいなくなったんだけど、佐田さん、昔アダ名が武士だったらしいよ」


アダ名?武士


「多分もう師長しか言わないと思うけど。私が入った時はまだみんな言ってて教えてくれた。もちろん私は呼んだ事ないけどね」


小林さんは素人でかわいい僕に相談員のいろはを教えてくれた人。いやいやいろはの「い」位か?それもまだか?


「あんたに今教えてあげられんのは事務的な話ばかりなんだから。解ったように勘違いしてると何も解らなくなるよ」


はい!いろはの「い」未満であった事が判明。ついでにかわいいも却下された模様。


「あんまり思い込みなしで聞きたい事聞いてみた方が良いよ。私も最初はそれまでの経験があったからぶつかりもしたけど、今は良かったと思ってるし。」


何だか迷宮に迷い混んだ気分

やはり助けを待っているだけじゃ駄目か。

自分でなんとかしなきゃ


ーーーーーーーーー


「お前さ~病院に勤めだしたんだって?」


駅前の居酒屋

刺身とおばんざいが美味しい渋い店


「そうそう病院のMSW」

「エム…なんだそれ?」

「まあ説明しようとすると難しいんだけどね。メディカルソーシャルワーカーの略。つまり相談員。地域連携っていう部署があって外部からの依頼で入院調整や地域の医療機関の要望を吸い上げる前方支援と、入院中の患者さんの転院調整や退院時に必要なサービスや制度の調整をする後方支援。MSWはその後方支援に属してて…」


えっへん!理論的な事は解ってるんだよね

だって勉強したてだから


「ちょちょ、待った待った。解ったような解らないような。まあそれはいいや。」


な~に~??僕の渾身の説明を!!!


こいつは前の会社の元同僚

建築会社で働いていた僕達は何だかウマがあったんだよね。性格も風貌も正反対なのに。


「そんな事はいいから楽しくやってんのかよ。それよりもびっくりしたよ。いきなり辞めるっていうから。」


せっかくの僕の高尚な説明を遮ってその質問か?しかも楽しいか?バックや雑誌投げつけられたなんて言えないわな。


「ま…まあかな…そっちは?」


「こっちは相変わらずだよ。物件物件って…でも課長、お前のこと気にしてたぞ。あいつが病院で何やってるんだって…いつでも帰ってこいってさ。課長は病院で働いてるのは医者と看護師だけだと思ってるからな…」


まあ大半の人はそうだろうね

しかも相談員って…な~に?って感じ


「まあその節は宜しくお願いしますよ」


一応逃げ道つくっとくか


「え?お前そんないい加減な気持ちでやってんの?辞める時あれだけ止めたよな。でもやるっていうから応援してんじゃん!課長も新天地で頑張ってほしいって思ってんだよ。それを一ヶ月で何言ってんの?まだ何もわかってないのにその仕事を解ったようなふりすんなよ。いい加減にしろよ」


「ちょ…」


反論する前に出て行っちゃった。

なんだよ、冗談じゃん

僕だっていろいろあったんだ。

僕の気持ちなんて解らないよ

何もわかってないのはあいつの方だよ。

知らないおばさんにバック投げられてさ

なんだよって。これなんだよって思うよね。

建築みたいに男社会じゃないし、気を使うことも多いし、好きでヘラヘラしてるんじゃないんだよ!いつでも僕は…


そう言いながら涎を垂らして眠ってしまった

情けない

明日は二日酔い…決定だ


ーーーーーー


「三木!少し次のケースの事話したいから面談室に来て!資料メールボックスに置いとくから少し前に行って読んでおいて!」


朝から鬼…いやいや師長からのTEL

二日酔いの頭にはかなり響く

面談室と言っても食堂みたいなスペースをそう呼んでいる。

誰もいない殺風景な面談室。

資料を読んでみる。

次のケースは?家族が遠方に多くいてキーパーソンは同居の娘か。


すると程なくして佐田さんが面談室に入ってきた。面談だと思い席を外そうとすると、


「そのままいて良いよ」


とのこと。


師長も来るからお言葉に甘えるか。

それにしても佐田さんの面談か…


するとその後から初老の女性と娘らしい二人が佐田さんが座っているテーブルに向かった。


「すみません、あと5名程来るのでお待ち頂けますか」


娘らしい女性の言葉


え?あと5名って何名での面談?


娘はずっと泣いている


更に10分後男性3人女性2人が同じテーブルについた。なんだこれは?


「本日はお忙しい中有り難うございます。相談員の佐田と申します」


面談がはじまろうとしたその時


「なんや!追い出そうっちゅう事か?桐子から電話で聞いた。」

「俺も聞いた。病院出ないかんって。その話があるから病院に来てくれと。だからこいつだけやったら不安やから来たんだけど」


どうも娘がキーパーソンの桐子

独立した兄二人とその妻

患者本人の弟が後から来た5人か

初老の女性は患者の妻


「この前手術したばっかりやん。病院なんかいてもらった方が儲かるんちゃうん?このままいてもそちらには問題ないんとちゃうの?」


二人の息子は捲し立てる。


いきなり転院の説明を相談員からする事はない。まず医師の病状の説明があり今後の方向の話が医師からなされる。その時に彼らは何か言ったのか…いや言わない。医師の前では「治してもらっている」という感情が働くのかおとなしく聞く事がほとんど。

