第19話

「俺がドキドキしている理由は……」


 もっと残業する予定だった。

 サスケは仕事よりもソフィアを優先した。


 て……。

 いえるわけない!

 真実を知ったソフィアが落ち込むだろうが!


 この10年間守ってきた。

 真面目なサラリーマンとしての仮面。

 あっさり壊れちゃうほど、弱いものだったのか。


「ソフィーが美人すぎるから。迎えにきてくれて嬉しいから。ドキドキが止まらないだけだよ」

「な〜んだ! そうでしたか! とっても嬉しいです!」


 ぎゅうぎゅうぎゅう。

 ソフィアのハグが痛いのは、吸血鬼のパワーのせいか、罪悪感のせいか。


「サスケ、お腹が空いていますよね。どうしましょう。私が家で何かつくりましょうか? それとも外で食べて帰りますか?」

「そうだな〜」


 しばらく考えてから、左腕を差し出した。


「ん?」

「ほら、俺の血。今夜の分。とりあえず吸っておけよ」

「いただいてよろしいのですか? もらった水筒の残りがありますが……」

「いいんだよ。迎えにきてくれたお礼だから」

「ではでは〜」


 誰にも見られないよう、ビルとビルの隙間に移動する。


 チクリッ!

 ソフィアが接吻せっぷんするように血を吸いとる。


「今日もおいしいです。でも、少し疲れていますね」

「俺の健康状態までわかっちゃうの?」

「はい、私の味覚は鋭いですから」


 きっと同僚たちのせいだ。

 他人のプライベートのことでギャーギャー騒ぐから。


「今日は早めに寝ましょうね」

「そうだな」


 近くの商店街へやってきた。

 おいしそうな焼き肉屋とか、おしゃれなイタリア料理のお店とか、定番のラーメン屋とか、一通りそろっている。


「どこでもいいぜ。ソフィーが一番気になるお店に入ろう」

「これだけ数が多いと迷います」


 ソフィアは料理と値段を見比べている。

 口には出さないが『うっ⁉︎ 高い⁉︎』という心情がありありと浮かんでいる。


「決めました! ここがいいです!」


 指さしたのは立ち食いそば屋。

『かけそば、1杯320円から』というのがウリのお店。


「本当にいいの? 俺の財布とか、気にしなくていいんだぞ」

「これが食べたいのです! けっして値段で選んだわけじゃないです!」

「本当にそう思っている?」

「はい!」


 そこまで主張されたらNOとは返せない。

 サスケはやれやれと首をふり、立ち食いそばの暖簾のれんをくぐった。


「券売機のところでメニューを選ぶんだ。こっちの赤いゾーンが温かいそば。こっちの青いゾーンが冷たいそば」


 サスケは天ぷらそば(大盛り)にしておいた。

 体に悪いと思いつつ、コロッケも買ってしまった。


 ソフィアはかなり悩んだ末に、冷たい月見とろろそばをチョイスしている。


「ほらよ、お水だ」

「ありがとうございます」


 提供口のところでオーダーの品を受け取って、空いている席へ向かった。


 この時間帯はサラリーマンのお客しかいない。

 ソフィアという存在は色違いのハトくらい目立っていた。


 ずるずるずる〜。

 普通にうまい。

 いつも昼に食っていたけれども、夜のそば屋もアリだな。


「すまん、ソフィー。嘘ついた」

「はい?」

「実は俺、職場から逃げてきた」

「えっ⁉︎ えっ⁉︎ ええええっ⁉︎ それはどういう理由で⁉︎」

「ソフィーって美人だろう。職場のやつらが騒ぐだろう。そうしたら、居づらくなった」

「それはつまり、サスケがいじめられた、という解釈かいしゃくでよろしいでしょうか?」


 ベキッ!

 殺意をはらんだソフィアがはしを真っ二つにへし折る。


「違う、違う、悪いのは俺なんだ。もっと正々堂々としていればよかった。ソフィーは俺の恋人だ、て胸を張っていえばよかった。でも、しなかった」


 理由はわかっている。

 どうして支倉みたいな男にあんな美人が⁉︎

 そういう反応を見たくなかった。


「なぜ真実を話さなかったのですか?」

「なぜだろうな〜」


 ソフィー。

 傷ついたかな。

 サスケから拒否されたと感じたかな。


「ごめん……」

「えっ〜! 謝らないでくださいよ〜!」


 ソフィアがうるんだ瞳を向けてくる。


「アレですよね。私があっちの世界の住人だから。アレがアレしないよう、サスケが気を配ったのですよね?」

「正直、それはある」

「すみません……私もノコノコと人混みに出てきて。軽率だったかもしれません。ごめんなさい」

「謝んなって」


 ソフィアの頭にそっと触れた。

 ポンポンと優しく3回タッチする。


「ありがとな、ソフィー。本当のことを話したら、気分がスッキリした。明日、職場にいったら、あの子は俺の恋人だって打ち明けるわ」

「あわわっ⁉︎ サスケ⁉︎ このタイミングでその手の発言は反則です! それって、私という存在が、サスケの職場で噂になるってことですよね⁉︎」

「そうだよ。でも、避けては通れない道だから、逃げるわけにはいかない」

「いやん! 私の胸までドキドキしてきました! ハァハァハァ……」

「なんでソフィーが興奮してんだよ」

「だって、男の覚悟じゃないですか〜」


 ソフィアはヘビみたいに体をくねくねさせていた。

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