如月家に泊まった
1話 お泊まりが始まった
この時間から夕食を用意するのは流石に骨が折れる。
申し訳なさそうに如月は「すみません」と告げ、食卓にはカップ麺が並んだ。
だが、如月が謝る理由はどこにあるというのだろうか。思い切り身体を動かしていたこともあり、ほぼ着の身着の儘と言っていい状態の俺は食べ物にありつけるだけでありがたいのだ。
しかも箸やお湯まで用意してもらっている。
「片付けは俺がやるよ」
唐突にそう言ったせいか、少し考える様子をしてから如月は目を細めた。
「それじゃあお願いします」
そしてあっという間に3分が経ち、箸を握る。
——美味しい。
いただきますは感謝を伝える言葉だが、これからは文明に感謝する意味があってもいいと思う。
それくらい美味しかった。
用意してくれた人にも感謝しないとな。
そう思い目をやると如月は、ふぅー、ふぅー、と麺を冷ましているところだった。
しかもなかなか適温にならないらしく、空腹に耐えきれなかったのかそのまま、はふはふと食べ始める。
それがまたかなり魅力的で、かわいらしい。
だからこそ俺は考えてしまう。
何故だろうか、と。
普通、異性を家に上げようものなら緊張するはずだ。少なくとも俺ならそうなる。ましてや今回なし崩し的に泊まることになってしまった。
だというのに今日の如月はいつもに増して親しみやすい気がする。
異性という感覚よりも友人として招かれているのだろうか。
それとも顔に出さないだけで実は緊張しているのか。
あるいは——如月は以前そういった経験があるのかもしれない。だからこれくらいなんてことない、と。
……まさか。
過ぎった嫌な考えを箸の先の麺の熱と一緒に振き飛ばす。
詮索しても仕方ない。信頼されていると捉えよう。
だが意外にも答えはすぐにわかった。
「ふわ……」
如月が小さなあくびをしてから立ち上がる。
「片付けてもいいですか?」
食べ終えた容器片手に俺に聞いてくる。
だが、先ほど片付けは俺がやると言ったはずだ。実はよく聞こえていなかったのだろうか。
その直後、如月が口元を手でおさえながら再びあくびをする。見ていられず、俺は如月が握るカップへ手を伸ばす。
「俺がやるよ」
「いえ、でも……」
「眠いんだろ。捨てるくらいなら俺にもできるから」
するとようやく観念したのか如月は手の力を抜いた。
「すみません、実はそうなんです。さっきからあくびが止まらなくて……ふぁ」
心なしか目もとろん、としている。
と、ここで俺はようやく合点がいった。
如月はただ単に頭が回ってないだけなのだ。
そうなると、明日の反応がどうなるか気になってしまう。くれぐれも俺を招いた事を後悔させないようにしなくてはならない。
「お風呂確認してきますね」
「了解」
海に入ってベトベトだ。せっかくだから湯船に浸かりたい気持ちはある。だからこの流れは自然なのだろう。
だが、今、俺の頭の中をグルグルと駆け回っているのは先に入るべきか、後に入るべきかという永遠の命題だ。
男が入った風呂に入るのを嫌がる人もいるだろう。かといって後に入るとなると倫理的にどうなのだろう。
それとも一緒に入るか。丁度、水着もあることだし。
……どうやら俺も眠気で頭が正常に働いていないみたいだ。
眠気と戦っていると、如月が戻ってきた。
「お風呂沸きましたよー」
……事情を知らない人がこのセリフを聞いたらどう思うだろうか。
いや、考えすぎだ。シェアハウスならこんなこと日常茶飯事。そう思え。
ありがたいことに如月が先に入ると言い出してくれたので俺から命題に対する決断を下す必要はなかった、のだが——
如月と入れ替わりになる形で風呂場に入った俺は湯船を見つめた。追い焚きされている水面がゆらりゆらりと波打っている。そこに如月が入っていたわけだ。
我が家とは違う匂いがする風呂場で俺は湯船の温度管理のパネルに手を伸ばし、追い焚きを解除した。
……やっぱりシャワーで済ませよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます