最終話 クードvsプラム

「大丈夫かなあ……クーくん」


 ――プラムがそんなにどきどきしてても仕方ないでしょ。戻ってくるわよ。

 だって、憑依されていたことは、色々な人が証言してるんだし、無実になるでしょうよ。

 原因のお姉ちゃんも、今はどこかに逃げたってことになってるしね。


「分かってる、分かってるんだけど――」


 はあ、と緊張の息を吐きながら、背中を、ぐっ、と伸ばす。

 ぶるぶる、と全身が震えて、どうやら緊張はまだ抜け切っていないようだった。


 ――でも、クードのあの生意気な態度は、どうだろうね……。

 相手の怒りを呼び出さなきゃいいけど。


 ――まあ、あれはあいつの良いところでもあるが、悪いところでもあるんじゃがな。


 ――お姉ちゃん。お姉ちゃんのせいでこんなことになってるって、自覚してる?


 ――ん、うん!?


 ――なんでそんなに驚いた顔をするの!? お姉ちゃん、昔から変わってない! 

 変わったのはその変な口調だけだよ! 正しいのかどうか分からないその口調、やめてよ!


 ――そんなに変じゃろうか? 南国の島に滞在することが多くて、そこで生活する内に馴染んでしまったんじゃが――、あと、言うておくとこの口調で生活し過ぎて、昔の口調なんぞ忘れてしもうてな……残念ながら戻せんのじゃ。


 ――私の口調を真似すればいいじゃない! 

 これが普通! お姉ちゃん、昔はこんな口調だった!


 ――自分で言う普通ほど、信用できんものはないじゃろうよ。


 ――ああもう! 弄ばれてる感が自分で分かっちゃうからもういや!


「クーくん、遅いなあ」


「……真下でぎゃーぎゃーと言われている中で、

 平然としていられるあんたは、もう慣れてるんだねえ」


 すると、カウンターテーブルに顔を突っ伏しているプラムの真上から、そう声がかかった。

 ぐるりと顔を半回転させ、横にする。視線を向けるのではなく、視界を向けた。

 見たい対象が入るように、視界を移動させたのだ。

 そこにはミルガルト――、たばこを吸いながら、頬杖をつき、のんびりとしている。


 ミルガルトにもアイアルマリアとヴァルキュリアの声は聞こえているらしく――、仕組みは分からず、本人もどうしてなのか分かっていないが、プラムがやったらしい。

 力の成長、とアイアルマリアは言っていたが、

 テキトーに言っている可能性もあるので、本心では、実は信じていなかったりする。


 答えは出ずに――まあ、それでもいいと思っていた。


 とりあず今は――ただ、彼のことを、思うだけ。


「ナルマリエも行かせてるから安心しなって。あの子が喋れば、どんな大人でも叩き潰されるから――、怖いよぉ? あの子。あたしでも口喧嘩ではまともに勝てないからね」


「ミルガルトさんが行ったら、もっと話は早かったんじゃないですか?」

「無理無理、あたし、なめられてるから」


 どんな大人だ、と思ったが、直接それを言うことはしなかった。


 代わりに、


 ――どんな大人じゃ。


 と、アイアルマリアが引き継いでくれていたが。


「なに? 文句でもあるのかしら、アイ。

 あんたの体、そのまま熱湯の中にぶち込んでもいいのよ? 

 いいお風呂じゃない。まあ、熱々だけどね」


 ――悪かった悪かった! じゃからそんなことはせんでくれ! ――ふう、こっちが動けないことを良いことに、思うがままにしたいことをしよる……。


「動けないって、最近は少しづつ動けるようになってるんでしょ? その内、プラムの望む通りに、行動範囲が増えていきそうね――、

 そうなってくると、ほんとにプラムは世界の救世主、って感じよねー」


「いや、そんな、救世主だなんて――」


 世界の仕組みについて――プラムの行動範囲内ではあるが――アイアルマリアが色々と言いふらしているらしい。だからプラムの知り合いのほとんどが、世界の仕組みを知っており、そして、プラムに宿る力も知っている。

 そのことで色々と言われているが、だが今になっても、あまり実感は湧いてこなかった。


 救世主なんかよりも――、


 今は、剣士のことで、精一杯だった。


「うん? ナルマリエから連絡だ――」


 電話を取り、ミルガルトはテキトーに頷いていた。

 最後に、そうか、分かった――と言い、がちゃん、と電話を切った。


「クード、どうやら無実で通ったらしいぞ。まあ、ジャッジの方からも事情を説明してくれたのが、決め手になったみたいだな」


 ――なんじゃ、ナルマリエはいなくても良かったんじゃないか?


 ――いなくても良かったってことはないでしょうよ。


「まあ、いてもいなくても、ぶっちゃけ意味はなかったけどな」


「そういうこと、マリちゃんに前では絶対に言わないでくださいね……」


 そう注意をしてから――プラムは聞いた。


「それで――どこにいるんですか?」


「ここ……『フルハウス』に向かってる――、

 だから迎えに行く必要はないよ。ここで待っていればいいだけなんだから」


 そわそわしながら――プラムは髪の毛をいじりながら、ただひたすらに待つ。


 そして数分後――、


「たっだいまー! 帰ってきたぞー、おれの家ー!」


「いや、あんたの家じゃないっつの」


 クードの後頭部に、びしっとチョップを入れながら、ナルマリエがそう突っ込んだ。

 クードは気にする様子なく、チョップのことなどなかったかのように、もう一度、


「ただいま」


 と、今度はプラムだけに向けて言った。


「うん――おかえりなさい」


 ――遅いぞ、相棒! わらわのこと、忘れたのかと思うたぞ!


