3話 映画館で慌てた

 映画館に到着すると俺たちはチケットを購入しに向かった。


 最近の映画館は映像技術以外もだいぶ変化しているようだ。少し来ない間に有人だったチケット売り場は無人の券売機へと変わっており、如月の細長い指がタッチパネルに触れていく。


 キョロキョロ見回したくなる気持ちを抑えて俺は如月の後ろから画面を覗き込む。


 観る映画を指定して、座席は……隣らしい。


 これだけでもなんだか気恥ずかしい。よくあそこまで平然した顔で出来るものだ。少なくとも俺にとってはだいぶ覚悟がいる行為だというのに。


 だが、予想外の行動はこれで終わらなかった。料金選択に差し掛かると如月は一般料金を選択せず別のボタンをタップする。


 そこには「カップル割」とあった。


 いや、プラン名がどうだったかはわからない。とにかく男女ペアとかそんな内容だったのは確かだ。


 二度見する暇もなく画面が切り替わり券売機がお金を要求してくる。


 ——いやいやいや、確かに状況的には間違ってはないけど……


 直後、券売機からウィイーンとメカニカルな音が響き、如月がお金を投入、紙幣が吸い込まれていく。どうやら押し間違えではなかったらしい。


 「使えるものは使ったほうがいい」という魂胆なのだろう。


 映画が楽しみ過ぎてそこまで気が回っていないのだろうか。出かける前は心なしか頬が緩んでいるようにも見えたことだし有り得る話だ。


 続け様に如月がもう一人分お金を投入し発券ボタンを押したのを見て、慌てて俺は財布からお金を取り出す。


「え?」


 意外そうな顔をする如月だったがすぐに合点がいったようでポン、と手をうつ。


「結構ですよ。私から誘ったことですし、これくらいは払わせてください」

「いや、お金のことはしっかりとしておいた方がいいと思って」

「……変なところで律儀ですね。じゃあそのお金で飲み物とか買ってください」


 むぅ、っとしてみせた後、「元々買おうと思っていたので」と付け足し、クルリと背を向け歩き出した。


 香ばしくも甘いポップコーンの香りが鼻腔をくすぐる。つられるようにして俺たちはフード&ドリンクの列に並んだ。


 何を買うかむむむ、と唸っている如月を眺めながら、ジリジリと購入までの順番が近づいてくる間、俺はこの妙な居心地のよさについて考えていた。


 ヴィーナスもかくや、という美形と二人きりというシチュエーションは周囲からの目が気になる。だが、如月はそれ以上のやりやすさを与えてくれる。行動しづらさを感じない、喉に引っかかるようなものがないのだ。


 俺の勝手な推測になるが、その理由は如月が様々なことに気を回してくれるからなのだろう。


 先ほどの買うつもりだったという言葉も俺が渋るのを予測して付け足したのかもしれない。


「——ありがとな」


 気づけばメニューを覗き込む後ろ姿にそう呟いていた。


 ……言ってから恥ずかしくなってきた。


「どうかしましたか?」


 しかもそういう時に限って聞き返してくるのだから困る。


「……何でもない」

「気になります」

「何でもないって」


 ——視線が交差する。


 負けてなるものか、と宝石のような瞳を見つめ返すが耐性のない俺が勝てるはずもない。5秒も保たずに顔をそらしてしまう。


「ふふっ。まあいいでしょう。それよりも前、進んでますよ」


 ハッとして列を見るとだいぶ前の人と空間が出来ていた。


 急いで距離を詰める俺の背を如月がゆったりと追いかけてくるのが分かる。


 ……実は聞こえていたんじゃないだろうか。


 俺の首の背辺りにそよ風のような予感がよぎった。

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高嶺の花の同級生から義理チョコを貰った 李陽 @Tokujyo_lunch

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