第115話 辺境の村 ソット(完)

「フィオナー!」

 大きな声が聞こえて、私の口元には自然と笑みが零れる。自室を出れば、既にその声の主はうちのリビングに入り込んで、家族らと挨拶を交わしていた。

「おはよう、イルゼちゃん」

「おはよ。もう準備できた?」

「ううん、ごめんね、もうちょっと待って」

 イルゼちゃんは「大丈夫だよ」と笑って、リビングのソファにのんびり座った。私はその様子を見守ってから、自室に戻り、残りの準備を進める。

 大神殿で恒久の封印の術を発動させ、光が収まった頃にはもう女神様は消えていた。きっとまた力を使い過ぎたのだと思う。別れの言葉は心の中だけで呟いて。私達は大神殿を後にした。

 まずは全員で王都に戻って、王様に諸々を報告した。ジンさんにも、改めて剣のお礼を告げに行った。本当はその後ジェフさんとアマンダさんをご自宅までお送りしたかったのだけど、みんなに宥められて王都での解散となった。少しだけ名残惜しかった。

 でもソットに戻る私達にはグレンさんが王様からの書簡を携えて一緒に来てくださって、私達が務めた使命を両家族に説明して下さった。勿論、全員が目を白黒させていたけれど……王様の書簡に異を唱えるはずもなく。最終的には信じてくれた。

 そもそも私達が生まれる時、私達の母は夢で女神様と会っている。二人は妙に腑に落ちた顔で「そういうことだったのね」と声を揃えていた。そうなると父らも信じざるを得なかったのだと思う。

「――気を付けて行ってくるんだよ」

 玄関を出る私とイルゼちゃんの背に、父の声。足を止めて振り返り、頷く。

「いつ帰ってくるんだい?」

「一か月半後くらいかな、また手紙で知らせるね」

「フィオナは私が守るから大丈夫だよ!」

「はいはい、フィオナをお願いね、イルゼちゃん」

 私の両親は笑いながら手を振ってくれた。そうして私達は真っ直ぐ、村の外へと歩き出す。ソットに帰ってきたのはほんの二か月前のことだったけれど。こんなにもすぐまた外に出ることになるとは思っていなかった。振り返れば両親がまだ村の門に居て、私達を見守ってくれている。見えなくなるまではまだまだ時間が掛かるだろうに。私に合わせてイルゼちゃんも振り返ってそれを見付け、苦笑していた。

「早く一緒に住みたいな~」

「ふふ、そうだね」

 私達が一緒に住む為の家は現在、建築中。ちょっと大きな家を求めてしまった為、完成までは半年ほど掛かる見込みだ。

 結局、王様からの多大な褒賞金は受け取らなければいけなくて……その一部を、建築費用に当てさせてもらっている。王様曰く、あの旅の褒賞でもあるけど、「その優秀な治癒術で故郷の村や、近隣の村を助けてほしい」とも言われ、診療所建設の支援金という名目でもあった。そういうことなら……。言い包められているだけとも言う。

「でもイルゼちゃんがお迎えに来てくれるのも嬉しいよ。今だけだから」

「そう? フィオナがそう言うなら、まあいいか」

 朝に、外から私の名前を呼んでくれるのが妙に嬉しい。勿論、一緒のベッドで目覚める朝も好きだけど。

 なお、私達は『そういう意味』での進展は全くしていない為、一緒のベッドで目覚めるというのはそのままの意味だ。『結婚』と言って一緒に住む日は迫っているのに、それに合わせての変化などは何も無かった。

「ところで、アマンダからの手紙もう読んだ?」

「読んだよ、いつも短いから」

「ルードとどうだって?」

 端的な問いでも意味は分かる。私は軽く肩を竦めた。

「全然分かんない。要領を得ないというか、でも多分まだ、まとまってないんじゃないかなぁ」

 封印の後もやっぱりアマンダさんはあんまりルードさんと目を合わせようとしていなくて、寄り付かない感じだった。ルードさんは頻りに彼女を気にしていた様子だったものの、恋人としてやり直すというような雰囲気にはならなくて。

