チョコはもらえなかった。
コカ
チョコはもらえなかった。
僕は、その年のバレンタインデーに、ひとつのチョコも貰えなかった。
二月十五日の学校でその話をすると、友人達は心底驚いた顔を見せ、口々にとある少女の名を口にした。どうやら皆が皆、何か勘違いをしているらしく、「彼女とはそんな関係じゃない」そう言った僕に、全員渋柿を食ったような顔をしてみせた。
揃いも揃って何度言えばわかるのだろう。自分の席に鞄を下ろしながら呆れてしまう。
彼女とはそういう関係じゃない。彼女とは……
――これって腐れ縁かしら?
あれはいつだったか。その日はとても寒かったのを覚えている。夕暮れ時の通学路を歩いていると、僕の隣で彼女は問いかけてきた。
「どうだろう。たんなる友情ってもんじゃないとは思うけど」
でも、友情ってどこまでが友情として処理されるんだろうな? そんな僕の曖昧な返答に、彼女は憮然と呟いた。
「……たとえば手をつなぐのは? 」
「ほら」
「ん」
僕がおもむろに突き出した右手に、彼女は左手を重ねてくる。
「仲良く手をつなぐってのは友情だろ? 」
「そうかもね」
そう言いながら、彼女は僕の腕に自分の腕を絡め始めた。
「どうしたんだ? 」
「寒いからいいんじゃない? 」
「まぁ、寒いよりはいいか」
「じゃぁさ、アタシが暖かいものが飲みたいって言うとするじゃない? 」
「そのワガママを聞いて、僕が甲斐甲斐しく買いに走るのは友情か? 」
「いいじゃないの」
なんだか、ガキ大将にアゴで使われるメガネっ子の気分だ。僕が大げさに肩をすぼめると、彼女は屈託ない顔で笑った。
「ったく……で? 何飲むんだ」
「まだ自販機まで随分あるじゃない。いいわよ、そこまで一緒に歩きましょう」
「寒いんだろ? 」
この寒空の下、呆れることに彼女は制服にコートを羽織っただけ。今朝は珍しく急いでいたらしく、ろくな防寒具を身につけていないのだという。
「あんたがいないほうが寒いわよ」
「はいはい。僕は湯たんぽ代わりってわけか」
「湯たんぽは文句言わないわよ? 」
彼女の減らず口に閉口しつつも、「ほら、それならこれでも巻いてろ」彼女に自分のマフラーを手渡した。
……うっすいマフラーね。そんな声が僅かだか聞こえてくる。
「文句言うなよ、僕の一張羅だぞ。それに無いよりはマシだろ」
「まぁ、多少はね」
僕のマフラーに口を埋め、彼女はぬくもりを楽しんでいるような表情を見せた。そんな顔を見せてくれるのなら、自分の首が寒いのなんてなんのその。
「ねぇ」
少しだけ背伸びした彼女は、まるで内緒話をするように僕の耳元でささやいた。
「もしさ、アタシがアンタにマフラーを編んでくるのって……これって友情? 」
耳元にかすかに当たる吐息をむず痒く感じ、少しだけ言葉に詰まってしまう。
「……でも、今から作るとなると冬が終わるんじゃないのか? 」
マフラーを作るのにどれくらいかかるのかわからないけれど。
「その気になれば来年にはできるわよ」
「来年? となると、年開けてすぐって事か」
まさか来年の冬ってオチはないだろう? 意地悪く笑う僕に、彼女は少し困ったような顔を見せた。
「いや、三月までには作り終える予定……ううん、二月までには終わらせるから」
恐らくは、ギリギリなのだろう。冬が終わるのが先か、マフラーの完成が先か、彼女の目からはもはや一刻の猶予もないことが感じられた。
「……これって腐れ縁ってやつかしら? 」
「マフラーの事か? ……う~ん。たんなる友情ってもんではないかな? 」
どうなのだろう。うんうんと首を捻っていると、自販機を見つけた。そういえば、飲み物が欲しいといっていた事を思い出し、隣で同じくうんうん唸っている彼女に問いかける。
「なに飲むんだ? 」
「そうねぇ、暖かいココアが飲みたいわ。あ。でも隣のカフェオレもいいわね」
「じゃぁ、半分ずつ飲むか? 」
「そうね。それじゃアタシがココア。あんたはカフェオレで」
「はいよ」
「ちゃんと半分残しときなさいよ? 」
彼女は、鼻まで真っ赤に染めて、いたずらっ子のように笑い、
「そっちこそな」
僕も、負けじと笑みをこぼした。
――ふと見ると、通学路に、薄くなった影法師が二つ並んでいる。お互いに身を寄せ合うように立っている。
二人でぼんやりと眺めていると、
「……まぁ、こういうのは友情かもね」
背の低い影が手に持った缶を突き出し、
「そうか? 」
背の高い影法師も自分の缶を突き出した。
「だって、心の許せる相手としかこういう事って出来ないじゃない。そう思わない? 」
「そうかもな」
――腐れ縁っていうのかな。
なぜだろう、突然あの日のことを思い出してしまった。きっと朝っぱらから友人達のバカ話につき合わされたからだろう。
なぁ、本当は貰ったんだろ? なんて、しつこく聞いてくる友人を向こうへ行けと追い払う。
いい加減、面倒だ。昨日貰った、彼女お手製のマフラーを鞄に押し込めながら、もう一度、今度はクラス中に聞こえるように言ってやった。
「だから、昨日はチョコなんて貰ってないって」
チョコはもらえなかった。 コカ @N4021GC
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