第45話 世界を作る呪い
「これは驚いた。あの少女――剣を人間に戻すこともできるようじゃな」
「……あんた――なにか、知っているっぽいわね」
「鍵持ちであるおぬしは、なにも知らないんじゃな。まあ、鍵持ちだから知ることができるというものでもないのじゃがな……それはともかくじゃ」
アイアルマリアは視線をナルマリエから移動――ヴァルキュリアの方へ向ける。
「久しぶりじゃのう、ヴァルキュリア……」
呼ばれ、プラムに抱き着いていたヴァルキュリアは、ゆっくりと、後ろを振り向いた。
視線がぶつかり合う。火花散る、ということはなかった。
敵意があるのはアイアルマリアの方で、
ヴァルキュリアの方は、なんだか、申し訳ないような表情を作る。
「お姉ちゃん、生きて、いたんだ――てっきり、死んでいたのかと思ったよ……」
「死にそうな目には、何度か遭ったがのう――まあ、おぬしのせいでな、ヴァルキュリア」
見下す目――視線。
ぐ……、とヴァルキュリアは目を逸らしてしまう。
「私だってお姉ちゃんを助けたかった――でも!」
「村のみんなを放ってはいけなかった、じゃろう? 良い判断じゃと思うし、わらわも別に、そこまで責める気はないんじゃがのう――、でも、思ってしまうんじゃよ。
これまでの、苦痛の日々を考えれば、思うてしまうんじゃ。
お前があの時、助けてくれれば、わらわは、
『ノンストップバブルの呪い』を受けることもなかった! ――とな」
「――ノンストップバブルの、呪い?」
プラムが、思わず口に出して繰り返してしまった。
親切にも、アイアルマリアは、
「人間を剣に変える呪いじゃよ。
剣だけではなく、他の物質に変えることもある呪いでもあるがな。
……正直、正確なことは分かっておらんが――、
大昔からある、呪いじゃよ。こんな話を聞いたことがないか?」
アイアルマリアは手を広げ、世界を見てみろ、と促す。
「大昔、世界に物質という物質、物体という物体は、地面くらいしかなかった。
なにもない、砂漠のような、果てしない世界の中に、人間しかいなかったのじゃ。
有名な話ではないじゃろうが、しかしわらわは見たのじゃよ――じゃからこの話は、嘘ではない、本当のことじゃ。
となれば、どうやって今の世界にまで成長したかという話になるじゃろうが――、そこには、この『ノンストップバブルの呪い』が関係しているのじゃ。
呪いの感染は様々じゃ――昔の人間は避けられなかったのじゃろう……、まともに感染した人間達は、次々と物体、物質に、姿を変えた。これがどういう意味か、もう分かるじゃろ?」
まさか――と、声を出したのは、ナルマリエだった。
「あたし達が住んでいる家も、あの壁も、外の山も、森も――、
全部、元は人間だったとでも言うの!?」
「言うの、もなにも、そう言っとるんじゃよ。人間だけで構成された世界――、加工する物質も、人間の一部分なんじゃよ。
見た目で勘違いしているじゃろうが、おぬし達は人間をいいように使っている――。人間でいれば、分からない――、呪いにかかった者は、痛いほどに分かる。それが、感染者なんじゃよ」
「感染者……」
「わらわを助けなかったことには、仕方ないが……それでもやはり怒りを感じ、まあ、時には復讐をしてやろうとも思ったこともあったのじゃが――だが、ヴァルキュリア。おぬしも感染しておるじゃろう。なら、わらわの怒りも治まった。
おぬしが、わらわの気持ちを分かってくれれば、それで構わないんじゃからな」
「お姉ちゃん……」
ヴァルキュリアは、一歩、前に出る。
「お姉ちゃんは――今まで、どうしていたの?」
「どうしていた、か。
わらわには人間に、憑依できるという力があったからのう――移動手段として乗り継いでいながら、色々なところを旅していた。まあ、ミスをして、『他人行儀』に捕まってしまったんじゃが……、それで聞くが、ヴァルキュリア、村のみんなは元気にしとるのか?」
びくりと反応し、ヴァルキュリアは、ぎゅっと、自分の服を千切れそうなほど強く握る。
「みんなは……『他人行儀』に、人質に取られて――」
そしてもう、恐らくは、殺されているか――剣にされているか。
ヴァルキュリアに呪いをかけるために――、司令塔は、そして『他人行儀』は動いていた。
ヴァルキュリアがもう用済みならば、当然、人質に価値はない。
人質以外の使い道しか、利用価値はない――それか、元々から人質になど取っておらず、既に、最初から剣にしていたか、殺していたか……だが。
しかし、たった一人の少女――、ヴァルキュリアのために、
人質など、無駄に長生きさせてくれるような組織ではない。
そんなことは、分かっていたが、だけどみんなは生きている――それだけが支えだった彼女にとっては、そんな想像などしたくなくて、避けていたが……でも、気づいていた。
村のみんなはいない――ただの、自分の一人相撲でしかないのだ。
「わらわは『他人行儀』にいたから分かるんじゃが――村のみんなは、もう人間としては存在していない。もう予想はついておるじゃろう――そう、最初からじゃ。
おぬしはいない人質に脅されていただけなんじゃよ」
「……そっか」
「なにも、守れなかったんじゃな……そして、結局、おぬしも剣になって――」
「でもっ!」
ヴァルキュリアは、これだけは譲れない、とでも言うように、否定する。
「みんなを守れなかった――私も、剣になってしまった……でも! プラムに会えた!
