第15話 中を浮く赤子(伍)

・・・は?


一体何を言ってるんだこの頓珍漢は・・・?


この一言で、私は堪忍袋からさり気なく出る緒へ握り潰さん勢いで掴みかかると、力の限り両極へ引き絞った。

『こんな物引きちぎって仕舞え!!!』

私の心の鬼がそう張り上げたその瞬間、


「そうか、弟子を試してるんだな!?

あんた折角師匠がくれたチャンスなんだ、頑張ってものにすんだぞ!!」


叶夢さんに思いっきり背中を叩かれて思い出した。


そうだ私・・・今コイツの弟子として来てる事にされてたんだ・・・・・・


クッソむかつく!!!!

何かされた感が尚更!!


クソ!そんなの私に分かる訳ないじゃない!

ちっとも分からないわ!

わーかりませーんだ!


でも、完全にお手上げなのも釈よね。


一度、状況を整理してみましょう。


今出されている問題は二つ。

何故探偵は叶夢さんの部屋が分かったのか。

何故短時間でこの部屋が片付いたのか。


もう、一つでも厄介だって言うのに・・・


ん?何か変じゃない?

違和感があるわ・・・違和感・・・何だろう・・・


そうか!探偵の言葉ね!

だとしたら何か手がかりがある筈――


「――これで、終わりか?どれもこれも途中で匙を投げおって、寝覚めが悪い事この上ない――」


また意味不明な事をぶつくさと・・・

今考えてるんだから静かにしてよね・・・

全く、いつも独り言ばっか――


瞬間、脳天を落雷が直撃し、私の心臓は胸を突き破らん程打ち上がる。

衝撃と興奮で視界が狭窄する中、必死で皿の枚数を数えた――。


「分かった――、分かったわ!私!!」


湧き上がる興奮のまま、小さなテーブルに両手を付き、目の前の男へ前のめる。

有頂天の私とは裏腹に、当の探偵はしょんぼりと気を落としている様子。


「まず初めに、探偵は叶夢さんへ『ついでだ。お前の疑問も説明してやる』と言ってたわよね?」


「あぁ、言ってたぜ?だが確かに、答えを教えるとは言って無かったな」


さっきまでの怖気はもうすっかり飛んで行ってしまったようで、お菓子をこぼしながら話に参戦してくる叶夢さんは、どうもノリノリでいらっしゃる。


「ええ、そうでした。

ですが、大事なのはそこでは無かったのです。『。お前の疑問説明してやる』の部分。

これは今回起きた、一見何の関係も無い二つの謎が、していると言っているように聞こえます。

は私達には分からない。ですが、答えを知っている探偵にはが分かっていた――。

だから自然と一纏めに括るような口調になった。

つまり、二つの謎は答えで繋がっているのよ!!」


パチパチ鳴る拍手の中、堂々と指を突き出して宣言するのは、思いのほか悪く無いわね――


なんて酔っていると、しょぼくれたまま眉一つ動かさない探偵が、ため息を一つ。

それを見て堪らず私は再び声を張り上げる。


「いいわ!謎解きはこれからよ!!

まず1つ目の謎。探偵が知らない筈の叶夢さんの部屋が分かった理由。


勿論叶夢さんは探偵に伝えてないし、私が見ている限り探偵は事務所やここまでの道のりで、調べる様子も外部と連絡をとる事も無かったわ。

探偵が吐露した窓光りの件も、叶夢さんが不可能と証言してくれたし・・・。

これを考えると、どうにも探偵には不可能なのよね――」


腕を組んで口を結んぶ私を薄志弱行と思ったのか、指で机をトントンと叩いていた叶夢さんが、手の平を卓上で跳ね上げた。

衝撃と同時に、小さなテーブルに乗ったカップや皿はチョンと跳ね、美千代さんもチョンと跳ね、元の位置に落ち着いた。


「おい!馬鹿言ってんじゃねぇ!んじゃ何の解決にもなってねーだろうが!!逃げんな!!」


「わ、私だって分かってるわよぉ〜・・・。

これでも必死で頭捻ってるんだからね!!」


怖い顔の叶夢さんにあたふたとしつつ、冷汗をぬぐうと、再び探偵に向き合う。


「私にも、探偵にも、ここに居る人全員に不可能――。

そこで思い出したの。


貴方と出会った最初の事件を――、

そう、青傘の女事件よ」


事件の名前を聞いて、瞳から霞が引いて行く。

ずっと無関心だった探偵が、黙って私を見上げている。


良いでしょう。こうなったら後には引けないわ。やってやろうじゃないの!!