しかしその悶々たる思いは相談員に全て向けられる。


「入院してちゃんと治すまでが病院の仕事じゃないの?まだ途中じゃないの!」


想いをぶつける様な言葉が続く…


その時


「私、実は異業種からの転職なんですよ」


佐田さんが何故かそんな話をし出した。


「建築関係でして…思うところあって今の仕事しているんですが。本当に最初は大変だったんです。なんで医者を先生って呼ばなきゃならないのか?私最初は医師の事をさん付けで呼んでましたもん。当然怒られましたけどね。」


みんないきなり始まった話にキョトンとしている


「医療の世界って実は時代遅れや常識がずれていることもいっぱいあって、矛盾もいっぱいあって。封建的だし仕事なんだけど、してもらってるって顧客が思う、こんな仕事って医療以外にあまりないと思うんですよ。医療者側もいつかそれが当然と思っていたり…

未だに私も慣れないし納得出来ないし怒っていることもあります。その気持ちのままで良いと思っています。でも、それでも制度は存在する。誰かが決めた法律も存在する。それが皆が納得いくものだとは到底思えない。悔しい思いもある。しかしそんな私だからこそ説明出来ることがある。そんな私しか話せないこともある。おっしゃる通り追い出すっていう事になるのかもしれない。崖から突き落とすと感じる様なものなのかもしれない。でもそこに少しでもクッションをひけたら、少しでも何か準備が出来たらって思うんです。偉そうな事をいうつもりはありません。ただ目線は皆さんと一緒だと思っています。だからこそ…一緒に考えてみませんか。今現在、この制度の中でより良き方法を…一方通行ではなく一緒に…桐子さん」


話が終わる

娘は泣きつづけている

今まで無言だった患者の弟が口を開いた


「兄は昔から優しい人でね。仕事はあんたと一緒で建築関係だったよ。でも酒が好きでね。道子さんも苦労したところもあったと思うよ。桐子も良くやってくれてる。」


静かに話は続く


「亮一、謙二。お前たちは家を出たから解らんが桐子は両親の世話を一手に引き受けてきた。辛いこと、隠れて泣いていたこともあっただろうに。そろそろこの子の意見を尊重してやらんか。」


桐子の肩を抱くようにさする母親

呟く様に話をはじめる


「この子はお父ちゃんに似て優しい子。でもお父ちゃんが入院してどうしたら良いか解らなくなったんだよね。相談した亮一や謙二からはしっかりしろの一点張り。病院は勝手な事を言ってくるから聞くなと。でも桐子はね、苦しい気持ちをただ解って欲しかったの。少しでも気持ちを分かち合って欲しかったの。ただそれだけだったのに」


桐子は涙を拭っていた。そして震える声でこう言った。


「あたしがお父ちゃんのこれからを決める様で怖かった。もし何かあればどうすればよいのかと。でももう少し療養すれば家にも帰れるって主治医の先生も言っていた。まだ自信ないけど、お父ちゃんの為に、今後の事を相談したいです。」


桐子はまっすぐ佐田を見つめていた


「それでは桐子さん。今からお話を聞かせて頂きますね」


ーーーーーーーーー


ただ一人面談室に残された僕

あとから師長から聞いた話


「佐田さんがね、自分の面談を三木に聞かせてくれって。同席するとリラックスして聞けないから然り気無く聞かせたいって。多分納得していない家族からは罵倒されるだろうけど…って。自分で言えばいいのにね」

「え?師長のは芝居だったんですか?じゃあ次のケースっていうのは…」

「あんたにそんなに多く任せる訳ないじゃない。しかもあんたが見てたケースの概要は佐田さんが面談してた患者のものだから」


やられた、完全に。


でも佐田さんの面談、想像してたのと違ったな。淡々と理詰めで説得するようなそんなイメージだったのに。

それどころか家族と一緒に病院批判をするかの様な印象もあった。


最後に師長から


「あの娘ね、転院するとき佐田さんに、《相談出来たのがあなたで良かったです》って言ったのよ。あんた、今の仕事…自分がいなくても誰かがやると思ってない?現実はそうかもしれないね。でもね目の前のクライアントに全力を注いでくれる。自分たちの事を解らなくても解ろうと努力してくれる。自分と歩幅を合わせて一緒に歩いてくれる。そんな人に託してみようと家族は思うんじゃないかな。あんたはそうなりたいと思わない?あなたで良かったって、退院するときに言われる相談員に…」


僕は田代さんの事を解ろうとしたのかな

家族の気持ちに寄り添おうとしたかな


そんな想いを巡らせながら601号室に向かう

今日は娘が来ているはずだ


コンコン


静かにドアをあける


「失礼します」


娘が雑誌を読んでいる


「何か御用ですか?」


相変わらず素っ気ない返事


「田代さん、ぼ…僕と一緒に考えてみませんか?」


「はぁぁ!?」


「いや、だから寄り添いっていうか、一緒にしましょう!」


「何言ってるかさっぱりわかんない!」


バサァ!ピシャリ!


雑誌とドア閉めのダブルパンチ!


佐田さん、この仕事…なかなか難しいようです。

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