私たちは誰一人としてテンプレートの枠に嵌りきらない

タイトルやキャッチコピーに踊る、『男の娘』や『百合』といった引きの強いワード。
「女装趣味の少年がひょんなことから全寮制の女学園に入学する」という、いかにもピンク色したキャッキャウフフなラブコメが始まりそうな導入。

ですが。
物事は、そんなに単純ではありません。

主人公の一冴は、身体は男性、女性の服装に興味があり、恋愛対象は女性で、彼自身の性自認は不明瞭です。
この時点で、『男の娘』や『百合』などという二次元的にデフォルメされたテンプレートでは彼を説明できないことが分かるでしょう。

近頃はLGBTQという言葉が広く認知されるようになりましたが、それですら誰かにとって都合のいいラベルになっているきらいがあります。
問題は非常に複雑で、繊細で、一口には説明できないことばかりなのです。

何かを「普通はこうあるべき」と定めると、必ずその枠組みに入らないマイノリティが生まれます。
本作のメインに据えられている性自認や性的指向はもちろん、趣味や嗜好、信仰や対人スタンスなどでも。

私たちはみんな、一人一人が違う人間です。
同じものを見ても、違う感想を抱くのが当たり前です。
その上で、一人一人が「こうありたい」姿で生きられる世の中であればいいなと思います。

改めて、この作品は。
センシティブな悩みを抱える『上原一冴』という一人の高校生が、恋や友情、自分の在り方などに迷いながら、自分の居場所を見つけようとする物語です。

心理の動きや人間関係の変化の描写が丁寧で、何度も心を揺さぶられました。
難しいテーマがエンタメ性ある物語に落とし込まれており、とても読み応えがありました。
ラストは爽やかで、晴れ晴れとした読後感。
素晴らしい作品でした。面白かったです!

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