「あの事件は今でも鮮明に覚えてるけど、一つだけ今でも引っかかる事があったのを思い出したの。

それは、調査中貴方が度々独り言を言って、何処かを見ていた事。

それは今回も同じよね?


調査中私の自宅を訪問した際、泣き崩れた私にハンカチがかけられたわよね?」


猫が鼠をおちょくるように、私はわざとじわじわと勿体つけて話す。

最後の質問で探偵の無表情がブレたのを私は見逃さなかった。

ほんの一瞬、1ミリ程度左の眉が揺れたのだ。


「私はあの事件で多くの事を学んだわ。

それはどれも大切な事ばかりだけれど、その中でも一番の学びは、この世には私達人間以外にもと言う事よ。


あの時、泣いている私にハンカチをかけてくれたのはちゃん。

貴方が調査中に目にかけ、話しかけているのは助手のちゃん。


そして、私達が言い争っている間に、めぼしい部屋へ入って調べてくれたり、私と叶夢さんが浴室にいる間に、この部屋を片付けてくれたのもちゃんね。


前に皆の口に金平糖を入れてくれた事があったでしょ?あんな感じで硝子の屑も袋に入れる事が出来るのかなぁ?・・・なんて、根拠はないんだけどね・・・」


一通り話終えると、話を聞いて頭上に沢山の?を浮かべた叶夢さんが、痺れを切らしたように質問を投げかけてきた。


「ちょっと待てよ!サザネちゃんだ?

一体何の事を言ってやがんだよ!?」


「あぁ、叶夢さんには紹介してませんでしたよね!探偵には助手さんがいらっしゃるんですよ。笹音さんってお名前の小さな女の子なんです!これがもう可愛いのなんのって――」


すると、キョロキョロと辺りを見渡して『居ないじゃねーか!ウチを馬鹿にしてやがんのか!?あぁ?!!』と胸倉を掴んで額が付きそうなくらい顔を寄せてくるので、私は夢中でテーブルの方を指し示した。


「ほ、ほらあれ!お皿の数がカップと合わないでしょう?きっとそこが笹音ちゃんのせっ!・・・きですよ・・・」


席と言おうとしたタイミングで、叶夢さんが私の胸倉を乱暴に放るので、言葉が喉の縁で玉突き事故。

そんな些細な事は意に返さず、早速テーブル上の皿を丁寧に1枚ずつ指差し式で数える叶夢さんを、苦々しく見つめていると静かに座っていた探偵が、腕を袖の中に入れ空袖をパタパタと揺さぶっている。


何をしてるのよ・・・、空でも飛び出すんじゃないでしょうね・・・。


すると元のように手を生やして、握っている物を此方へ放るので、何かも分からないうちに得体のしれないが、私の手の中に収まってしまった・・・


嘘でしょ・・・、何これ?

袖から出てきたけど・・・変な物じゃないわよね??

もしかして私、何か悪い事言っちゃった!?

こ、怖い物だったらどうしよ?!

もし呪いの何とかだったら・・・投げて走って逃げる!!!


投げて・・・、走って――


逃げるアメーーーーーーー!!!!!」

「1枚多いーーーーーーー!!!!!」


私達は玄関へ向かってダッシュした。

それはもう、このすっかり鈍と化した脚に学生時代擦り込んだはずの、部活の坂ダッシュを思い起こさせようと言わんばかりの見事な走りっぷりであっただろう。


目指す先は玄関のドアノブ。

そこへ向かって、まるでビーチフラッグのような猪突猛進。

ま、やった事は無いんだけど。

兎も角走ったのよ。


ここで問題。

私達がゴールに辿り着く手前で美千代さんがパンッ、パンッ。と大きく二度手を叩きました。

さて、どうなったでしょうか?


