女装男子は百合乙女の夢を見るか?

千石杏香

序章 少年、「女子高生」になる。

花ざかりの森

花ざかりの森に波紋状の石畳が続いている。


満開の季節は少しすぎ、桜ははなびらを散らしていた。


石畳とはなびらとを踏みながら、白いセーラー服をまとった少女たちが登校してゆく。スカートは深緑。大きなえりには浅葱あさぎの短いネクタイがついている。


そこは白山しらやま女学院の敷地であり、白山神社の鎮守のもりでもあった。石畳のかたわらには庚申こうしんの石像もある。


その中に、緊張した顔で登校する生徒が一人いた。


彼――上原うえはら一冴かずさは十五歳の男子だ。しかし白山女学院の制服をまとっている。肩にかかるほど髪は長い。整った顔立ちと、大きな瞳――。その姿は完全に女子でしかなかった。


――我ながら不思議だ。


そんなことを思いながら一冴は歩く。


太ももがすーすーしている。男子が普通は知らない感触――スカートの履きごこちだ。下着以外、下半身に何かを履いているという気がしない。


自分は今――周囲の女子と同じ格好で登校しているのだ。


――男なのに。


そして、これは片思いの人の格好でもある。


周囲と違うのは、股間が窮屈に感じられるところか。何しろ下着も女子なのだ。胸にも慣れない締めつけがある。


肩から下げているバッグには、「だいふくねこ」というキャラクターのストラップが三つもついている。できるだけ女子だと思われるための小道具として、幼馴染が用意してくれたものだ。


唐突に、何者かからスカートをまくり上げられた。一瞬、いちごの模様のショーツが露わとなる。工夫をこらしているため、不自然な膨らみはない。


「わっ!」


咄嗟にスカートを押さえ、振り返る。


そこには吊り目の少女が立っていた。


前髪も後髪も切りそろえられたセミロング――まるで日本人形のような髪型だ。側頭部からは、メッシュのように白いリボンが流れている。


「ついてないように見える――ね?」


そう言い、東條とうじょう菊花きっかは笑う。


これこそ、ストラップにしろ下着にしろ、男子である一冴に対し、あてこすりのように可愛い物をそろえてくれた幼馴染なのだ。


あわてて周囲を見回し、菊花にしか聞こえない声で一冴は言う。


「一体なにすんだ――お前は?」


「別に――。女子のあいだじゃ、これくらいスキンシップだし。」


「んなわけねーだろ。」


「あんまうろたえると、男だってバレるよ?」


そう言われると、一冴には反論が難しい。


一冴の右手を菊花は握った。当然、一冴は驚く。しかし、今の自分は「女子」なのだということを思い出し、すぐに冷静となった。


「さ――行こ、『いちご』ちゃん。」


「あ――うん。」


菊花に手を引かれ、一冴は歩きだす。


いささか周囲の視線を集めているような気もした。


気まずい――ぎこちない。


しかし今は従うしかない。


たとえ女子同士でも、手をつないで登校するのが普通なのかは分からない。菊花の性格を考えれば、困惑する一冴を面白がっているのかもしれない。しかし判らない以上、従うしかなかった。


三年間、男だとバレずにこの学校で過ごさなければならないのだ。


しかも――女子寮で女子たちと生活しなければならないのである。


そして――思い人と結ばれなければならない。


――けれど、どうしてこうなった?


釈然としない。


少なくとも、今の一冴は女子と手をつなぐ女子にしか見えなかった。

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