2話 同居人とお出かけした
長い夢を見ていたような気がした。
俺が如月と一緒に食卓を囲み、誤解を招くかもしれないが同じ風呂に入り、同じ屋根の下で寝る、そんな夢を。
……なんて、まさかあるはずないよな。
しかし目を開けると、そこはいつもと違う天井だった。
「マジか……」
まさか、本当だったなんて。いや、夢なら夢でどんな夢を見ているんだ、という話になるのだけど。
未だに実感が湧かないまま、リビングへと向かう。
バスの中で寝ていたせいか、随分と早く目が覚めてしまった。綺麗に磨かれた机に座り、カーテンから差し込む細い弱い光を眺める。
そういえば、昨日風呂上りの俺を如月が待っていたのもこの場所だった。
薄手のキャミソール(だと思われる服)を纏った如月はとにかく隙が多かった。
具体的な言葉にはしないが、あれは反則だろう。
そんな如月に俺の寝室を案内してもらったのだが、その最中も服装以外にもどこか気の抜けたような雰囲気であくびを噛み殺す様子などを見せつけられた。その破壊力抜群の仕草を何度もやるものだから布団に入ってからなかなか寝付けず、高鳴る心臓を抑えるのに苦労したのを覚えている。
……やっぱり後で三木に連絡しよう。
優柔不断だと思われても構わない。
そう決心してからしばらくすると目を擦りながら如月が起きてきた。
そのまま朝ごはんを食べ(ここでも手の込んだものを作れなかったと謝る如月と一悶着あったことは言うまでもない)、俺が勝ち取った洗い物を終えると如月が唐突に聞いてきた。
「今日は何か予定ありますか?」
「特にないけど、二日続けては流石に悪いから三木に連絡しようと思う」
すると如月の動きが止まった。
「それは止めたほうがいいと思いますよ」
「……どうして?」
心なしか声のトーンが変わったような気がして、思わず俺も慎重になる。
「確かに三木さんなら泊めてくれるかもしれません。ですが、それまでどこに泊まっていたのか、と聞かれることになります。私は構いませんけれど、柳沢さんは困るんじゃないですか」
うぐっ。
確かにその通りだ。
「すみません、本日もお世話になります……」
まるであらかじめ考えていたかのようにスラスラと正論を言われてしまうと自分の浅慮さが恥ずかしくなる。如月が人の立場に立って考えられる人で助かった。
ひょっとすると俺以上に俺のことを理解していたり、と考えが変な方向に行き始めたところで、こんなセリフが聞こえてきた。
「ですので——よかったら付き合ってもらえないでしょうか?」
***
どうやら2日続けてレトルト品を食べてしまったため備蓄が底をつきかけているらしい。また、食材も買いたいとのことだった。
勘違いなどしていない。付き合うという言葉を耳にしてすぐに男女の関係を連想するのは視野の狭い人間だ。俺はどっちだっただろうか? 残念ながら出発してから時間が経ったのでもう覚えていない。
というわけで俺たちはショッピングモールに来た。
——わざわざ電車を乗り継いで。
それにはもちろん理由あってのことだ。
俺と如月が一緒にいるところを見られても困る。
如月は最悪見られても構わない、自分たちは何も悪いことをしていない、というスタンスらしいのだが流石にそれは如月の名誉に関わるのでやめておく。まあ、如月のことだ、頭が回るからどうとでも誤魔化せると考えているのだろう。
結局俺がささやかな抵抗をした結果、行き先は近場のスーパーから広大な敷地に広がる計三棟の大型建造物へと変貌を遂げた。とある条件と引き換えに。
「楽しみです。約束は守ってくださいね?」
「わかってる。というかそんなに楽しみだったのか」
「はい」
ショッピングモールのエスカレーターで一つ前に乗った如月が心底嬉しそうに微笑んだ。下から見るその顔にいつもと違う一面を垣間見たような気がしてドキっとしてしまう。それに、顔が近い。吐息まで感じられそうな距離だ。
「どうしたんですか」
「いや、なんでもない」
「ですが、顔が赤いような」
「なんでもないって——ほら、もう着くから前向いた方がいい」
見えてきたのは映画館だ。
如月に見たい映画があるから大型店舗に行くのなら一緒に見よう、という条件を出されたのだ。
なんでも最新技術を使ったものはここにしかないという。
作品はもともと興味のあった映画でいつか見ようと思っていたものだった。値段は少しお高いが高画質で観れるなら、と願ったり叶ったりの提案に俺は二つ返事でYESと返した。
もし、興味のない作品だったら俺は一体どうしていただろうか。
如月が映画を楽しんでいる間、ウィンドウショッピングをするなど別行動をとっていたかもしれない。
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