最終話

 そして翌朝。


「おはよ〜っす」


 サスケは何食わぬ顔で出社してみた。

 パソコンに電源を入れて、OS等が起動しているあいだ、コーヒーをれておく。


 いい朝だな。

 いつもより頭がえている。

 きっと昨夜に7時間半寝たおかげだ。


 同僚たちがヒソヒソ話している。

 あれこれ相談した末、6人の男が盗賊みたいにサスケを取り囲んだ。


「なあ、支倉」

「昨日の美人な女の子」

「一体、どういう関係なのか」

「どういう経緯で知り合ったのか」

「今日という今日こそ全部吐いてもらうぞ」

「逃げられると思うなよ」


 サスケは椅子をターンさせて、先輩たちの顔をじっくりと眺めた。


 若い女性社員たちが出社してくる。

 すぐに事情を察した彼女たちは、興味と不安を含んだ視線を向けてきた。


「あの子は俺の彼女です」


 場はシーンと水を打ったようになる。


「先月に知り合った俺の恋人です」


 なんだ、なんだ。

 やっぱり、そうか。

 同僚たちはぶつぶつつぶやき、顔を見合わせている。


「しかし、美人すぎやしないか。加えて、日本人じゃないだろう。すまん、支倉、お前の気分を害するつもりはないのだが、普通、あんなレディとはお近づきになれない。特別な運に恵まれない限りは」

「そうですね。その点は同意です」

「どうやって知り合った? 知人とかの紹介か?」

「信じてもらえるか分かりませんが……」


 ソフィーが道に迷っていた。

 助けてあげたのがサスケだった。


「出会ったきっかけは偶然です。あ、ソフィーというのは愛称で、本当はソフィアといいます」

「おい、聞いたか、お前たち」


 そっから先は想像しない展開となった。

 パチパチパチと温かい拍手が注がれたのだ。


「おめでとう、支倉」

「やったな、おめでとう」

「仕事人間のお前がとうとう彼女持ちか」

「何年ぶりの恋人なんだ? かれこれ7年ぶりか?」


 てっきり恨み言の一つや二つ、もらうと思っていたが……。

 予想外すぎる展開だったので、サスケはキョトン顔になる。


「支倉は会社の業績にたくさん貢献してくれた。それはとても嬉しい。が、プライベートをちょくちょく犠牲にしてきただろう。休日出勤とか、深夜作業とか、急な地方出張とか」

「まあ……それなりには……」

「みんな、大なり小なり心配してたってことだ」


 えっ? そうなの?

 だったら仕事を減らしてくれたら良かったのに。

 ムードをぶち壊しそうな本音は胸の奥にしまっておく。


「それにだな、スーパー社畜人間の支倉に、ちゃんと彼女ができたってことは、希望の光でもあるんだよ。なあ、お前たち!」


 独身の男性社員が、うんうん、と熱心にうなずいている。


「サスケさん、ありがとうございます」

「なんか勇気をもらいました」

「そうか?」


 普段、あまり話さない社員からも声をかけられた。


「サスケさん、よかったですね」


 隣の席の後輩からも祝福される。


「そんで? 式とかいつですか?」

「いやいや、まだ早すぎる。先月に知り合ったばかりだから」

「でも、サスケさん、もう32歳じゃないですか? 1日でも早く、花嫁の晴れ姿を、親御さんに見せたいと思いませんか?」

「もちろん、見せたい気持ちはあるけれども……」


 あれ?

 式とか挙げるんだっけ?

 そもそも、ソフィアの親族とか、まったく知らないのだが。


「とにかく、予定はブランクなんだよ。それよりも仕事だ。お前が更新中のドキュメント、さっさと完成させてくれ。じゃないと、俺の作業が進まねえから」

「は〜い。了解っす。午前中には終わらせます」


 職場って、第二の家みたいなところがある。


 ほとんど毎日顔を合わせて。

 この連休、何すんの? みたいな会話を交わして。


 xxxさんが結婚したとか。

 xxxさんが寿退社するとか。

 他人のプライベートのことで盛り上がる。


 アットホームな雰囲気とかいうと、ブラック企業の代名詞みたいだけれども。

 こういうムード、本当はサスケも好きじゃないけれども。


 たぶん、人生が交差する場所なんだよな。


 この会社に就職しなければ、この中の誰一人として、一生知り合うことはなかった。

 まったくの他人として、駅のホームですれ違うくらいの仲だった。


「さ〜て、さっさと終わらせますか」


 サスケは今日も仕事に全力投球する。


 1秒でも早く愛しいソフィアに会うために。

 1秒でも長く大切なソフィアと過ごすために。


「サスケさん、お客さんから電話です!」

「おう、内線に回してくれ」


 仕事と家庭の両立。

 それが今日からのミッションだ。


「お電話代わりました、支倉です」


《〜完〜》




《作者コメント:2021/03/11》

すみません、当初はもうちょっと続く予定だったのですが、一番キリの良いところで完結とさせてください。

気づけば4万文字ですし、新キャラ出す⇨新キャラ出す⇨新キャラ出す、を繰り返すと蛇足になりそうな予感しかしなかったので……(汗)。

代わりといっては何ですが、自信を持って全20話を送り出せたと思います。

読了感謝です!

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