「あん? ……誰だ、お前?」


 ――えぇ!?


「嘘だっつうの。そんな顔するんじゃねえよ――しっかりと覚えてるっつうの!」


 ――ば、ばかにしおって――わらわの主のくせに!!


「立場上、別におかしなことでもないんだよね、それって」


 ぼそりと言うプラムの横に、いつの間にか、ジャッジが立っていた。

 彼はいつものような黒い服ではなく――、それでも黒いのだが、しかし見た目的にも、実際にも軽い、私服を着ていた。新鮮な姿に、驚いてしまう。


「わっ――、あ、ジャッジさんでしたか。……怪我、大丈夫ですか?」


「今の反応に少し傷が出来たが――どちらの意味でも、まあ大丈夫だ。

 それよりも気になることがあるんだが――、あいつが剣を見て言っていた、

『そんな顔をするなよ』って言葉は、おかしくないか?」


「はあ……、いえ、おかし――くはないですよ。

 刀身を見てみれば分かります。はっきりと、彼女達の顔が映っていますから」


「……確かに、映っているな――それが君の力、というわけか?」

「……らしいです」


 自分でもよく分かっていないんですけどね――と、苦笑いしながら追加で言っておく。


「……これは私が、独自で調べたものなんだが――」


 ジャッジは、こほん、と一度、咳払いをしてから、


「どうやらアイアルマリアのような能力を持つ剣は、

 鞘に入れておけば、能力は発揮されないらしいぞ」


「知ってますよ」

「そうか知って――知って、いたのか……」


「あっ、ご、ごめんなさい! 今のは扱いが雑でした! 落ち込まないでください!」


「す、済まない……、情けないところを見せてしまったな……」

「いえ……」


 世間では持ち上げられているジャッジだが――、最近、それは過剰なのではないかと思ってきた。新聞などに特集されている記事を見てから本物のジャッジを見ると、あまりの違いに、悪いギャップが働いてしまっている。


 だが――たまに可愛いところもある、と知っている。


「――いいのか? アイアルマリア、鞘、つけていないが」


「いいんですよ――信じてますし。

 それに、今のアイちゃんの相棒は、クーくんですからね」


「そうか……やっとあいつも、剣を持てた、ということだな」


 ジャッジはそう言ってから、プラムから離れて行く。

 そして、そのまま扉に向かっていった。


「どこ、行くんですか?」


「ああ――ちょいと、修行だ。これからはクードの修行も見なくてはいけないからな――、

 その日まで、私も強くなっておかなければな」


 怪我があることなど、ジャッジ自身、当然のように分かっている。

 それでも修行するという気持ちは、プラムも分かるので、止めることはしなかった。


 それでも、最低限の注意はしておくが。


「怪我、気を付けてくださいね」

「ああ、分かってる」


 軽く手を振って去って行くジャッジを見ていると――、

 真後ろから、クードの声が聞こえてくる。


「どうしたの? クーくん」

「それでさ……えーと」


 言い淀むクードに、プラムは首を傾げるが――、急かす気はなかったので、黙って待つことにした。すると、アイアルマリアを構えて、クードが言う。


「――おれと、決勝戦をやってくれ!」


「へ?」


 ――いいのお、それ。この前の剣闘大会の続き、ということじゃな!


「まあ、この前とは言っても、三日前だけどな――それで、いいか、プラム?」


 ちらりとヴァルキュリアを見る――、彼女は、プラムの好きにすれば? と目で語っていた。

 それに、ありがとう、と返しながら、プラムが答える。


「いいよ――やろう」


 ―― ――


 王国内の路上や室内で戦うというのも、できるにはできるのだが――、しかし二人はそれを拒否した。やるのならば、やはりずっと修行してきた、森の中が良いと思ったからだ。


 剣士になれたので、身分もある――、入ってきた時のように、不法入国しなければいけない理由はなくなり、自由に行き来できるようになった。


 その内、村に戻ろうと考えていたので、ついで、と言わんばかりに、外に出た。

 ここで戦って、そのまま村に帰ればいいだろう――と、予定を立てておく。


 なので外に出たのはクードと、プラム――そして剣になっている、二人である。


「この辺でいいか?」


 うん、とプラムは頷く。

 森の中の、ちょうど、木が密集していない空間――まるで、ステージのように調整されたのかと思ってしまう場所だった。二人は剣を取り出し、構え――向き合った。


 ――加減はいらんのじゃな?


 ――命に関わる攻撃は当然しないわよね、お姉ちゃん。


 ――威圧がすごいのう、分かっておるって。


「……クーくん、タイミングはどうするの?」


 ああ、その前に――と、クードがプラムの言葉を遮った。


「…………?」

「この試合、おれが勝ったら、言いたいことがある。だから、聞いてくれるか?」


 プラムは、クードの目を見る。

 本気の目。なにかを決意した目。

 なにを言われるのか、恐いと思わなかったわけではなかったが――、

 しかしクードがここまで決意したことを、ここで嫌だと言えるわけがなかった。


 言いたいと思わなかった。

 恐かったけど――でも、聞きたいと思えたから。


「いいけど――勝てたらね」


 聞きたいけど――だけど、だからと言って、負けるつもりはない。


 本気の勝負――あの時、流れてしまった、決勝戦の再現。


「この風が止んだ時――ゴングだ」


「――うん」


 風の音。


 木が揺れ。


 葉が踊り。


 花が舞う。


 静寂。


 ――静寂。

 


 そして――、


 キィン、と。


 二つの剣が、ぶつかり合う音が響いた。

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剣士プラムちゃんの世迷いゴト:トライアル・フェアリーズ 渡貫とゐち @josho

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