「十七年も空いてたら、復縁は難しいのかなー」

「ルードさんは気にしてないように見えたのにね」

 彼はジェフさんやグレンさんに対しても何の違和感もなく喋っていたし、アマンダさんともずっと話したそうにしていた。未婚だって聞いた時にあからさまにホッとした顔を見せたのを思えば、今のアマンダさんに興味が無いはずがないんだけど。

「まあ、ルードは起きたら相手が年取ってただけで、さっきまで恋人だった感覚なんだもんね」

「その『年取った』って部分を、アマンダさんは気にしてるんだと思うけど……」

「単に照れてるだけじゃない?」

 そんなに簡単な問題なのだろうか。私の予想も多分足りていなくて、もっと根深い気がする。私は小さく唸った。

「でも何だかんだ、一緒には住んでるんだよね」

「ルードさんのご両親も、まだ見付かってないらしいから」

 最初は、ルードさんも故郷に帰してご両親と再会させてあげようって話だったんだけど。導き手一族の調べによるとルードさんが亡くなった報せを受けて、そのショックからか、移り住んでしまったそうだ。一族の方々が今、懸命に捜索をして下さっている。でも王都のような特別な地域でもない限り、居を移すのに申請や届け出は必要ないし、情報が少なくてかなり難航しているみたい。

 結果、他に定住先が無いルードさんの面倒を、アマンダさんがしばらく見る話になった。ルードさんは元々冒険者をしていたらしいので、当時と同じく気儘に旅をしてもいいと言っていたものの。ご両親の捜索のこともあるし、「当分は連絡が付きやすいように何処かに定住してほしい」「アマンダは一人暮らしだから男手があれば助かるだろう」と、半ば押し切るようにグレンさんとジェフさんが言って。苦虫を噛み潰したみたいな顔をしたアマンダさんはしばらく抵抗したものの、面倒見のいい人だし、最終的には受け入れていた。ただそれだけお膳立てをされても、二か月が経った今も復縁には至っていないようだ。実際には別れてもいないわけだから、復縁と言うのも違うのかな……中々にややこしい。

「ま、詳しいことは直接聞けばいっか」

「そうだね」

 これから私達は王都を経由して、グレンさんと共にアマンダさんの家を訪ねることになっている。ジェフさんは別行動で、既に向かっているらしい。つまり、二か月ぶりにみんなと再会する予定だ。

「あの二人がまとまるより、私とフィオナの結婚の方が先だったりしてねー」

 からからと、イルゼちゃんが明るく笑っている。とりあえず笑い返してはみたものの。

 笑える立場だろうかと思う私も居る。

 二人のことを心配したり笑ったりするイルゼちゃんは、この先の私達について、どう考えているんだろう。

「……ある意味で一番ややこしいの、私達かな……」

「ん? 何か言った?」

 ちょっと遠くを見ていたイルゼちゃんが振り返る。私は首を振って、「何にも」と答えた。

 私自身がまだ、イルゼちゃんと『どうなりたいか』という答えも持っていないのに。イルゼちゃんにばかり答えを求めても仕方が無いだろう。旅とは裏腹にまるで先に進んでいない自分の悩みに、一人、苦笑した。

「イルゼちゃん」

「うん?」

「手を繋いでも良い?」

 私の我儘に、イルゼちゃんはきょとんと目を丸めてから、その色を甘く変えて微笑む。

「勿論」

 大きな手が私の小さな手を包み込む。この温もりを得るだけで、未来の形なんてどんなものであっても構わないような気がするんだから単純なものだ。

 この幸せが、ずっと欲しかった。

 憂いなくあなたの隣を歩ける幸せを。明日もあなたと共に生きていける幸せを。ずっと、ずっと、千年前のあの日から、その夢ばかりを見ていた。

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