オレンジ色の百合の花をどうぞ
遊月奈喩多
① Because you were my hope ... : 舞
「久しぶり!」
そう声をかけてきたのは、高校の頃同じクラスだった
町中での、突然の再会だった。
例年に比べて人通りの少なくなった都会の、他人のことなんてなるべく避けて通りたくなるような寒空の下。疲れて半分眠りそうになりながら閉まったシャッターの目立つ道を歩いていた私に、愛莉は目ざとく声をかけてきた。
「やだ、高校以来じゃない!? 元気だった、
べたべたと馴れ馴れしくくっついてくるところは変わらないし、私がそんな彼女のことを強く拒めないのも、昔と変わらない。
だって私は高校の頃、そんな愛莉に幾度となく救われていたから。愛莉だけが、私の希望だったから。
* * * * * * *
高校に入ってすぐにできたいくつかのグループに、私の居場所はなかった。
最近の流行りに詳しいわけでもなかったし、それほど熱中できる趣味もなかった。将来に対する広い見通しがあるわけでもなければ、未来を自分で切り開くなんて言えるほどの強い意思だってなかった。ただ中学校出たからその次の段階としてみたいにして進んできた私に、高校という空間はあまりにも息苦しかった。
できることといえばその時々で話す相手に愛想笑いを返して、不自然にならない程度の相槌を打つことくらい。そうやってやり過ごしていればまた違う環境でやり直せるかな――いつしかそれが私の高校生活におけるモチベーションになっていた。
『
それなりに仲よくできていると思っていた大人しめの女子からの、うんさりしたような言葉。休み時間にマイミーチャーミーだったかサンダルフォーリナーだったか、よくわからない魔法少女アニメの話を聞き流していたときの一言で、私の生活は変わった。
きっとみんな心のどこかで思っていたのだろう――そう思わずにいられないくらい、その一言を境にみんなが私に冷たくなった。
あの頃は何度も死のうとしたし、死ぬんだったらより惨めな気持ちになっておこうとどうしようもないことを繰り返していた。誰かに殺されたってよかったし、いっそのことどんな使い道でもいいから必要としてくれる人がいればそれでいいと思っていた――そのどれも、叶わなかった。
生きる苦しみに耐える強さもなかったのに、死ぬ一瞬の怖さに耐える勇気も私にはなかった。
だから、私は救われたのだ。
『そんなに死にたいなら、殺してあげようか?』
屋上のフェンスを越えられず立ち尽くしている私の背後から、そっと首を絞めてくれた愛莉に。
* * * * * * *
といっても結局高校を卒業したら離ればなれになって、会いたくてバイト先とか大学とか家とかを調べて訪ねてもことごとくタイミングが合わなくて、そのうち私は私で別の人間関係ができて……そんなよくある自然消滅を経て、こうして再会できた。
なんか、運命とか――は言い過ぎかな。
「そっかぁ~、舞はちゃんと働いてるんだね。えらいえらい、なんでもあたしの後ろにくっついて来てた頃の舞ちゃんは、今じゃ立派なお姉さんなんだね」
「ちょっと、その言い方恥ずかしいんだけど……」
近場のお店は全部閉まってしまっていたから、愛莉が借りているという部屋に上がらせてもらうことにした。
高級感のあるマンションのエントランスを通り抜けるのにもなんとなく気後れしたけど、なんと言っても驚いたのは愛莉の部屋そのもの。最上階とまではいかなくてもそれなりに高いところにある部屋、ボタンひとつでジャグジーになるお風呂、それから備え付けのワインセラー。いろいろなものが好きだった愛莉にしては殺風景な部屋だったけど、驚きっぱなしでそんなの気にならなかった。
「愛莉こそ、私はこんな暮らしできるような稼ぎなんてないし、こんなに部屋も片付けてない……なんも変わってないよ、あはは」
愛莉の出してくれるお酒も本当に美味しいものばかりで、やっぱりすごいな、と改めて思わされる。
昔から愛莉はいろいろ好きだったし、とても器用な人だった。なんでもできるし、誰とでも仲よくできるし、要領のよさもあった。いつでも自信があって、前向きで、笑っていて、明るくて、眩しくて、太陽みたいな人だった。
だから何をされても拒む気にはなれなかったし、むしろ何度も続けてきた自傷紛いのことを、愛莉に触れられることで清めてもらえているような気さえしていた。きっとあの頃の私は、愛莉に望まれたらなんでも捧げることができたと思う。目に見えるものも、目に見えないものも、なんでも。
その頃から何ひとつ変わっていなさそうな愛莉の姿になんとなく羨ましさを覚えながらも、疲れもあってか、私はつい……
……気が付いたのは、何時間か後だった。しまった、ちょっとお邪魔するだけだったはずなのに、つい日付が変わるまでいてしまった。しかもはじめの数十分以外ずっと寝ちゃってたし!
「ごめん、あい……り、」
起き上がって謝ろうとしたときに、毛布が掛けられていたことに気付く。そういう優しさに胸が熱くなった――愛莉は昔から優しい人だったから。
さすがに寝てるよね、愛莉もどこかからの帰りだったみたいだし。そう思っていたとき、ふと小さく声が聞こえたような気がした。
「愛莉?」
どうしたんだろう、電話でもしてるのかな。
けど、その声は誰かと話をしてるにしては小さくて、それに苦しそうに聞こえて……。
「愛莉、愛莉?」
どうしたの、何かあったの!?
慌てて声のする方へ行き、少し明かりの漏れているドアを開けたわたしを待っていたのは、足の踏み場もないくらいに散らかった部屋だった。
散らばっていたのは大量の消臭剤と、何ヵ所かの薬局の袋、そしてどういう時に身に付けるか想像できてしまうような、
「…………愛莉?」
「なに、勝手に開けたの?」
その真ん中で
飛びかかってきた彼女を避けることなど、できなかった。
私の上に馬乗りになった彼女の身体はとても熱くて、でも首に回された手はびっくりするほど冷たくて。
涙の粒が当たる、熱くて、胸が痛い。
どうしたの、と尋ねる暇すらなかった。
でも、そうだよね。
私を救える人が、わたしと違う人なわけ、なかったよね。
ねぇ、愛莉。
愛莉、私はね、幸せだよ?
何を言っているのか聞こえなくても、あなたが何を悲しんでいるのかわからなくても、なんでも上手で、誰とでも仲良しで、まるで太陽みたいだったあなたが、こんな顔を私に――私だけに見せてくれていることが、たまらなく、幸せなの。
ねぇ、ねぇ、愛莉。
今、私は他のどんな人といたときよりも
…………………………。
オレンジ色の百合の花をどうぞ 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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