第46話 剣の声

 中身がアイアルマリアだとは言え、体はクードである。

 思考に違いはあれど、だが体の動きは根本的なところで、クードのままなのだ。

 だったら、プラムにだって、対応できる目印というものがある。


 修行の期間――、

 一ヶ月間ずっと、試合形式で戦ってきたのだ。

 互いの手の内など知り尽くしているし、

 それに、互いに言い合ってはいないが、癖だって分かっている。


 剣を横に振る時――、クードは、予備動作として微かに、上半身を後ろに捻る。


 それを知っているからこそ、クードの体に憑依しているアイアルマリアの攻撃を、避けることができた。身を下げ――、真上を剣が素通りする。

 ここですぐに攻撃をすれば――アイアルマリアの方が技術的には上なので――彼女に、反撃を喰らってしまうだろう。

 それは避けたかった――なので攻撃には移らず、引く。

 距離を取り、クードに時間を与える。


 時間稼ぎだった。


「マリちゃん!」


 プラムは視線を、アイアルマリアから離さずに、声だけを向ける。


「ジャッジさんを――治療してあげて」


「でも――プラムのことを放っておけって? あたしも加勢した方が……」


 そんなことをされたら、クードの癖を知らないナルマリエは、すぐに戦闘不能になってしまうだろう……、感覚で分かるのだ――。

 癖で、攻撃を予測するプラムでなければ、

 アイアルマリアの前に立っているのは、難しいだろうということが。


「マリちゃん――今は、ジャッジさんの方が、大事だよ」


「……分かったわ」


 この状況で、確かに今のセリフは、プラムの方に分があった。

 ナルマリエはすぐに場を離れ、ジャッジの元へ――、

 死んではないだろうが、だが、時間の関係上、その状態は、刻々と変わっていく。

 治療が早いに越したことはない。


 ナルマリエを見送り、安心したプラムは――、

 それでも、一瞬でさえ、視線をはずさない。

 目は良いのだ――それを最大限、利用する。


 視線を、意識をはずせば、その時点で終わりだと考えるべき。

 死と隣り合わせの本気の戦いは、試合とは違い、心臓が握り潰されそうな緊張感があった。


 ただの――ただの一手、ミスをすれば、全てが終わる。

 恐怖がいつも以上の実力を出させてくれない。


 気づけば震える手――切っ先が、揺れている。


 ――大丈夫。


「……キュリちゃん」


 柄を握る手が、上から包み込まれたような感覚がした。


 ――私はプラムの剣――相棒パートナーよ。だから、ずっと、一緒。


「――うん!」


 すると――どうして……、という低い声が聞こえてくる。

 アイアルマリアが、苛立ちを抑えられずに、じわじわと怒りを漏れ出させている。


「邪魔を……わらわの邪魔を――しおって……っ!」

「邪魔するに、決まってるよ! クーくんを、返して!!」


「なぜ――ッ、あれだけの苦痛を味わったのじゃ! もう、救われてもいいはずだろう!?

 なのに! なぜ――わらわには救いがこない! どうして――わらわに、やっと、一緒にいることができる人が、見つけることができたというのに!!」


 アイアルマリアは吠えていた。


 彼女は――、


 自由が欲しかった。


 救いが欲しかった。


 仲間が欲しかった。


 欲しかったものは、それだけで良かったのだ。


「……救いなら、ある。わたしはアイアルマリアちゃん――、アイちゃんに、ずっと付き合ってあげられる! だから――これ以上、わたしからクーくんを奪わないで!!」


 プラムも吠えた――そして必死に叫んだからこそ、一瞬、目を瞑ってしまった。

 その瞬間――、たったの、一瞬にも満たないその糸のような隙間を縫って、アイアルマリアが、プラムに飛びかかった。


 剣を――真上から振り下ろそうとして。


 しかし――止まる。

 自分の力ではない力に止められて、動けなくなる。


 外側ではなく――内側から止められて。


 緩くなった防御を狙って伸びてきた、

 精神世界の、彼の手が――アイアルマリアを止めた。


 耳元で囁くような声――、

 アイアルマリアは、ふっ――と、笑って。



「……その約束、絶対に守るんじゃぞ」



 それは。

 その返事は――、


 プラムとクード――、二人に向けた言葉だった。

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