Ⅴ.Reincarnated World

 アラームの音が耳に届く。


「ん……ああああああ?!」


 車太は飛び起きると、そこは自室の床だった。

 整然とした部屋はいつも通りで、壁際に置かれた少し大きめの衣装タンスは相も変わらず、部屋を少しだけせまくしている。


「……夢か、そりゃ夢だよな」


 現代に現れたchocolaterチョーコレーター、哀しい人類の未来、そして、chocolateチョーコレートされた朱希。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい、荒唐無稽こうとうむけいな物語。

 自然とかわいた笑いが出てくる。

 なぜだか涙も少しだけ溢れてきて、車太はそんな自分にも苦笑した。


「っといけね」


 フォトフレームの下部に表示されている時計を見ると、既に4時半。

 約束の時間まで、あと30分だ。

 

「あー。何とか我慢して、チョコ食うかなあ……」


 大きなため息をつき、立ち上がり、廊下ろうかへ続くドアを開ける。

 と、そこにいたのは。


「貴様が、猪口車太だな」


 あの、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした大男、chocolaterチョーコレーターが玄関で仁王立におうだちしていた。


「うわあああああああああ?!」


 慌てて後ずさり、テーブルに足をぶつけ尻もちをつく。

 大男はゆっくりと前に進むと、眉間に銃口を突きつける。


「貴様をchocolateチョーコレートする! ……なーんて」

 

 口調が不意に変わり、巨漢のchocolaterチョーコレーターは全身がいきなりぐにゃりと歪む。

 そして見る見るうちにしぼんでいき、背中のファスナーが引き下ろされる。

 すると、中から出てきたのは、


「びっくりした? ハッピーバレンタイン!」


 笑顔の朱希だった。


「え、え、え?」

「じゃーん、chocolaterチョーコレーターの前売り映画券予約したら、この着ぐるみ当たったの!」

「え、映画?」

「うん。ほら、今日レイトショー行く予定でしょ」

「え、そうだったっけ?」


 記憶が不安定にらぐ。

 そう言われてみれば、そうだったような気もする。

 chocolaterチョーコレーター。確か、未来から来て、チョコ嫌いの主人公にチョコレート因子を撃ち込み未来を変える、そんなあらすじだったような気もする。


「まあまあ、それはさておき、おほん。ええと、これ。……私の気持ちです」


 朱希は両手で綺麗にラッピングされたハート形の箱をそっと差し出す。

 中を開けると、大量の不揃いなハートチョコレートと、メッセージカードが入っており、そこには「これからもずっと一緒に居てください、大好き」と書かれていた。


「朱希……」

「OKってことで……ね? んもう。恥ずかしいんだからとにかく食べて食べて」

「う、うん」


 普段だったらチョコレートを目にするだけでのけぞるのだが、不思議と今日は口の奥からよだれが溢れ出ており、いける気がする。

 意を決して、ひとかけらをおずおずと口に運ぶ。

 それはとても甘く、鼻腔びくうさわやかに香るもので、「人生で初めて感じる、幸せな温かみのあるチョコ」だった。



                       CHOCOLATER 了

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CHOCOLATER 南方 華 @minakataharu

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