エピローグ 幸せの味

 ハカイオウは、今夜にでも宇宙連邦の特殊法廷に送られ、分解されるのか、ロボット刑務所に送られ事件の真相解明に協力するのか、それとも記憶を消去されて新しい職務に着くのか決められると言う。

 少しして、そろそろ、西の空が金色から橙色に色づいてきた頃、ベガクロスは、兄クオンテクスにせがまれて、思ってもみない場所に来ていた。色々悩んだが、兄の最後の頼みを聞くことにしたのだ。空港の医療センターで借りた車いすにクオンテクスを野背、突いたのは大河メラーの畔にある小さな丘の上、あの林に囲まれた別荘だった。

「…悪いなテオ、お前にどうしても食べさせたいものがあってな」

 しっとりした木陰の小道を通り、木戸をあけてバラのアーチをくぐり、奥に入ると、そこはあの葡萄棚だった。

「へえー、知らなかった。なんだか懐かしいな」

 そこにははちきれんばかりの葡萄がいくつもぶら下がっていた。

「…ほら、テオ、そこの、ホラ大きな房が…、そう、それ、それをとってみてくれよ。きっとうまいぞ」

 ベガクロスは大きな粒を兄と分け合い、口に運んだ。味の記憶が昔の風景を運んできた。お屋敷があって、美しかった母さんも元気で、兄とこんなふうに葡萄を食べたっけ…。2人の兄弟は橙色の木漏れ日の中。ほほ笑みをかわした。

「う、うまいなあ、ジャック兄貴」

 はちきれんばかりの川の中から甘い果汁が口いっぱいに広がる。

「うまいだろ、なあテオ…」

「もっと食べるかい…兄貴」

 そう言って大きな粒を差し出したベガクロスの指から、葡萄の粒がこぼれ落ちた。

「…兄貴…」

 そこから先は言葉に成らなかった。クオンテクスの安らかな顔に、大きな夕日がゆっくりと沈んで行った。

 それから少しして、ギラードの天空船が宇宙空港から離陸した。サーカス団のロボットたちも団員も、いつもの天空船でくつろいでいた。カバチョ団長を中心に、あのr7のメタルグレイのレオナルドや、シルバーメタルに変身したロボットたちや曲芸の人々、魔術師やナイフ投げの名人も楽しそうに笑っていた。その時ドアが開いて、2人の女性が入ってきた。

 マギ・トワイライトが松葉づえのマリア・ハネス・メルセフィスをいたわりながらゆっくり歩いてきた。

「…じゃあ、ギラード船長は本当にかけつけて助けてくれたんだ?!」

「ええ、命がけで走ってきてくれた…感じかな。だから、この程度のけがで済んだのよ」

「占いでね…、命がけで走らないと、一生取り返しのつかないことになるって言っておいたのよ」

 2人は目と目をあわせて愉快そうに笑った。女王の足のけがは幸いそれほどひどくはなさそうだった。

「でも、女王様も、よくおもいきったものね」

「だって今はネットでもホログラムでもなんでもできる。そこにいなくても、そこにいられるじゃない?!だからちょっとだけ考えを変えてみたのよ。私のほうからついて行けばすべて解決するってね」

 ダビデを中心とした王宮騎士団とアイリーンを中心としたクィーンウイングスでカイザーパレスの復旧を責任持ってやってくれる、女王は足のケガの養生もあるから、しばらくお休みくださいと言う事になり、ギラードの天空船に飛び乗ったのだ。

 早速マギも、女王も楽しい仲間の輪にはいった。

「ねえ、カバチョ団長さんて、何でそんなにいつも幸せそうなの?」

 天空船の窓から星を眺め、マリア・ハネス・メルセフィスはカバチョ団長に問うた。カバチョ団長はにこっとしてやさしく答えた。

「すぐ目の前にあるもの、今まで見過ごしていたもの、隣にいる人をすばらしい、いとおしいと思えば良いのです。そんなふうに豊かに物事を感じられる心をお持ちなさい。すべては、そこから始まりますよ」

 女王は星を見て、サーカス団の仲間を見て、舵とりをするギラード船長を見て、目を輝かせた。自分は今までどれだけ遠回りをしていたのだろう。でも遠回りをしていたから今の幸せがあるような気もする。天空船は星の海原を軽やかに進んで行った。

クリフたちは宇宙空港のロビーで長い待ち時間を持て余していた。

「長らくお待たせしました。エリュテリオン行きのライデンの離陸準備が整いました。ご乗車のお客様…」

 やっと放送が入った。カイザーパレスの救護活動や片付けがなんとかひと段落し、グレイシス将軍や幹部たちが戻って来て、出発準備が整ったのだ。

 グレイシス将軍やモリヤ・モンドたちエリュテリオンのメンバーがほがらかに談笑しながら船に向かう。エリュテリオンに帰ることになった横笛のジュリが、姉のジュネ、九鬼一角とともに静かに歩きだした。

「じゃあ、ネビル、先に言ってるから、すぐ着てね!」

 メリッサとリンダが、思いっきり手をふって宇宙空港のロビーを歩いて行った。ゼペックがネビルに小さなメモリーカードを手渡した。

「これが昆虫メカの分析データだ、これを使えば昆虫メカが近づいたときにすぐ発見できる。まあ、メルパのことだから、またすぐに別の手を考えてくるだろうがな。しばらくは安全だ。さあ、これで俺も諜報部へ帰れそうだな」

「有難うございます、ゼペックさん。僕は1度エリュテリオンによることになったんですけど…、ところでクリフさんはどうするんですか?サーカス団のみんながいろいろ声をかけてくれてましたけど…」

「ハハハ、サーカスには近いうちに必ず行くよ。でも、娘との約束に魔に会わないと困るんで、今回は地球にまっしぐらさ」

「ああ、そうでしたね。さっちゃんを泣かせたら大変だ。じゃあ、いそがないと」

「ネビル、ゼペック、本当にありがとう。じゃあ、また」

 クリフはみんなと握手をして別れ、宇宙空港のロビーを歩きだした。クリフの心の中にはもう海風が吹き、あの金色のカモメの風見鶏が回っていた。緑深い海の見える丘の上、妻と娘が、クリフを迎えてくれる。とおくからも良く見えるように、きっと大きく手をふって…。    (了)

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ハカイオウ セイン葉山 @seinsein

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