ヒントは、この時私『あ、叶夢さんも運動部だったのね――』って思ってました。




正解は、二人同時にピタリと立ち止まって美千代さんの方を向いた、でした。


先生が手を叩いたり笛を吹いて合図すると、集合しなくちゃ!!って反応しちゃいますよね?

潜在意識に擦り込まれているのか、ドキドキしちゃうのって私だけかな・・・。


「夜も更けて参りますから、お静かに――」


穏やかに目尻の皺を深める美千代さん。

と、視界の隅で何か揺れている。

そろり瞳子をずらすと、額に白毫を生やした探偵が俯き肩を上げている。


まさか等々仏様になったの!!?

いや、共々そうだったのか!!?


驚きの余りしか言葉が出ないまま、指だけ探偵へ向けていると、なんと額から白毫がポロリ転がり落ちた。


囁かに転がるそれを見て先程の記憶が呼び戻される。

ア・・・メ・・・

そうだ、そっと覗いたあの時手の中にあったの、飴玉だ。

それを私はびっくりして、投げ返して・・・走っ――


「ほほぉ・・・いい度胸だ事だな・・・」


肩を震わせゆっくりと顔を上げた探偵は、額に筋と日の丸を浮かべて睨んでいた。


「ご、ごめんなさい・・・。怖いものかと思ったのよ・・・」


しかし探偵の機嫌は変わらない。


これに関しては全て私が悪いんだから、ちゃんと謝らないと・・・。


子供の頃は、大人は皆この世の全てを知っていて、まだ無知だらけの私も大人になる頃には、自然とそうなるものだと思っていた。

だけど現実は違って、時はあっという間に過ぎ、不安な心だけ残して体ばかりが大きくなる。

気付けば社会人となっていた私は、今も無知を埋め続ける日々だ。

そして、学生では教えられない社会人となった今の会社で教わったもの、それは――


「大変申し訳ございませんでした!!」


背筋を伸ばし直角を意識し、90度まで頭を下げる謝罪方法!

微動だにせず大声で、一文字ずつを丁寧に発声する事を心がけると尚良!


「んな事どうでもいいわーーー!!!

ここに化け物がいんだろ!?さっさと逃げねぇと皆ぶっ殺されんだ!はや」


「――喧しい!!!!!」


叶夢さんは動転していた。

恐れていた心霊がこの部屋にいると聞かされたんだ無理もない。

あの時の私が、突然自室に心霊がいるなんて聞かされていたら――、何をしたか分からない。

そこら中に溢れていた物を手当り次第投げ、恐怖で暴れ回ったかもしれない。


それでも私は、彼女が笹音ちゃん達の事を『化け物』と呼ぶ事に、憤りを感じずにはいられないのだ。

考えるより先に、感情が喉を震わせるより早く、探偵の言葉が耳奥を貫いた。


探偵は、普段そう大声で話す事はしない。

少し小憎たらしい所もあるが、必要な言葉を必要な声量で話すだけだ。


私は、初めて探偵の腹の底からの声を聞いた。


それは、夫婦喧嘩を子供が止めた時のような声だった――



探偵の一喝で静まり返った部屋で、私はそっと頭を上げて、転がった飴を拾うと元の席に腰を下ろす。


「あらら?さっきのでビックリして笹音ちゃん隠れちゃったみたい。

ほら、叶夢さんもこっちへおいで。

寒い外に一人でいるよりも、私達と一緒にいた方が安全だと思わない?