私がこうして剣から人間に戻れたということは、他の人達だって、戻せるかもしれない!
私が剣になったことは、決して、無駄なんかじゃなかったのよ!」
「そう言って――心に余裕でも、残しておきたいのか?」
アイアルマリアは、だが、ヴァルキュリアの言葉を、馬鹿馬鹿しい、と斬り捨てる。
「戻せるとは言っても一時的じゃ――、距離が離れれば当然、剣に戻ってしまうじゃろう。
効果はその少女の周囲じゃ。みんなを元に戻すとか言うておったが、それはその少女の周りに、常に立たせることを前提での話じゃが――、
そんな自由もなにもない茶番は、やめておいた方がいいじゃろう」
「茶番なんかじゃ――」
「茶番じゃよ――わらわからすればな。
じゃからわらわは、『救命措置』には頼らない。こうして憑依する力を使って、乗り継いで、世界を回った方が、自由と言えるものじゃ。
自分も救えていないのに、他の者まで救う余裕などないんじゃよ――。
じゃから、そこの少女……名前は知っておるぞ、プラム――」
名を呼ばれ、びくりとするプラムは、頷きながら、視線を上げて。
アイアルマリアを正面から見る。
彼女のその目は、黒く、赤く――闇のように、黒過ぎる。
今まで世界を見てきたからこそ、分かっているのだろう。
これ以上の幸福は絶対にないと決めつけているその目は――可哀そうに思えた。
助けたいと思えた。
自分は――剣の声が聞こえ、
剣を人間に、一時的にだが戻すことができる力を持つ――そう、
『救命措置』なのだ。
クードを取り戻すのは当たり前だ――、そして、ついでではない。
アイアルマリアを助けたい――動くべき理由は、既に出来上がっている。
「プラム――悪いがこの少年は貰ってゆくぞ。
わらわの動きに対応できる初めての人間じゃからなあ。まあ、いつか返しにくるから、それまでに、立派な女性になって待っておれよ――そうすればこいつも、満足だろうよ」
「そんなこと、させません」
プラムは言う――そして一直線に、睨みつける。
アイアルマリアを救うとは言ったが、それが主題だとは言ったが――、
しかし優先度の問題だった。
まずは、クード。彼を取り戻すことを、達成させなければ。
「キュリちゃん――剣になれる?」
え、あ、うん――と曖昧に頷いて、ヴァルキュリアはどうやったのか、剣に変化した。
どうやって変化したのかなど、本人でも分かっていないだろう――、ともかく、ぎゅっと柄を握るプラムに、それからヴァルキュリアが聞いた。
――どうするつもりなの?
あの男の人が、あっさりと倒されたのに、プラムに、どうにかすることができるの?
「考えてない」
――って、ちょっと!
「でも――大丈夫」
なんで――とは、ヴァルキュリアも聞かなかった。
自信満々の、信じている目――、
それを見てしまえば、ここで引かせることはできなかった。
だから、ヴァルキュリアは――うん、と頷く。
「クーくんは、憑依されるような男じゃないよ」
だから、
「勝とうなんて思ってない――、
クーくんが自力で戻ってくることに、賭けるだけだよ」
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