青蜥蜴 ~エピローグ~

「あらら……ずいぶんと派手にやってくれたもんだ。せっかくの美しい海ちゅらうみが台無しじゃないの」

 波止場に降り、辺りの惨状を眺めると男は軽薄な口調でそう言いながら、肩を動かしてお手上げのポーズをする。

 ひかげと藤原を乗せた船が出航してから、およそ三時間ほど後の出来事である。八重山諸島のとある島に再び一隻の船が接岸してきたのだった。


「お待ちしておりました」

「よう、久しぶりじゃあないか所長。大変だったそうだな。えーと、ギルタブリル・オブトサソリだったか? それが大暴れしたって聞いたが」

 いかにも研究者という見た目をした細い白衣の男が、スキンヘッドの恰幅の良い男に敬語で対応をしていた。

「ええ、どうやら台湾の地下施設から秘密裏に運ばれていたようでしてね……まったく『青蜥蜴』にも困ったものですよ。前もって通達してくれていれば、無駄に被害を広げずに済んだものを」

「まあまあ、遅かれ早かれここは戦場になる運命なんだ。地上の施設数棟と、たかだか数十人の犠牲だけで嵐が過ぎたと考えれば、結果は上々じゃないの!」

「それは……そうですが」

 悪魔のような会話で島の惨状を笑い飛ばす男たち。その周囲を慌ただしく走り回る別働隊の研究員と作業員が巨大サソリの死骸に何らかの器具を差し込んでデータを回収したりしていた。


「――で、だ。所長の方もちゃんと神崎ひかげちゃんのデータは取れたんだよね?」

「ええ、抜かりなく。そのときの戦闘映像と、解析データなどがこの中に」

 研究者は金属製の小さなケースを取り出し、男に手渡す。

「さすがだね。じゃあ、この記録チップは俺が責任を持って『青蜥蜴』に届けさせてもらうよ。……さて、ここからは誰に報告するでもない雑談でもしようじゃないか。実際のところ、どう思う?」

「どう、とは?」

「ひかげちゃんを絶え間ない戦闘環境に置くことで、ひかげちゃんの奥に眠る彼女を強制的に目覚めさせようとする計画のことさあ」

「ああ、そのことですか。確かにヨコヅナイワシ、巨大イタチザメ、バジリスク・ホンハブと来てギルタブリル・オブトサソリですからね。こんなにも短期間で次々に『青蜥蜴』のペットたちを送り込める権限を有している人物……」

尾八原充治おやつはらじゅうじ、だろう? 彼は心底、ひかげちゃんが憎いらしい。まあ、自らの研究結果が限界酒乱OLにことごとく倒されていくのは面白くないものね」

 心地よい夕凪の潮風が吹き抜ける。

 沖縄の景色はいつだって美しい、そう思った恰幅の良い男の視界の端には倒壊した建物と、淡々と処理される無数の死体が映っていた。ひかげちゃんの友達……確かタマちゃんとか呼ばれていたっけか。大概、彼女も災難だなあ。と、さして同情もせず軽薄に含み笑いを零してしまう。


「あーそうそう、たぶん要らねえ気遣いだろうけど、ここの所長は今回の事故に巻き込まれて死亡って改ざんしといたから。たぶんもう衝動が抑えきれないんだろう? なあ、所長さん――いや、銃火器狂トリガーハッピー虚空エンプティさんよぉ」

「お気遣い感謝します。これで偽装用の死体を用意せずに済みました。ふ、ふふ……ふはは……実はね、先程の壮絶な戦闘を目にしてから、もう滾って滾って仕方ないんですよぉ。彼女の右足を貫いたサソリの大穴、僕ならもっと綺麗に愛用のリボルバーで四肢全てに風穴を開けられるのにってねぇ……!」

 虚空エンプティと呼ばれた細身の男は、くつくつと残忍な笑みを浮かべる。所長として培った今までの理性的な表情が仮面であったかのように、獰猛な獣を思わせるギラつきで舌なめずりをするのだった。

 ははは、と笑いながらスキンヘッドをぽりぽりと掻く男はこれからのことを思う。

八重山諸島のとある島で起きた事件は、揉み消され報道されることはないだろう。『青蜥蜴』は巨大な闇組織だ。その意向に逆らうモノはいない。――神崎ひかげ、か。そんな巨大組織が執拗に追いかけ回す彼女とは一体。

「まあ、考えても仕方ないわな」

 男が知る唯一のキーワード、それは『プロジェクト・HINATA』。まったくもって何を指す言葉なのか皆目検討も付かないが、今まで生き抜いてきた直感がそれ以上は知るべきではないと自分自身に警告を鳴らしていた。


 オレンジ色の夕陽が沈みかけた帰りの船内で男はあくびをひとつ。もう沖縄に用は無いし、組織の息がかかったホテルでスヤスヤと寝ているあの二人に、酒屋のおじさんからということで泡盛とハブ酒を差し入れでもするかな、と密かに考えるスキンヘッドで恰幅の良い『青蜥蜴』の諜報員だった。


〈了〉


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神崎ひかげVSギルタブリル・オブトサソリ 不可逆性FIG @FigmentR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