この筋では百戦錬磨の探偵もいる訳だし――ね?」


それを聞いて叶夢さんは渋々戻り、私の隣にペタリと座った。


「さてと、それでは師匠?とやらをお伺いしても宜しいのでしょうか?」


今日日イラストでしか見かけないような可愛い桃色包みの両端を捻って、中身を無造作に口へ放り込む。


ん?苺ミルク?意外ね、ドロップ缶のハッカとか食べてそうなのに――。


飴玉を右頬左頬と転がしていると、軽快な効果音を放ち始めていたテレビ画面を唐突に沈黙させ、探偵は静かになった部屋でそっとリモコンを置いた。


「偶にはと褒めてみればこれだ。人間はすぐ図に乗る。愚かな事だ――まぁいい。


では説明といこうか。

多方はさっきコレが言った通りなので省略としよう。

確かにこの部屋を笹音に探らせたのは俺だ。

だが、この部屋を片付けたのはそうとも言いきれない。

理由は二つ、

俺は笹音に部屋を片付けろとは言っていない。

そして、この部屋を掃除するには笹音では力不足だと言う事だ。


前提として心霊とは、生物が死したのちも、この世に留まり続けている者をいう。


これはあくまで俺の考察ではあるが、

当然彼らは須く死を迎えており、その瞬間に肉体は離れ朽ち、土へ還っている。

その際この世のものとの繋がりは完全に絶たれる。

しかし彼らはこの世に留まり続け、またこの世に生きる生物に観測させたり、物質への干渉までも成し遂げる者とも俺は多く出会ってきた」


言われてみれば確かにそうだ。

笹音ちゃんの金平糖やクレヨンだけじゃない、私は探偵と手を繋いだ時程鮮明でないにしろ、一人で雨の中を歩いていた時に何度か晴美を見ているのだから。


これまで心霊の存在を受け入れる事にいっぱいいっぱいで、彼らがどういう存在なのか、どうやってここに存在しているのか、なんて疑問に思った事すらなかった。


「彼らと話して分かったのは、皆一様にこの世へのがあるという事。

それが無くなれば在るべき所へ向かうという事だ。


心霊の全てはその意志によって左右される。

言動や見た目も多くはそれに准ずるし、先程例えたような力も例外ではない」


そういえば、晴美には足が無かったが笹音ちゃんにはちゃんとあった。

あれは晴美が、私を含めた次の被害者に成りうる人達を守る為に形作った姿だったのね。


『私が最後で、本当に良かった――』


そう、だったんだ・・・

晴美の意志は、だったのね・・・


私は、涙を落さないように目を閉じて、ありがとう。と、胸に手を当てた。

届くのか届かないのかも分からない所へ立った親友の幸せを祈って。


「という事は、その意志に関する事にしか力は使えないって事なの?」


私が確認すると、探偵は椅子を90°回転させ、こめかみをタップしながら再び話し始める。


「・・・多方はな。

いつだって例外は存在するものだが、今は置いておくとしよう。


何にどう影響させるか、またその威力は意志の強さで決まると言っていい。

つまり記憶の無い笹音には、は荷が重すぎる」


すっと指し示された指の先で、無造作に積まれた袋。


笹音ちゃんには記憶が無い――

そういえばそんな事を前に話していた。

晴美にも分からない様子ではあったけど、今の話が本当なら確かに笹音ちゃんの存在には疑問が残る。


笹音ちゃんはどうやって、またどうしてこの世界に存在しているのか――


もしかして、その謎を解くために探偵はになったんじゃ――



私は頭をぶんぶん振った。


違う違う!!!

今は笹音ちゃんじゃなくてこの部屋の事でしょう!?

いつの間にか話が脳内ですり変わってたわ!


私達は叶夢さんの依頼で今ここに居て、一刻でも早くこの事件を解決しなくちゃならないの!

あの絵の赤ちゃんを早く見つけて、叶夢さんを安心させて――。


・・・っ、そうか赤ちゃんだ!!


どうしてこんな重要な事を忘れていたんだろう!?

答えは原点にちゃんとあった。


驚いた事にその時私は息をしていなかった。

慌てて肺に空気を入れたので驚いた気管支が咳き込ませる。


「どうやらようやくと、馬鹿の思考が追い付いてきたようだ。


では、そろそろ話して頂こうか。

どうしてこの部屋はあの惨状になり、血にまみれた状態でお前は夜空の下にいた?


そして何より、心霊にとはどういう事だ?」


探偵の冷たく鋭い眼光の先で、面隠すように髪を垂らす彼女の唇がグニャリと下弦に歪んだ。

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境心霊探偵事務所 不知火美月 @kurousky

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