第18話

 やばい! やばい! やばい!

 ソフィアが会社まで迎えにきちゃった!


 もちろん、気持ちはありがたい。

 けれども、タイミングが悪すぎる。


「あっ⁉︎」


 乗りたかったエレベーターが上の階へ向かってしまった。

 サスケは非常階段のドアを開けて、全力で一階を目指す。


 もしかしたら別人かも。

 かすかな希望は、


「サスケ!」


 という声に打ち砕かれる。


「ソフィー!」

「会いたかったのです!」


 むぎゅ〜。

 帰宅中のサラリーマンがいるど真ん中で、思いっきりハグされる。


「今日の仕事はいつ終わりますか?」

「まさか、仕事が終わるまで待つつもりなの?」

「はい、その予定です」

「まいったな」


 とりあえず近くの喫茶店へ向かった。

 ロイヤルミルクティーを買って、ソフィアを席に座らせる。


「俺はいま、やりかけの仕事があるから。それが終わるまで、このお店で待ってくれないか?」

「あら、お取り込み中でしたか? もしかして、ご迷惑をおかけしましたか?」


 サスケは、いやいやいや、と手を振る。


「迷惑なんかじゃない。気持ちはすごく嬉しい」

「よかった。それを聞いて安心しました」


 ちくしょう。

 相変わらず笑顔がかわいいな。


 どうする?

 あと2時間くらい残業する予定だった。

 ここは30分くらいで切り上げて、残りは明日に回すか。


「俺はいったん会社に戻る。そんなに待たせないから」

「わかりました。私は何時間だって待ちます。ですので、気がすむまでお仕事してください」


 ソフィアは店内をキョロキョロしてから、


「あ、ここの営業時間、21時までなので、待てるのは2時間半くらいですね」


 と訂正した。


 こっから先は大変だった。

 サスケがオフィスに戻ると、たくさんの同僚に囲まれて、


「あの子が支倉の恋人って話、本当かよ?」

「いくらなんでも美人すぎるだろう」


 さっそく詮索せんさくを開始された。


「さあ? なんのことやら……」


 サスケはとぼけてみたが、


「しらばくれるな!」

「証拠は上がってんだよ!」


 遠くから撮影したソフィアの画像を見せられる。

 こいつら、サスケをとことん問い詰める気だな。


 マズい……マズいぞ……。

 こっちは1秒でも早くソフィアの元に駆けつけたいというのに。

 かといって『はい、そうです、恋人です』と打ち明けたら、それはそれで別の問題に発展しそう。


 サスケが困り果てていると、意外なところから救いの手は差し伸べられた。


「サスケさん!」


 隣の席の後輩が大慌てでダッシュしてくる。


「お客さんからクレームの電話がありましたよ」

「えっ? マジで?」

「18時に納品のやつ、いつになったら送付してくれるんだ、と怒っていました」

「そうか。わかった。そりゃ、大急ぎで片付けないとな」

「頼みます!」


 もちろん、嘘のクレームだけれども。

 サスケのピンチを見かねて、助けてくれたのだ。


「あとで詳しく教えてくださいよ。謎の金髪美女のこと」

「お前なぁ……仕方ねえなぁ……」

「職場に迎えにくるってことは、奥さんってことですか?」

「聞いたことねえよ。嫁がわざわざ職場まで迎えにくるとかさ」


 はぁ〜、どうすっかな、後輩へのお礼。

 高級焼肉おごる、くらいで勘弁してくれないかな。


 というか、ソフィアの存在、バレちゃったし。

 これはサスケ史上、最大のピンチなのでは?


 とりあえず、30分だけ仕事した。

 思いきってパソコンの電源をOFFにする。


「じゃあ、取引先に寄ってから帰ります」


 しゅぴ〜ん!

 全速力でオフィスを抜ける。


「悪い、悪い、ソフィー、待たせたな」

「あら? もう終わったのですか?」

「おう、今日は終わりだ」


 喫茶店を後にしたサスケたちは、会社と反対方向に歩き出した。


「あれ? 駅はあっちなのでは?」

「たまには別のルートで帰ろうと思ってね」


 同僚に見せられるかよ。

 こんなラブラブシーン。


「サスケ、もしかして何かから逃げていますか?」

「いや、別に……どうしてそう思うの?」

「焦っているのが伝わってきます。呼吸とか、鼓動とか、声音こわねから」


 しまった!

 ソフィアは敏感なんだ!


「もし隠し事をしているのなら、それはそれで構いません。サスケが黙っているということは、私には教えない方がいい、という判断でしょう。ですが、私はサスケのお役に立ちたいのです! それだけは理解してください!」

「え〜とね……ソフィー」

「私にできることがあれば、何なりとお命じください!」


 宝石みたいな瞳がじぃ〜と見つめてくる。


「たしかに隠していることはあるのだが……」

「やはりそうでしたか」


 どうする? どうする?

 サスケは仕事で疲れた頭をフル回転させた。

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